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人は物知りでなくても、大丈夫!『知ってるつもり 無知の科学』

撮影/馬場磨貴

撮影/馬場磨貴

人は誰しも「物知りだね」と言われればうれしいものだろう。なんとなく褒められた気がして、少しばかり自分が賢くなったような気がするものだ。

だから今回紹介する『知ってるつもり 無知の科学』を読むと少し面食らうかもしれない。なぜならこの本では、人間は自分が思っているよりも無知なのだといきなり突きつけてくるからだ。

しかし、これには理由がある。それは、人間はみな多かれ少なかれ「知識の錯覚」を起こしているからだという。

では「知識の錯覚」とは何か?
それは自分が理解していると思っていることも、実は錯覚であり、本当は全貌(ぜんぼう)を理解していないのに知った気になっているということだ。

なぜ「知識の錯覚」が起こるのか?

本書では「知識の錯覚」について具体的な実験例を挙げている。それはファスナーの仕組みについての問いで、まず「ファスナーの仕組みについて理解しているか?」と被験者に問い、7段階評価をつけてもらう。その次に「ではその仕組みについて詳しく説明してください」と問う。そうすると多くの人が答えに窮し、再度7段階評価をしてもらうと最初の時より下がったという。

つまり人は、普段何げなく使用しているものであれば、仕組みを理解しているように思っている。しかし、いざ説明するとなるときちんと説明することができない。それは自分の理解度を過大評価しているからだ。つまり、これが「知識の錯覚」である。

ではなぜ「知識の錯覚」が起こるのか?
それは、我々の生きる世界はあらゆる要素が複雑に絡まりあっていて、ひとりの人間がすべてを理解することなど不可能だからだ。だから人間は「知っている」と錯覚を起こすことで、世界の複雑さを無視するのだ。それゆえ人間は無知なのだという。

『知ってるつもり 無知の科学』 スティーブン・スローマン&フィリップ・ファーンバック 著 早川書房 2052円(税込み)

『知ってるつもり 無知の科学』 スティーブン・スローマン&フィリップ・ファーンバック 著 早川書房 2052円(税込み)

では知識の錯覚を起こし無知であるはずの人間が、なぜこれほどまで高度な文明を発達させることができたのか。
それは、人間は他の動物に比べて脳の機能や身体の機能が上回っており、またおのおのの得意分野を共有することに驚くほどたけているからであると本書は言う。

つまり人間はコミュニティーの中でそれぞれの専門分野の知識を持ち寄って、それを共有することで個人レベルの知能を超えた複雑な集団知能を生み出しているのだという。

このように同じ志向性を持ったコミュニティーに属することで、人間は思いもよらないような高度な発明や進歩を遂げてきた。人類の進歩に大きく役立った発明や発見も、決してひとりの偉人による偉業ではなく、それに関わってきた協力者や過去の文献の存在抜きには語れない(しかし人はそこでも歴史的な出来事はすべてひとりの偉業と捉える「錯覚」を起こしやすい)。

もちろんコミュニティーに属していれば必ず正しい方向に向かうというわけではない。集団になり知識を共有することで他人の知識を自分の知識のように錯覚してしまうこともあり、そして時としてその錯覚は大きな過ちや事故につながることもある。

このように人間はいろいろな形で錯覚をしながら生きている。錯覚をしている、というとあまり聞こえがよくないように思えるが、錯覚を起こすことは行動することの原因になるとも説く。物事のすべてを把握できずに本当は理解していないことでも、「できる」と錯覚することで行動が生まれるのだと評価する。

この本では「知識の錯覚」について、認知科学のみならず心理学やサイエンス、ロボット工学、政治、教育など様々な分野の知識を用いて多角的に分析し説明している。この本の著者もひとりではなく、様々な過去の実験結果や協力者によって書き上げられている。このように1冊の本でも、多くの人間が知識を共有することで成り立っている。

この本を読むことで我々人間がいかに錯覚し、無知であるかを知ることができる。しかし、たとえ無知であっても、人間は知識を共有することで様々な偉業を成し遂げてきたのだと考えると、それは希望の持てる話でもある。

PROFILE

蔦屋書店 コンシェルジュ

12人のブックコンシェルジュの皆さんに、
そのとき、一番おすすめの本を週替わりで熱くご紹介いただいています。
●代官山 蔦屋書店
間室道子(文学)
●二子玉川 蔦屋家電
岩佐さかえ(健康 美容)/大川 愛(食)/北田博允(文学)
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●湘南 蔦屋書店
川村啓子(児童書 自然科学)/重野 功(旅行)/羽根志美(アウトドア)
八木寧子(人文)/若杉真里奈(雑誌 ファッション)

松本泰尭(まつもと・やすたか)

人文コンシェルジュ。大学卒業後、広告代理店などメディア業界で働いたのち、本の仕事に憧れて転職。得意分野は海外文学。また大のメジャーリーグ好き。好きな選手はバスター・ポージー。

恐怖も痛みもない? サイコパスという感覚。『スケルトン・キー』

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心臓の専門医が考える、体と心のつながり『いのちを呼びさますもの』

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