東京ではたらく

イラストレーター:神田めぐみさん(33歳)

  

職業:イラストレーター
勤務地:各地
仕事歴:11年目
勤務時間:不規則
休日:不規則

この仕事の楽しいところ:外で見てきたことを自分が好きな絵という形で表現し、たくさんの人に伝えられるところ
この仕事の大変なところ:締め切りに追われること
    ◇
フリーランスのイラストレーターとして活動して11年目になります。仕事は主に出版社などから依頼を受けて雑誌や書籍、ウェブ媒体などのイラストを描くこと。フリーランスなので仕事がたくさんある月もあればそうでないときももちろんあって、そこはお勤めの方とは少し違いますね。

依頼があればどんなジャンルの絵でも描きますが、一番力を入れているのは山や旅などにまつわる分野です。

イラストレーターというのは基本的に依頼された内容についての資料をもらって、それをもとに絵を描くのですが、私の場合は実際に山や旅に出かけて、そこで見聞きしたもの、感じたことをイラストに起こす「ルポ形式」が大多数。

イラストレーターと聞くと部屋にこもってひたすら絵を描き続けるというイメージがあるかもしれませんが、私の場合は外に出て取材することも含めて仕事なので、少し特殊なのかなと思います。

絵に興味を持ったのは幼稚園とか、物心つく前だったと記憶しています。私は3姉妹の末っ子なのですが、3歳上の長女が子供の頃からお絵描きが好きで。気付いた時には姉のまねをして絵を描くようになっていました。

旅のイラストルポの下書き中。雑誌の見開きページの中に旅の要素をどう配置するか、レイアウトを考えるのも大切な作業。「出版社で雑誌編集の仕事を見てきたのが生きていると思います」


旅のイラストルポの下書き中。雑誌の見開きページの中に旅の要素をどう配置するか、レイアウトを考えるのも大切な作業。「出版社で雑誌編集の仕事を見てきたのが生きていると思います」

と言っても、小さな頃から絵を描く人になろうと思っていたわけでは決してなくて。中学生時代には映画にハマって、ちょっとませた映画女子。父がハリウッド映画が大好きで、小学生の頃からよく地元の映画館に半ば無理やり連れて行かれていました。

高学年になると友達と一緒に映画館に出かけて、「ハリソン・フォードがかっこいい!」とかキャーキャー言っていましたね(笑)。映画雑誌もよく読んでいて、今思えば雑誌好きの入り口はそこだったかもしれません。

高校ではソフトボール部に入部して部活に没頭しました。絵は変わらず好きでしたが本格的に習ったりは特にせず、進路にも芸術関係という発想はありませんでした。たぶんそれには一番上の姉の影響があって……。

その頃、姉は美術大学に進学していました。美大専門予備校の課題を覗き見したり、大学に入ってからの楽しそうな様子も聞いていたので、心のどこかで自分も同じ道に進みたいという気持ちもありました。

でもそこは姉妹の性と言いますか。子供の頃からずっと姉の後を追ってきたような気がしていて、「姉と同じことは絶対にしたくない!」とかたくなに思っているようなところがあったんです。

ところがいざ高校3年の夏になって部活動を引退すると、めちゃくちゃ成績が悪いんですね(笑)。部活漬けでほとんど受験勉強をしていなかったので当然です。

下書きができたら次は彩色。下絵をパソコンに取り込み、デジタルで着色することもあるが、最近は水彩で直接着色する方が好きなのだそう。


下書きができたら次は彩色。下絵をパソコンに取り込み、デジタルで着色することもあるが、最近は水彩で直接着色する方が好きなのだそう

それじゃあまあギリギリ受かりそうな大学に行こうかとも思ったのですが、「はて、大学で何を勉強したいのだろう?」と。

その時になって初めて、「せっかく勉強するなら、自分が好きな絵やデザインの勉強がしたい!」と自発的に思えるようになったんです。それまでは姉がどうこうと理由をつけていたのですが、もしかしたら決心がつかないことを姉へのコンプレックスのせいにしていたのかもしれませんね。

もちろん現役時代の受験は失敗。一年間浪人して、都内の美術大学へ進学しました。絵はもちろん、雑誌を読むのも好きだったので、デザインを専攻して、イラストやパッケージデザインなど、平面デザインについて学びました。

大きな転機となったのは山岳部への入部でした。きっかけは椎名誠さんの“怪しい探検隊”シリーズにハマったこと。“怪しい探検隊”は椎名誠さんが主宰する野外キャンプの会なのですが、特に探検活動をするわけではなく、離島等に行っては野営して、たき火を囲んで宴会をするという(笑)。それがものすごく面白そうなんですよね。

でもまねしたくても、自分の周りにはキャンプなんてする人はいないですし、ましてやそんな場所で夜な夜な宴会をするなんて、なかなかないことですよね。それで思いついたのが山岳部。山に登る人たちならたき火もするだろうし、お酒も好きそうだし……。単純な発想ですね。

〓年間続けている山小屋取材。いつか一冊の本にしようと原画は大切に保管してある。「長く続けることで、山小屋という文化の記録を後世に残すお手伝いができたらとも思っているんです」


8年間続けている山小屋取材。いつか一冊の本にしようと原画は大切に保管してある。「長く続けることで、山小屋という文化の記録を後世に残すお手伝いができたらとも思っているんです」

幸い美大にも山岳部があって、早速部室を訪ねて入部したのが2年生のとき。入部するやいなや毎日走り込みや筋トレがあってなかなかハードでしたが、いかんせん登山初心者だったもので。とにかく先輩について行かねば! と体作りにいそしみました。

山デビューは春の北アルプスでした。まだ雪がたっぷり残る高山を重い荷物を背負って登るのは地獄のようで、もちろんすぐにバテました(笑)。それでも、山では見たことのないような景色の連続で、辛さも忘れていっぺんに虜(とりこ)に。これが間違いなく人生の分かれ目になったと思います。

大学3年生になって就職活動が始まると、同級生たちはデザイン会社や広告会社など、まっとうな道に向かって進み始めました。でも、私はどこかグズグズとしていて……。

「絵で食べていきたい」という気持ちはありましたが、いきなりフリーランスのイラストレーターになると言っても、業界にツテやコネなんてありません。かといって自分が会社員に向いているかというとまったくもって自信がなくて。

それで改めて「絵以外に自分が好きなことってなんだろう?」と考えてみたとき、一番に浮かんだのが山でした。絵と山、これをセットにして働けるところはないだろうか。考えた末に思いついたのが、山岳専門雑誌の編集部で働くというアイデアでした。

体と心、目いっぱい使って得た経験を絵に託して

シェアオフィスのデスクで下書き作業。取材中に撮影した写真やメモを見ながら構成していく。「一日中座っていることもあるので、椅子だけはいいものを買いました。それでも腰が痛くなりますが(笑)」


シェアオフィスのデスクで下書き作業。取材中に撮影した写真やメモを見ながら構成していく。「一日中座っていることもあるので、椅子だけはいいものを買いました。それでも腰が痛くなりますが(笑)」

思いつきで電話した、とある山岳雑誌の編集部。その時は残念ながら採用の募集はなかったのですが、後日、アルバイトなら採用試験があると知り、熱を込めた手紙とともに履歴書を送りました。

出版社でアルバイトしたいという大学生の多くは、たぶん将来編集者になりたいという人だと思いますが、その中にひとり美大生が混じっていたことで目立ったのかもしれません。運よく採用していただき、まさかの大学4年生からのアルバイト生活がスタート。

両親には「もう就職しません!」という姿勢がありありと伝わっていたとは思いますが、そこは末っ子ということもあってか目をつぶってくれました。

編集部での仕事は電話番やおつかいなどの雑用が主でしたが、ちょうどその年、その会社が北アルプスの山の上で行うフェスを主催することになって。告知用のフライヤーやポスター、会場の装飾など、編集部ではふだん請け負わない仕事がたくさん舞い込んできたんです。

これは後になってから採用担当の方が明かしてくれたのですが、「美大生を採用したのはそのために決まってるじゃないか!」と(笑)。幸か不幸か(いや、幸せですね)、デザインの知識が多少なりともある私を頼ってくださる方がたくさんいらっしゃって。

アルバイトの身でありながら、社員のみなさんと一緒に文字通り昼夜問わず仕事をさせていただく機会に恵まれました。

仕事場の本棚にいは山や祭、民謡など渋いラインナプが。「最近は落語にも興味があって、時間があるときは寄席に出かけています」


仕事場の本棚には山や祭、民謡など渋いラインナップが。「最近は落語にも興味があって、時間があるときは寄席に出かけています」

社員の方とのコミュニケーションが増えると、次第に「神田ちゃん、イラスト描けるの? そしたら次号の挿絵もお願い!」と、雑誌に使う絵をちょこちょこと描かせてもらえるようになりました。

それまでは大学の課題や趣味で描いていた絵。それが編集者のチェックを通って雑誌に掲載されて、仕事の対価としてお金がもらえる。自分の絵が多くの人の目に触れるということもうれしかったのですが、初めて自分が描いた絵でお金を稼げたという実感、喜びは忘れられません。

その後、24歳頃までその編集部でお世話になり、独立。フリーランスのイラストレーターとしてのキャリアをスタートさせました。

独立するにあたって不安はたくさんありましたが、4年間雑誌の編集部に所属したことで外部の編集者さんともたくさん知り合えて、「絵を描いて食べていく」ということへのイメージや自信を持たせてもらいました。あとはもう踏ん切りというか勇気だけで(笑)。えいやっと飛び出した感じですね。

もちろん現実はそんなに甘くなくて、独立した途端、どんどん仕事の依頼が来るなんてことはありません。前職の先輩方から仕事をもらいつつ、週3日ほどはデパートの販売員のアルバイトをしてなんとか生活する日々が数年続きました。

いい流れを作ってくれたのも、やっぱり「山」でした。独立してからはウェブ媒体の挿絵や動物図鑑のイラストなど、とにかく頼まれた仕事は精いっぱい描くという感じだったのですが、ある時、アウトドア雑誌の編集部から「神田さん、山に登れるなら、現地で取材してイラストルポを描いてくれませんか?」という依頼を受けまして。

シェアオフィスでの昼食作りは手が空いた人が担当する。「どうしても閉じこもって作業することが多くなるので、仕事場に誰かがいてくれるだけで気分転換になるんです。私、寂しがり屋なので(笑)」


シェアオフィスでの昼食作りは手が空いた人が担当する。「どうしても閉じこもって作業することが多くなるので、仕事場に誰かがいてくれるだけで気分転換になるんです。私、寂しがり屋なので(笑)」

私からしたら「山に登って絵を描いてお金をもらえるなんて、そんな夢のような仕事があっていいんですか!?」といううれしい悲鳴なのですが。考えてみればガツガツ山に登る女性イラストレーターなんて世の中にそんなにいませんから、もしやこれは究極の隙間産業なのかも?と思ったり(笑)。

そんな仕事を続けるうちに、だんだんと外に出て取材する仕事が増えて、今も月に2、3度は山や地方に出かけて何かしら取材するという日々を送っています。

たまにイラストレーター仲間などから「それってコスパが悪くない?」と言われることもありますが、確かにそうですよね。クーラーのきいた家で山の写真を見ながら絵を描くほうがずっと楽ですし、時間的にも体力的にも節約になります。体を使ったところで絵のギャランティーはさして変わりませんし……。

でも、これは決して諦めとか後ろ向きな気持ちではないのですが、イラストレーターと名乗る人が無数に存在する世界で、絵一本で食べていくというのは決して簡単なことではありません。

独立してからしばらくして気がついたのは「世の中には自分よりはるかに才能のあるイラストレーターが数えきれないほどいる」という現実。じゃあその中でどうやって自分らしさを打ち出していけばいいのか? そう思い悩んでいた時に舞い込んだのが、山やへき地でのイラストルポという仕事だったんです。

仕事場の片隅には歯ブラシやシャンプーなどのお泊まりセットとインスタント食品が。締め切り間際は泊まり込みで作業することも多いそう。


仕事場の片隅には歯ブラシやシャンプーなどのお泊まりセットとインスタント食品が。締め切り間際は泊まり込みで作業することも多いそう

実際、いくつかの仕事に挑戦してみると、時間や体力はかかっても、その分ものすごく面白いんです。例えば、もう8年ほど続けている連載で、全国の山小屋を取材して、その小屋の見取り図を描くという仕事があるのですが、これは本当にめちゃくちゃ大変!

長い時では丸一日かけて山に登り、ヘトヘトの中、山小屋の中をくまなく見て回って立体的な見取り図を描きます。ここにトイレがあって、台所はこのくらいの広さで、ここにはこんなヘンテコな置物がありますよ、とか(笑)。

もちろん資料として写真も撮影しますが、万が一記録漏れがあったら大変です。何しろ丸一日山を登らないとたどり着けない場所ですから、やり直しがききません。限られた時間でとにかく集中して情報をインプットしなくてはいけません。

そんな風にして必死に描き続けてきた山小屋の絵は、今では98軒分に。改めて見返すと、山小屋ごとに個性や工夫があって、そこには必ずその山小屋が建っている場所や、歩んできた歴史が色濃く反映されていることに気づきます。

現地で伺った山小屋のご主人のお話もそうですが、それはやっぱり実際に足を運んだからこそ絵に落とし込めるものだったなと感じますし、体験があったからこそ描かせてもらえたものなんですよね。

そういう意味でイラストルポという仕事は、まだまだ未熟な私の絵に魅力や個性を与えてくれるもの。絵を描き続けるパワーをくれるものじゃないかなと思っているんです。

◎仕事の必需品<br>「イラストルポの文字を書くときにはGペンが欠かせません。慣れるまでは大変でしたが、普通のペンより味がある文字が書けるので。水彩用の筆を拭く手ぬぐいは山小屋で買ったもの。使い込むうちに絵の具の跡がグラデーションになってきれいだな~と。なかな洗えなくて、ずっとそのまま使い続けています」


◎仕事の必需品
「イラストルポの文字を書くときにはGペンが欠かせません。慣れるまでは大変でしたが、普通のペンより味がある文字が書けるので。水彩用の筆を拭く手ぬぐいは山小屋で買ったもの。使い込むうちに絵の具の跡がグラデーションになってきれいだな~と。なかなか洗えなくて、ずっとそのまま使い続けています」

もうひとつ、体を動かして絵を描くことのいい点は、外へ行けば行くほど、また新しい興味が生まれてくるということ。最近は日本各地で行われているお祭りに興味が出てきて、誰に頼まれたわけでもないのに、時間を作っては珍祭、奇祭に出かけてイラストルポを描いています。これをいつか一冊の本にすることが目下の目標です。

東京で働く魅力はと問われると、フリーランスとして働きやすいところかなと思います。私は知人の会社に間借りをして机を置かせてもらっているのですが、他にもフリーランスの方が何人かいらっしゃって。一軒家なので、お昼はみんなで作って食べたり、夜は自然と宴会になったりもします。

フリーランスはともすれば孤独を感じてしまうことも多いですが、東京ではフリーランスという働き方が増えつつあって、オフィスシェアも盛んです。異業種同士がワークスペースを共有することで新しい世界や情報に触れる機会も増えるので、そういう面ではすごくいいなと思いますね。

私は神奈川県生まれで人生のほとんどを関東で過ごしているので、だからこそ山や地方など、自分とかけ離れた土地のことにより強く魅力を感じられるし、発見できるものも多いのかなとも思います。もしかしたらそれも東京に暮らす利点かもしれませんね。

山の上であれ、地方の小さな街であれ、日本にはまだ知られざる、面白い部分がたくさんあるはずです。これからも東京と日本各地を行き来して、自分にしか見つけられない面白いことを絵で表現していきたいなと思っています。

■神田めぐみさんのホームページ

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。

文具メーカー勤務:三上由貴さん(36歳)

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気象予報士:石上沙織さん(33歳)

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