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「予測」がぼくらを動かしている。『文章予測 読解力の鍛え方』

「予測」がぼくらを動かしている。『文章予測 読解力の鍛え方』

撮影/馬場磨貴

ひきこまれる文章には、ある魔法が隠されています。
例えば、以下の文章。

落ち着いている。
声が、である。
その乞食は、御所の紫宸殿(しいんでん)のやぶれ築地(ついじ)に腰をおろし、あごを永正十四年六月二十日の星空にむけながら、夜の涼をとっていた。

これは、司馬遼太郎『国盗り物語』の冒頭部分です。簡素な書き出しながら、すーっと文章世界の中に誘われる感じがしませんか? 実は、この文章には魔法が隠されています。その魔法の正体とは何か。

それは、「予測」です。

なぜ司馬遼太郎の文章にひきこまれるのか?

でも、考えてみると不思議です。文字列の並びという意味では同じなのに、人をひきこむ文章とそうでない文章が存在します。両者には、どのような違いがあるというのでしょうか。

今回ご紹介する『文章予測 読解力の鍛え方』は、人をひきこむ文章には「予測」という技法が駆使されていることを、わたしに教えてくれた本です。

本書では「予測」を、「今読んでいる文章をとおして感じられる理解のモヤモヤを、そのあとに続く文脈で解消しようと期待する読み手の意識」と定義づけています。

例えば、先ほどの『国盗り物語』の冒頭では、「深める予測」という種類の「予測」が使われていると著者は言います。その文章を読んだときに感じる欠落感を、読者が意識的にせよ無意識的にせよ、「いつ」「どこで」「誰が」「なぜ」といっ5W1Hの疑問詞を使って補填(ほてん)しようとする予測が「深める予測」です。

先程の例で言うと、「落ち着いている」という書き出しの文には欠落感があります。私たちの多くは、その欠落感のためこの文章を読みながら「何が?」と「予測」します。そのこころの動きが、次の文章を読ませる推進力になるのです。

その次に、「声が、である」と答えが記されますが、それでは「誰の?」と思いますよね。その後、それはとある「乞食」の声であることが明かされる、という構成になっています。簡潔ながら、読者に情報を開示する量と順番が、実によく計算されていると分かります。

このように、文章を理解するという当たり前のようなプロセスは、「予測」という切り口からとらえなおすことで、また違った地平が見えてくることを本書は教えてくれます。

ゆっくりと世界が変わる

この本をお薦めする理由には、即効性のものと遅効性のもの、二つあります。一つは、「予測」の理解を深めることは、人を惹(ひ)きつける文章を書くことにつながることです。これは、即効性があります。読んだその日から、ビジネスシーンにおいても日々の暮らしにおいても、文章を書くときに意識すればすぐに活用できるでしょう。

そして遅効性のものとは、世界の見え方を少しだけ変容させてしまう効果のことです。いささか抽象的かもしれませんが、文章理解に「予測」という魔法が隠されていたことを知る以前と以後とでは、どうしたって様々な文章の見え方が変わってしまいました。

家から会社に行くまでの間にも文章はあふれていますし、スマホを通じて私たちは日々大量の文章を読んでいます。「予測」の存在を知ってから、それらの文章がなぜいいと思うのか、なぜそう思えないのかを、もう一歩深く考えてしまう脳になってしまいました。

例えば、地球は宇宙の中心にあると信じるのか、それとも太陽の周囲をぐるぐる回る星の一つだと思うのかで世界の見え方ががらりと変わってしまうのと同じように、同じ世界を見ていても私たちがどんなレンズを通してそれを見るかで、その感じ方・見え方は変わります。少し大げさですが、わたしたちは日々星の数ほどの文章をよんでいるため、文章の見え方が変わるというのは、それくらいのインパクトがあると言えるかもしれません。

この効果は、ゆっくりじわじわと効いてくるでしょう。その先に何があるのか。他ならぬわたし自身が、それを楽しみにしています。

最後に、わたしはこの本を読み終えた後、『ルパン三世 カリオストロの城』をもう一度見ることを誓いました。その理由を知りたい方は、ぜひ本書を開いてみてください。

(文・中田達大)


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