ほんやのほん

人が人を愛するように、人は人に暴力を振るう。『蹴爪』『送り火』

撮影/馬場磨貴

撮影/馬場磨貴

傷を愛せるか 『蹴爪』

なぜ人は人に暴力を振るうのだろう。はたして、意味も理由もなく人は人に暴力を振るえるのだろうか。そんなことを考えさせられたのは、水原涼さんの『蹴爪(ボラン)』を読んだからだ。

『蹴爪』は東南アジアの島を舞台に、少年・ベニグノの周囲で巻き起こる不穏な暴力の連鎖を描いた傑作中編。子どもと大人の中間にいる少年たちの、痛がゆくて、甘酸っぱい青春小説として読むことができる。

兄・ロドリゴから受ける理不尽な暴力は、読んでいるこちらが痛みを感じるほどきめ細やかに描かれている。はじめは、なぜ理由もなくロドリゴはベニグノを痛めつけることができるのだろう……と考えていたが、読み進むにつれて「暴力なんてそういうものなんじゃないか」と思えてきた。
作中で品種改良された闘鶏が意味もなく殺し合うように、突発的に起きる地震がなんの罪もない人間を殺すように、人は人に暴力を振るうことができる。

人が人を愛する理由を説明するのは難しい。なぜ人は人を愛することができるのか。理由なんてないようにも思える。同じように、人が人に暴力を振るう理由を説明することも難しい。なぜなら、愛と暴力は表裏一体のもので、本質は同じものだからだ。

人を愛するとはどういうことか。それは「自分を愛するように他人を愛する」ことではないだろうか。その愛は、一歩間違えると「自分を傷つけるように他人を傷つける」ことにもつながる。本気で人と関わろうとすればするほど傷は増えていく。

『蹴爪』水原涼 著 講談社刊 1836円(税込み)

『蹴爪』水原涼 著 講談社刊 1836円(税込み)

本書は小説としての質の高さもさることながら、村上早さんの版画を使用した装丁も素晴らしい。版画とは版に傷をつける画だ。一度傷をつけるとその傷を消すことはできない。傷が傷痕になり、その傷痕を愛することができるようになって、はじめて子どもから大人になることができる。本書を読みながらぼんやりそんなことを考えた。

どちらが生身で、どちらが影か 『送り火』

デビュー時から濃密な暴力を作中で描いてきた高橋弘希さんの最新作『送り火』でもまた、少年たちの残酷な暴力が描かれている。

本作は、父親の転勤を機に地方都市の中学校へと転校することになった主人公・歩と、5人しかいない中学3年生の男子クラスメートとの交流が描かれた中編なのだが、リーダー格の少年・晃が、いじめられっ子である稔をいたぶる様子は、思わず読んでいる目を背けたくなるほどに惨(むご)い。

歩は稔に直接暴力をふるったことがないどころか、稔のことを馬鹿にしたこともない「傍観者」なのだが、終盤に稔からとんでもない逆襲を食らうことになる。

歩は通知表の「公正・公平」の欄は常にプラス、協調性に優れていて転校先の学校でもすぐにクラスメートと打ち解ける。他のクラスメートの家はみんな農家だが、歩の家族はそうではない。授業参観に細身のスーツで来るような父親と、3時のおやつに紅茶のシフォンケーキを作るような専業主婦の母親。そんな両親にぬくぬくと育てられ、卒業すれば都内の高校に進学する「渡り鳥」のような歩。

クラスの副委員長になったことに優越感を感じ、薄っぺらい正義感をかざし、暴力をふるう側が常に人権を侵害する側だと思い込んでいるブリッコ女子みたいな少年だからこそ、稔に攻撃をされたとき「なぜ自分が稔の標的にされているのか理解できない。自分は暴力に加担していないし、嘲笑してもいない、それどころかコーラの残りまであげたのに、なぜ――」なんてことを考える。こういう善良な人間は自分の周りにもたくさんいるが、こういう人たちに限って自分が他人に「暴力」をふるっていることに気がついていなかったりする。

津軽地方の豊かな自然描写も本作の魅力の一つだが、中でも「水田の稲」が幾度となく執拗(しつよう)に描かれている。終盤で描かれている収穫期がせまった稲穂は、黄金色の草原のようで美しい。けれど、その美しさにはゾっとするような恐ろしさも綯(な)い交ぜになっている。水田の中で育ち収穫期をむかえた稲が、閉鎖的な村の中で撓(たわ)わに実る暴力と重なり悍(おぞ)ましさすら覚える。一見健やかに見えるものほど怖いものはない。

高橋弘希さんのデビュー作『指の骨』では合法的殺人である「戦争」が描かれ、野間文芸新人賞を受賞した『日曜日の人々』では、戦時下ではない今の社会で唯一許されている合法的殺人である「自殺(自傷)」が描かれた。そして、本作『送り火』では「傍観」という名のもっとも惨たらしい暴力が描かれている。
暴力のベクトルが他人に向くでもなく、自分自身に向くでもなく、ただ目の前に存在する暴力を傍観するという「ベクトルのない暴力」は、何よりも純度の高い暴力のように思える。

『送り火』高橋弘希 著 文藝春秋刊 1512円(税込み)

『送り火』高橋弘希 著 文藝春秋刊 1512円(税込み)

そういえば、本作では冒頭と終盤でこのような描写がある。

「水面の灯籠のほうが、現実の灯火より鮮やかに見えることさえあった」
「壁面の影のほうが賑やかだったゆえに、そちらが生身で、現実の人影が影であるかに見えた」

直接的な暴力そのものが「実体」だとすれば、それを傍観するベクトルのない暴力は「影」だと言えるかもしれない。そして、実体そのもの以上に実体のように見える「影」が何より不気味で怖ろしい。少なくとも私の目には、歩の傍観こそが生身のように見えた。

PROFILE

北田博充(きただ・ひろみつ)

きただひろみつ

二子玉川 蔦屋家電のBOOKコンシェルジュ。出版取次会社に入社後、本・雑貨・カフェの複合書店を立ち上げ店長を務める。ひとり出版社「書肆汽水域」を立ち上げ、書店員として自ら売りたい本を、自らの手でつくっている。著書に『これからの本屋』(書肆汽水域)、共編著書に『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)がある。

PROFILE

蔦屋書店 コンシェルジュ

12人のブックコンシェルジュの皆さんに、
そのとき、一番おすすめの本を週替わりで熱くご紹介いただいています。
●代官山 蔦屋書店
間室道子(文学)
●二子玉川 蔦屋家電
岩佐さかえ(健康 美容)/大川 愛(食)/北田博允(文学)
嵯峨山 瑛(建築 インテリア)/中田達大(ワークスタイル)/松本泰尭(人文)
●湘南 蔦屋書店
川村啓子(児童書 自然科学)/重野 功(旅行)/羽根志美(アウトドア)
八木寧子(人文)/若杉真里奈(雑誌 ファッション)

「予測」がぼくらを動かしている。『文章予測 読解力の鍛え方』

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