このパンがすごい!

たったひとりでパン、ケーキ、焼き菓子、ジャムを見事なうつくしさで作る岐阜の鉄人/ワイ クニエダ

バゲット・コンプレ


バゲット・コンプレ

たったひとりで、パンも、ケーキも、焼き菓子も、ジャムまで作る職人が岐阜県の大垣にいる。美意識は並外れていて、どのパンもお菓子もひじょうにうつくしい。その職人の名は、y’KUNIEDAこと、国枝幸春さん。

国枝幸春シェフ


国枝幸春シェフ

「バゲット・コンプレ」のうつくしさは、古代ギリシャ神殿の柱を思いださせる。しかも、パン酵母(イースト)ではなく、さらにハードルの高い、自家培養発酵種(いわゆる天然酵母)で焼かれていたのだから、さらに驚いた。

スペルト小麦(古代小麦)によるものだろうか、香りはエレガント。塩のミネラルに導かれて、発酵種の酸味と旨味(うまみ)が発動、小麦のクリーミーな味わいと絡み合いながらいつまでもつづいていく。余韻はあまりに魅力に満ちて、その世界観に没入したらしばらく抜けだせないほど。

国枝さんの味を特徴づけるものとは? 尖(とが)りなくミネラル感をもたらす、イタリア・シチリア産の塩「サーレ・インテグラーレ・フィーノ」。酸味と旨味、鼻へ抜ける発酵の香りは、ルヴァン種(小麦由来の自家培養発酵種)、レーズン種(レーズン由来)をダブルで使用することから。両者のバランスを押し引きし、複雑なフレーバーを操る。ルヴァンの元種を嗅がせてもらうと、妖しいほどにフルーティーな香りがした。なぜそうなのか国枝さんは多くを語らなかったが。

店内風景


店内風景

しかも、一晩にわたって発酵・熟成させる温度は、かなり高めの18℃。酵素は激しく反応、豊富に風味成分が生成される一方、生地のコントロールはむずかしい。ならば、なぜあんなにうつくしくパンを作れるのか?

「志賀勝栄さん(『シニフィアン・シニフィエ』シェフ)のやり方(高めの温度での長時間熟成)と、ビゴさん(故人。『ビゴの店』創立者で、フランスパンを日本に伝えた)のやり方(バゲットの王道。クープ[割れ目]のうつくしさなどを大事にする)を足して2で割っています」

発酵は大胆、けれどミキシングや成形ではフランスパンの基本に忠実に。別次元の製法を、アクロバティックに接合させる。

届いたばかりの、地元・愛知県産ゆめあかりも見事に操って、バゲットの老麺(前日の生地のこと)のみで、見事に縦伸びさせ、ハードトースト(シンプルな食パン)を作っていた。ふわふわにみせかけて歯切れる瞬間ぷるん。ゆめあかりのもちもち。ほんのりの甘さ、皮には旨味・渋み。砂糖を入れていないことが信じられないほど、喉(のど)でさらに甘い。

プロヴィンチア


プロヴィンチア

ドライフルーツたっぷりの「プロヴィンチア」。割ったとたん、レーズンとお酒の香りがあふれだす。ぷっくりとしたレーズンを噛(か)むと、果汁がぱんと弾け、甘酸っぱさ、じんじんとラムの芳香がほとばしる。オレンジピールは夏の野山の香りを運び、ドライいちじくは生をほうふつとさせるほど、芳醇(ほうじゅん)でうるおいに満ちる。先述した2種類の発酵種がバックグラウンドで、奥行きとトーンを与えている。

ドライフルーツがこんなにおいしいのは、ひと手間もふた手間もかけているから。たとえば、「いちじくは、赤ワインをどぼどぼと入れていちじくを煮て、さらにグランマルニエ(オレンジリキュール)で漬けています」。

国枝さんがパン職人を志したとき、いちばん作りたかったものは、フルーツのたくさんのったデニッシュ。それだけに果物への思いは人一倍で、父にまかせて自家農園を営むほど。いちじく、フランボワーズ、レモンを栽培し、収穫物でジャムやドライフルーツを作る。

旬のりんごパイ、クラフティスリーズなど


旬のりんごパイ、クラフティスリーズなど

秋田のりんご園のものを使用するのは、「旬のりんごパイ ディスク・オ・ポンム」。季節折々の品種を使い、それぞれの魅力を楽しむ。

「津軽、秋映(あきばえ)、紅玉、ふじ。それぞれぜんぶ味がちがいます。毎回食べるごとに味がちがっていたら楽しいと思うんです」

走りのいまは津軽。さわやかな香り、軽やかな酸味が走り抜ける。酸味と思えばナパージュがまろやかに甘い。シーソーのように揺れる甘いとすっぱいが絶妙のバランス。滲(にじ)みでる粉の旨味と果汁の出会いは笑いが漏れそうなほどの快楽を生みだす。

素材に対する造詣(ぞうけい)、発酵への執着、うつくしさへの渇望。y’KUNIEDAはおだやかな人だが、作るパンは底知れぬ情熱を感じさせる。

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■ワイ クニエダ
大垣市西之川町1-295-1
0584-71-9790
9:30~18:30
月曜、火曜休み
http://ykunieda.com/

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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