鎌倉から、ものがたり。

会社を辞めた。ローマでジェラートに出会った。御成通り「GELATERIA SANTi」

 江ノ電「鎌倉」駅のホームから見る御成通りは、昭和の雰囲気が残るタイムスリップゾーン。その一画に、イタリアンジェラート店「GELATERIA SANTi(ジェラテリア・サンティ)」がオープンした。

 細い路地の突き当たりにある店は、童話に出てくるようなたたずまい。「ピスタチオ」「カカオ」「レモンクリーム」「キャラメルココナツ」「ローズマリーハニー」……と、ショーケースには魅力的なフレーバーが揃(そろ)い、訪れたお客さんたちが楽しそうに迷っている。

「ジェラートはすべて隣接する工房での作りたてです。『ジャンドゥーヤ(へーゼルナッツとチョコレート)』『カプチーノ』のようなイタリアの定番から、季節ごとに味わいが変わっていくミルクや、旬の果物など、店頭には常時12種類をご用意しています。即興的なひらめきも大切にしながら、その日その日に、いちばんおいしい素材をジェラートに写し取りたい。そう思って、毎日、心を込めて作っています」

 そう語るのは、オーナーの松本愛子さん(33)。夫の松本純さん(34)とともに、合同会社「サンティ」を立ち上げて、ジェラート作りと店の経営にあたる。
 ふたりの店のポリシーは「イタリアの正統的な技法」「こだわりの素材」「旅のインスピレーション」の3点に集約できるという。
 起業前は、ともに公認会計士として、外資系の監査法人に勤務していた。と聞くと、ジェラートのイメージとは、ちょっと遠い。きっかけは何だったのだろう?
「夫も、私も、会社で一定期間働いたら、仕事をいったん辞めて、世界を旅しようという希望があったんです。そもそも『就社』という考えもなくて、自分の腕で食べていく仕事を志向していた。公認会計士という資格を取得したことも、その価値観がベースにあったからです。希望通り、就職して8年目に長い休暇を取りました。その旅がはじまりですね」(愛子さん)
 アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米……と世界50カ国。そんな大旅行の最中に、目の覚めるような食の体験があった。
 純さんがいう。
「ローマでジェラートを初めて食べた時、『こんなにおいしいものが、世の中にあるんだ!』と、すっかり気持ちを奪われてしまって……」
 イタリアではおいしいジェラート屋さんが街のそこかしこにあり、ジェラートがパンのように人々の日常に根付いている。イタリア滞在中、純さんは「3食をジェラートで済ませたい」というほど、ジェラートにのめり込み、イタリアからモロッコに渡っても、ジェラートの味をくるおしく思い出した。
「思いが高じて、ジェラートの製造方法を学べる学校はないかと探してみたら、次の週から始まる、という講座がボローニャにあったんです。即座に申し込んで、イタリアにもう一度『帰り』ました」(純さん)
 講座では、素材、レシピといった製造技術から、衛生管理、事業化の方法まで、店舗経営に必要な内容を網羅的に学んだ。さらにふたりは、トリノからシチリアまで鈍行列車を乗り継ぎながら、評判のジェラート屋を食べ歩き、自分たちにとって理想の味を追求した。帰国後は店舗を持つことを念頭に、世界各国からジェラート関係の書籍を集め、素材とレシピの研究を続けた。
 純さんは熊本県玉名市、愛子さんは新潟市の出身で、鎌倉に地縁はなかったが、学生時代から湘南が好きで、就職後は辻堂から東京に通勤していた。
「店を持つなら、やっぱり湘南。それも鎌倉だね」
 ふたりの意見は、ここでも一致した。

後編につづく:10月12日公開予定です)

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

崖の上、レモンが見守る特別な時間 「山の上ベーカリー」(後編)

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江ノ電を眺めながら味わう、地元産ジェラート「GELATERIA SANTi」

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