東京ではたらく

タクシードライバー:奥富もえさん(25歳)

  

職業:タクシー運転手
勤務地:東京都三鷹市
仕事歴:4年目
勤務時間:不規則
休日:不規則

この仕事の面白いところ:日々、様々な人と出会えるところ
この仕事の大変なところ:どんなお客様に出会うかわからないからこそ、その場で臨機応変な対応が求められるところ
    ◇
タクシードライバーとして勤務して4年目です。現在は三鷹の営業所に所属し、毎日都内各所を走っています。

タクシードライバーという職業に興味を持ったのは大学3年生の時。大学では経営学を専攻していたのですが、正直なところ、就職についてはっきりとした夢や目標を持てずにいました。

それでも就職活動は待ってくれませんから、とりあえず様々な企業が合同で開催する会社説明会に参加したのですが、そこに今勤務している国際自動車のブースがあったんです。

タクシードライバーというと、なんとなく年配の方が多い職種かなと思っていたのですが、ブースで説明を担当しているのは若い社員さんだったんです。当時は東京オリンピックの開催が決まったばかりの頃で、「これからのタクシー業界には若い力が必要なんです。一緒に頑張りませんか?」と熱く語ってくださって。

もし自分が入社するとしたら2015年に1年生。6年目の2020年に東京オリンピックを迎えることになります。それ自体もワクワクしましたし、何より「自分たち若い世代が新しい発想で業界を盛り上げていけるかもしれない」という点に魅力を感じて、一気に興味が湧いてきたんです。

点呼を終えて仕事に出発する車のライト点灯点検をしたり、声かけして見送るのも大切な仕事


点呼を終えて仕事に出発する車のライト点灯点検をしたり、声かけして見送るのも大切な仕事

もともと車の運転は嫌いではなかったですし、大学時代はレストランで接客のアルバイトも経験して充実感も感じていたので、自分としては問題ないだろうと思っていたのですが、やはりまだまだ女性が少ない職種ということもあって、両親は少し心配していましたね。

私自身は女性であることをあまりネガティブに捉えていなくて、採用試験の段階から「女性だからできないこと」より、「女性だからこそできること」について考えていました。

「タクシーに乗るのはどんな時だろう?」と改めて考えてみると、大抵は何かの事情で急いでいたり、困っていたりする時なんですよね。例えば急に雨が降ってきたとか、体調が悪くなったとか、寝坊して仕事や約束に遅刻してしまいそう!とか(笑)。

そんな困っている人を手助けするのがタクシーですから、「これはもう究極のサービス業だ!」と学生時代の私は思っていて。

だとしたら女性だからこそできる細やかな気配りやサービスはあるし、そこを必要とされるドライバーに自分はなりたい。採用選考が進むうち、そんな風に強く考えるようになりました。だから採用が決まったときはとてもうれしかったですね。

営業所の掲示板には最近起きた交通事故の事例や最新の道路工事の情報などが。毎日数回行われるドライバーの点呼時に共有している


営業所の掲示板には最近起きた交通事故の事例や最新の道路工事の情報などが。毎日数回行われるドライバーの点呼時に共有している

入社後はまずタクシードライバーとして勤務するのに欠かせない二種免許を取得するため、教習所通いが始まります。それと並行して接客の対応やマナーを学ぶ研修を受けます。

接客とひとくちに言っても色々ありますが、ことタクシーでの接客で一番難しいのはお客様の顔や目を見てお話しできない所なんですよね。特に運転中はなかなか振り返ることができないので、お互いの表情を読み取れません。

そういう状況だと、こちらは普通にお返事をしているつもりでもお客様に聞こえづらかったり、少しぶしつけな印象になってしまったりすることがあるんです。そういうタクシーならではの接客についても新人研修で徹底的に学びます。

その後は都内各所にある営業所に配属され、今度は運転についての実践的な研修が始まります。またタクシードライバーとして勤務するためには所定の地理試験をパスしないといけないのですが、これもなかなか大変で……。都内の主要な幹線道路や交差点、施設などを頭にたたき込みます。

営業所の班長を務めている奥富さん。出発前のドライバーたちの勤務表をチェックしたり、身だしなみについて指摘することもある。「みなさん大先輩なので恐れ多いのですが(笑)。それでもやりがいのある役割です」


営業所の班長を務めている奥富さん。出発前のドライバーたちの勤務表をチェックしたり、身だしなみについて指摘することもある。「みなさん大先輩なので恐れ多いのですが(笑)。それでもやりがいのある役割です」

私は東京出身なので少しは土地勘がありましたが、地方出身の同期は大変そうでしたね。それに東京の街並みはどんどん変化していくので、前まであった商業施設が別のビルに変わっていた!なんてことも珍しくありません。そういう意味では東京の変化にとても敏感な仕事だと思います。

毎日都内を走り回っているので、季節ごとの街並みの素晴らしさも感じます。特に春の桜と秋の紅葉は素晴らしくて、何度見ても飽きません。特に好きなのは外苑前のイチョウ並木ですね。紅葉の時期はあの辺りまでと注文していただくと少しうれしくなったりします(笑)。

そして入社から1カ月半ほど、すべての研修や試験をクリアするといよいよ初乗務の日を迎えます。緊張しすぎていて一番目のお客様だったかどうか定かではないのですが、初日に接客した年配の女性のことは覚えています。

たしか病院までお連れしたと記憶していますが、「今日が初めてなんです」と伝えると、「頑張ってね」とやさしく声をかけていただきました。

「タクシーは困っている人の手助けができる仕事だ」。学生時代に持ったその気持ちを現実に感じられた瞬間でもあって、やっとドライバーとしてのスタートラインに立ったんだなという実感が湧きましたね。

短い時間、誰かの1日をほんの少し幸せにできるように

新人の頃はなかなか難しかった笑顔での接客も今は奥富さんのトレードマークに。「すがすがしい気持ちでタクシーを降りてもらえたらうれしいですね」


新人の頃はなかなか難しかった笑顔での接客も今は奥富さんのトレードマークに。「すがすがしい気持ちでタクシーを降りてもらえたらうれしいですね」

実は、タクシードライバーという仕事に魅力を感じた点のひとつに働き方の自由さというものもありました。

私の会社では基本的な勤務日数は1カ月に11~13日間。13日以上は勤務してはいけない規則になっています。勤務日数が少ない代わりに一日の勤務時間が長くなっていて、1日あたり18時間30分~最大21時間までとなっています。

営業所では1日朝6時から夜7時の間に6回の点呼があるのですが、例えば朝6時から勤務する場合は6時の点呼に出て勤務開始、翌2時まで走るということになります。もちろん途中途中で休憩はしますが、慣れるまでは大変です。

でもその分、一月の半分以上がお休みなので、旅行に行ったり趣味に没頭したりと自由な時間を持てるのが魅力。私は中学から始めた吹奏楽を今も続けていて、お休みの日は楽器を弾くことが多いですね。

もうひとつ忘れてはいけないのが給与面。こちらも一般的なお仕事とは少し違っていて、自分が頑張れば頑張るほど毎月のお給料が増える歩合制。「給与の浮き沈みが激しいのは怖くない?」と言われることもあるのですが、私は断然歩合制の方がよくて。

出発前は自分の車の点検や掃除を欠かさない。「接客も大切ですが、やっぱり一番は安全です。毎日緊張感を持って出発の準備を整えます」


出発前は自分の車の点検や掃除を欠かさない。「接客も大切ですが、やっぱり一番は安全です。毎日緊張感を持って出発の準備を整えます」

就職活動をしていた時、いろいろな企業の給与体系を見たのですが、見れば見るほど自分の将来が透けて見えるというか。「真面目に働いてもこれくらいなのか……」って(笑)。その点、自分の努力次第で給与が伸びていくタクシードライバーならそれが日々の働くモチベーションになるかなと思って。

お休みも給与も自分次第で、毎日が単調じゃないという点がこの仕事の魅力です。何より、毎日どんなお客様に出会うかというワクワクした気持ちは、勤務4年目になっても変わりません。

改めて考えてみると、タクシードライバーとお客様というのは本当に偶然の出会いというか、「一期一会」という言葉がぴったりな関係だなと思いませんか? たまたま私がその道を走っていて、たまたまお客様が手を挙げて車に乗って、ほんの短い時間を一緒に過ごすわけですから。

ドライバーは一日中お客様を乗せたり降ろしたりしているので、ともすればルーティンワークになってしまいがちです。そんなとき、私は以前に乗車して頂いたとあるお客様の言葉を思い出します。

都内のどこからどこへお送りしたのか、詳しいことはよく覚えていません。車内で印象的な会話があったわけでもありませんし、私も普段通りに接客していたつもりです。

でも、そのお客様が目的地に着いて降りられるとき、こう声をかけてくださったんです。「今日はなんだかいいことがありそうだな。ぜひまたあなたの車に乗りたいです」って。

班長として点呼を行う奥富さん。大ベテランの先輩たちを前に堂々と注意事項を話す。若い社員が班長を務めることで若手に責任感が生まれ、逆にベテランの社員はいっそう気が引き締まる


班長として点呼を行う奥富さん。大ベテランの先輩たちを前に堂々と注意事項を話す。若い社員が班長を務めることで若手に責任感が生まれ、逆にベテランの社員はいっそう気が引き締まる

ほんの数十分のタクシー移動。それでもドライバーの受け答えや、会話の内容によって、その時間はお客様にとって心地いいものになる。そしてその短い時間が、誰かの1日をほんの少し幸せにすることだってできる。大げさかもしれませんが、そのお客様の言葉に触れて、そんな風に思ったんです。

とはいえ、毎日いろいろなお客様と接していると、どうしても落ち込むこともあります。特に新人時代はお客様からお叱りを受けることもあって。道を間違えては「プロなのに!」と叱責されたり、私よりずっと車の運転歴が長い方に「そんな運転をしていたら事故を起こすぞ」と苦言を呈されたり。

自分の至らなさはよくわかっているのですが、やっぱりその都度落ち込んでしまって、それが顔とか雰囲気に出てしまうんですね。うまく気持ちの切り替えができないと次にご乗車いただいたお客様にもそのオーラが伝わって、悪循環に陥ってしまうこともありました。

タクシードライバーの仕事は勤務中は先輩や同僚が一緒にいるわけではないので、特に気持ちが落ち込んだときには「自分はひとりなんだ……」と思ってしまいがちです。でも、そんな時こそ営業所に戻ってから同期に相談をしたり、先輩にアドバイスを求めるようにしています。

東京オリンピックに向けて登場したトヨタの次世代「ジャパンタクシー」。お年寄りや子供にも優しい設計で、車内も広々。ビジネスパーソンからも「のり心地がいい」と好評だとか


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大抵はみんな同じような経験をしているので、そういう話を聞くと「みんな通る道なんだ!」と自分を立て直すことができたり、何より「ひとりじゃない」と思えるんです。

私の所属している営業所には同期入社の女性ドライバーが8人いるのですが、やっぱり女性同士で話せるのは心強いですね。最近は女性のタクシードライバーも増加傾向にありますが、それでもまだまだ少数です。

お客様も慣れていないので、乗車後に「女性の運転手さん!?」と驚かれることも少なくありません。中には女性ということでお客様の方からいろいろ配慮してくださることもあって、例えば深夜に人気のない住宅街までお送りしていると、男性のお客様から「大丈夫? ここから先は暗いから」と気遣っていただくことがあります。

新人の頃はその気遣いが嫌で「男性だったらもっと信頼してもらえたのかな」と思ったことも少しはありました。でも、性別を変えることなんてできません。

お客様が「女性だから心配……」と思ってくださるのも優しい配慮ですから、そこはありがたく受け取って、その上で「すごいですね!」と言っていただけるような仕事をしよう。次第にそう前向きに考えられるようになってきました。

女性ドライバーであることに誇りをもてるようになったのも、やっぱり日々出会うお客様のおかげで、例えば夏の暑い日、冷房の効いた車にお客様が乗車されるとします。そんな時はできるだけお客様の様子を観察して、「寒くないですか?」とお伺いするようにします。

◎仕事の必需品「運転中なカーナビを見ますが、初めて走った場所や道は営業所に戻ってからこの地図で確認します。何年走っていても、覚えることは無限にあるので(笑)」


◎仕事の必需品
「運転中はカーナビを見ますが、初めて走った場所や道は営業所に戻ってからこの地図で確認します。何年走っていても、覚えることは無限にあるので(笑)」

またお連れ様のいるお客様の場合、ルートや停車場所を確認する際にはお客様同士の会話が途切れてしまわないよう、お話に耳を澄ませてよいタイミングでお声がけ。どうしても会話が途切れそうにないときには「お話し中、失礼いたします」と一言添えるよう心がけています。

どれも小さなことですが、お客様によっては降車時に「女性ドライバーさんでよかった」とおっしゃってくれることもあって。そんな時はうれしくなりますし、女性でよかったなとも思います。

そんな風にして「できないこと」より「できること」を積み重ねていくことで、少しずつ自分の中に女性ドライバーとしての誇りが生まれてきたような気がします。

今後の目標はやっぱり東京オリンピックですね。開催に向けてどうサービスを向上していけるか、会社全体で日々アイデアを練っているところです。日々の業務でもオリンピックが近づいていることをひしひしと感じていて、最近では日に2、3組は海外のお客様を接客します。

例えば滞在先のホテルから競技場までタクシーを利用する場合、タクシーでの対応が悪いと、楽しみにしていた観戦にも水を差してしまいますよね。せっかくですから気持ちよく移動していただき、オリンピックと日本での滞在を満喫していただきたい。

私たちタクシードライバーも日本の素晴らしい「おもてなし」の一部を担う存在です。その強い気持ちと誇りを忘れず、しっかりとサービスしていきたいと今から気を引き締めていますし、何よりとってもワクワクしているんです。

■国際自動車

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。

気象予報士:石上沙織さん(33歳)

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書店員:太田千亜美さん(38歳)

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