MUSIC TALK

冨田ラボ「これこそが、今のポップスだ」という思い(後編)

冨田ラボ「これこそが、今のポップスだ」という思い(後編)

撮影/山田秀隆

J-POPからアイドルまで幅広くプロデュースを手掛け、アーティストの新境地を次々と切り開いてきた。セルフプロジェクト「冨田ラボ」では、6枚のアルバムを通して新しい音楽性と世界観を提示してきた。冨田恵一さんが語る、オファーを受けて手がけるプロデュースと冨田ラボ、それぞれの「変化」と「進化」。 (文・中津海麻子)

(前編から続く)

キリンジをプロデュース

――30代に入ってから状況が動き始めた?

20代までアーティストのサポートを中心に仕事をしていたのですが、どちらかというとスタジオよりもライブが多かったんです。そんな中、遊佐未森さんのプロデューサー外間隆史さんと知り合い、彼と組む機会が増えました。30歳になってすぐのことでした。

ある日、外間さんとの仕事とほかのアーティストのライブがかち合ってしまった。すると彼が「スタジオでやっていくのかライブサポートをやるのか、そろそろ決めたほうがいいんじゃないの?」と。今考えると、その日僕がいないと困ると思っただけかもしれませんが(笑)。でも、確かにそうだなぁとも思った。演奏することは好きだったけれど、高校生のときから録音物を完成させることが好きで、それを仕事にすることを目標にしてきた。だったらスタジオに絞ろうと。CD制作の現場では、演奏もしますが、それ以上にアレンジの仕事が中心だったので、自分がやりたいことに近いと考えたのです。

そうして2、3年はスタジオでのサポートを続けましたが、やっぱり自分の音楽を、という思いが強くなり、友人とプロデュースユニットを組んだり、録音作品を残すために「Moves」というバンドをやったりしました。そのバンドで作った音源をインディーズからリリースすることに。その事務所にデビュー前のキリンジがいた。社長からプロデュースを頼まれ、彼らのファーストアルバムを手がけました。

――自分の名前での初のプロデュース。さらに、キリンジは音楽業界を中心に大きな注目を集めました。どんな気持ちでしたか?

今ほどSNSとかが発達してないからかな、注目とか話題とかよくわからなかった(笑)。それに、「ようやくやりたいことができた」という、夢がかなった感はそんなになくて。Produced by 冨田恵一とクレジットされたのは確かに初めてだったけれど、20代から30代にかけて少しずつ自分がやりたいことはできるようになってきていたんです。キリンジはその延長線上にあった。いい結果を出せたのは、それまで重ねてきた経験とノウハウが大きかったんだと思います。

もう一つ、それまでの現場で学んだことがあった。それは、みんなの意見を聞いて作った中庸なものは説得力を持たない、ということ。それよりも、何かを強く信じて推進しようとしている人がいたら、その方向に思い切り振った方がアピールする作品になる。キリンジのプロデュースも、堀込兄弟の意向はくみながら、そこは常に心がけました。その考えは今も変わらず持ち続けています。

MISIA『Everything』の大ヒット

――その後、メジャーデビューしたキリンジを手がけるとともに、2000年、MISIAの『Everything』をサウンド・プロデュース。200万枚をセールスする大ヒットを記録します。

MISIAを手がけていた与田春生さんから依頼されました。オルタナティブ側にいた僕からすると、メインストリームの仕事。キリンジなどで使っていたアプローチではなく、当時のJ-POPに寄せるべきか、真面目に悩みました。今考えるとすごく青いんだけど(笑)。でも、80年代後半から90年代にかけてやりたいことができず、それがキリンジを含めて少しずつ自分が思う音楽を形にできるようになってきていた。ここで世の中におもねるのは違うなと。結局、自分がベストだと考える音楽をやろうと決めました。

実は、最初に「こんな感じで」と聴かされた参考音源がありました。でも、僕は全く違う構図を打ち出した。与田さんは音楽好きでもあるので、オーダーと違っていてもいいと思えば気に入ってくれるはずだし、ダメと言われたらやり直せばいい。そう思って提出したら、すぐに電話がかかってきて「すごくかっこいい」と喜んでもらって。そのままOKが出ました。

ヒットはうれしかった。でも、基本的な意識はそれ以前と何も変わらなかった。少し傲慢(ごうまん)な言い方になるけれど、自分が新鮮だと感じられる要素がないと、自分が高揚できるように作らないとダメなんだ、と。今になってみれば大変な方を選んじゃったなぁとも思うんだけど(笑)。もしひよって作ったものが大ヒットしていたら、それが正解だと考える道を歩いたかもしれない。そういう意味で、『Everything』のヒットは、プロデューサーとしての流儀や姿勢を決める大きな分岐点になりました。

セルフプロジェクト「冨田ラボ」を始めた理由

――以降、多くのアーティストのプロデュースを手がけながら、「冨田ラボ」をスタートさせます。自身のプロジェクトをやろうと思ったきっかけは?
当時は依頼された仕事ばかりで、「この人をプロデュースしたい」とプレゼンしたことすら一度もなかった。なのに、自分の中には表現したい音楽があるという、若干めんどくさい状態でした(笑)。健康的な表現に立ち戻るには、自分は何をしたらよいのかを考えたとき、そもそも僕は歌ものが好きで、歌が構図の真ん中にある音楽が作りたいのは変わらない。じゃあ、構図はそのままに、前提なしに良い曲を作って、それを歌ってほしい人に歌ってもらおう。自分名義のアルバムとして出そうと考えたのです。そして2003年、冨田ラボ1枚目の『Shipbuilding』を作りました。

プロデューサーがこういうことすると、息抜きとかガス抜きとか思われがちですが、それは嫌だった。なぜなら、これこそが僕がもっともやりたいことだから。依頼仕事のプロデュースはこれまで通りやるけれど、僕の音楽性としては冨田ラボをメインに考え、継続して作品を作る。そう決めてスタートしました。

――依頼されたプロデュース仕事と、冨田ラボ。取り組み方や向き合い方、具体的なアプローチなど、違いはあるのですか?

頼まれ仕事だから手を緩めるとか、自分のプロジェクトだからより力が入るとか、そういう差はまったくないですね。僕がサウンドを作り、それをシンガーが歌ってるという構造は同じだから、作品の見え方も聴こえ方も同じと言えなくもない。ただ、僕の中では「初動」が違う。それが一番大きいですね。

当初はその「初動」にすごくこだわっていて、冨田ラボは歌い手を想定せずに曲を書き、出来上がってから誰に歌ってもらうかを考えていました。ところが、スケジュールの都合などで先に歌う人が決まることも増えてきて。その人を想定して曲を書いて……って、そうなると依頼された仕事と同じじゃない? って自分でも思うんだけどさ(笑)。

でもね、やっぱり冨田ラボは音楽的なことを最優先している。たとえば「このアーティストの9月発売のシングル」という依頼があった場合、その条件から考え始めるわけです。条件にベストと思えるアプローチを探り、それがアーティストやスタッフにも納得してもらえるのかを精査しながら、音楽的には精いっぱい新鮮なものに作り上げる。対して冨田ラボは、そういったことは一切考えません。もちろん歌う人には気に入ってほしいけど、それよりも「僕が本当にいいと思うか、僕が興奮できるか」を大事にする。

依頼された仕事ばかりしていると、自由な発想に制限をつける癖のようなものが付いてしまう気がするんです。その点、制限がゆるい自分のプロジェクトがあることで、依頼されたものに関しても新しい発想が生まれたり、違うアプローチができたりする。その違いは大きいと感じていますね。

――冨田ラボ名義のアルバムでは、名だたるアーティストがシンガーとして参加しています。どのように決めるのですか?

3枚目の『Shipahead』までは、なんとなくフォーマットが決まっていました。大御所枠、中堅枠、僕に近しい人枠、みたいな(笑)。あとはほぼ僕の思いつき。「高橋幸宏さんと大貫妙子さんがデュエットしたらおもしろくない?」とか。そりゃおもしろいよね(笑)。ありがたいことに皆さん快諾してくれました。

それまでの僕はいわゆるリイシュー文化の真っただ中にいて、70年代、80年代の音源ばかり聴いていたんだけど、ちょうど4枚目の『Joyous』を手がけたころからリアルタイムの音楽がおもしろいと感じるようになって。自分の根幹を揺るがすような変化がポピュラーミュージックの世界で起きている、これは絶対にやってみたい、と。その思いが明確に作品に現れたのが、2016年にリリースした『Superfine』です。僕の中にある根本的な音楽性は変わらないものの、表面的な変化は大きい。だったら、今まで僕と接点がない人たちに歌ってもらうことで、フレッシュな感じをわかりやすく届けることができるんじゃないかと。共感できて歌もいい若いミュージシャンやバンドが増えたこともあり、そういう人たちに歌ってもらおうと考えました。

ニューアルバム『M-P-C "Mentality, Physicality, Computer"』。Kento NAGATSUKA(WONK)、chelmico、長岡亮介(ペトロールズ)、Naz、七尾旅人、Ryohu(KANDYTOWN)、吉田沙良(ものんくる)、Reiらが参加


ニューアルバム『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』。Kento NAGATSUKA(WONK)、chelmico、長岡亮介(ペトロールズ)、Naz、七尾旅人、Ryohu(KANDYTOWN)、吉田沙良(ものんくる)、Reiらが参加

――この10月、冨田ラボのニューアルバム『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』をリリースしました。聴きどころは?

前作『Superfine』でやったことをより発展させた作品です。リアルタイムの音楽を追う中でおのずとラップも聴くようになり、ラッパーをフィーチャーした作品もあります。J-POPのリスナーには「ラップは聴かない」という人もまだ結構いると思いますが、ラップも歌ものと同じように聴けたらより音楽を楽しんでもらえるはず。僕はずっと「自分はポップスをやっている人間」という自負があって、だから、どの作品も「これが今のポップスだ」という思いで生み出してきました。今回も、もちろんそうです。

二足のわらじだからこそ、音楽を面白くできる

――アーティストのプロデュース、冨田ラボ。冨田さんの「二足のわらじ」は、これからどんな未来を描くのでしょうか?

僕はプロデューサーとしてはいわゆるメインストリームと言われるシーンに関わっていますが、シーンを背負ったり意識したりすることで、そこに限定されてしまうのは嫌だなと以前から思っていて。だから、冨田ラボは自分でもどこにいるのかよくわからない。というか、わからないままにしている。でも、両方をやっているからこそ、まだまだ音楽をおもしろくできる気がするんです。

オファー仕事では「Superfine以前」のサウンドを求められていると感じることも多いのですが、前の僕だったら「今はこういうモードなので」とあえて違うものを提示したかも。でも、今は求められているものをやる。キャリアを積み重ねたことで、プロジェクト全体の意向と自分とのバランスを考えるようになりました。一方、冨田ラボに関しては、そのときどきの純粋な音楽的興味や自分の気持ちに忠実に、それがどんなに先鋭的なものであったとしても、ストッパーをかけずにやっていくと思います。これから先もずっと。

……と言っておいてなんですが、正直、未来なんてまるで見えてないんだよね。昔から1年先を考えたことすらないんです。若いころは「計画なんて立てない」なんて粋がってたけど、そろそろ計画性も必要だよなぁ、って考えたりもしていますね(笑)。

冨田恵一(とみた・けいいち)
1962年生まれ、北海道旭川市出身。音楽家、プロデューサー、作曲家、編曲家、Mixエンジニア、マルチプレイヤー(ドラム、ベース、ギター、鍵盤)。
2000年前後、キリンジ作品のプロデュースや、日本の音楽シーンにおけるバラード楽曲のフォーマットになったとも言われるMISIA「Everything」をプロデュースして200万枚を超える大ヒットとなるなど、音楽プロデューサーとしての地位を不動のものとする。
以後、キリンジ、MISIA、平井堅、中島美嘉、ももいろクローバーZ、夢みるアドレセンス、矢野顕子、RIP SLYME、椎名林檎、木村カエラ、bird、清木場俊介、Crystal Kay、AI、BONNIE PINK、畠山美由紀、JUJU、坂本真綾、他数多くのアーティストに楽曲を提供。
セルフプロジェクト「冨田ラボ」としても今までに6枚のオリジナル・アルバムを発売。2018年10月3日、活動15周年を飾るニューアルバム『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』を発売した。

冨田ラボ オフィシャルサイト:http://www.tomitalab.com/

【ライブ情報】15th Anniversary Live M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”
2018年11月2日(金) @ マイナビBLITZ赤坂
ゲストシンガー:AKIO / 安部勇磨(never young beach) / 城戸あき子(CICADA) / Kento NAGATSUKA(WONK) / 坂本真綾 / 髙城晶平(cero) / chelmico / 長岡亮介(ペトロールズ) / Naz / 七尾旅人 / bird / 堀込泰行 / 吉田沙良(ものんくる) / Ryohu(KANDYTOWN)

PROFILE

中津海麻子

執筆テーマは「酒とワンコと男と女」。日本酒とワイン、それらにまつわる旅や食、ペット、人物インタビューなどを中心に取材する。JALカード会員誌「AGORA」、同機内誌「SKYWARD」、ワイン専門誌「ワイン王国」、朝日新聞のブックサイト「好書好日」、同ペットサイト「sippo」などに寄稿。「&w」では「MUSIC TALK」を連載中。

冨田ラボ “ポップ・マエストロ”の音楽の原点(前編)

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