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<101>家族で受け継ぐ、本と触れ合う場所「CAFE&BAR 羽月」

 京浜急行に乗って羽田空港に向かう途中、「穴守稲荷」という駅名を耳にしたことがあるだろう。しかし、「下車したことはありますか?」と問うと、「はい」と答える人は少ないのではないだろうか。

 文政年間(1800年代中期)に創建され、明治期には多くの信心深い人々でにぎわった穴守稲荷神社。しかし、終戦直後の1945年9月、GHQ(連合国軍総司令部)が羽田空港を軍事基地として拡張するため、蒲田区区長との連名で、空港付近の住民に対して「48時間以内に強制撤去」の命令を下した。神社も立ち退きを強いられ、鳥居だけ残して現在の場所に移設。穴守稲荷駅前にある「CAFE&BAR 羽月(うづき)」も、この時に移転を強いられた住人が開いた「羽田書店」がルーツになっている。
「昭和28年にここで『羽田書店』を始めたのは祖父。地元の人の食事と娯楽に対するニーズをくみ取り、半分食堂半分書店という形式で営業していました。その後、書店一本でやることになるんですけど」

 そう話すのは、店長の安武祥吾さん(39)。母や妹と一緒に店を切り盛りしている。

 店に入ると、左手にカウンターがあり、右手の壁一面に本が並んでいる。この一角は全て購入可能な古書だ(一部新刊もあり)。客からの古書持ち込みも受け付けており、1冊につき50円分の「飲食補助券」と交換している。

 店の中央にある2本の柱をくぐると、テーブルがいくつか並べられ、空間をぐるりと囲むように本棚がある。ここには文芸書や実用書、漫画、写真集など、安武さんいわく「脈絡のない」本が並ぶ。安武さんの祖父や両親、おじ、おば、妹などの蔵書を中心とした品揃(ぞろ)えで、こちらは店内閲覧用。おじが出版社で漫画編集者をやっていたことがあり、安武さん自身も漫画好きということもあり、漫画の充実ぶりが印象的だ。

 駅前の新刊書店として営業を続け、9年前にカフェスペースを併設。本が少しずつ売れなくなってきたため、客にゆっくり手にとってもらえる方法を考えたのがきっかけだった。しかし、その後も思うように本が売れない時期が続き、少しずつカフェスペースが拡張していった。3年前には新刊書の扱いをやめ、現在のブックカフェに衣替えした。

「父が他界した時に、母と話し合いました。祖父母が始めて、父も死ぬ寸前までここで働き、親族が続けてきたこの店を途絶えさせたくはありませんでした。本は、さまざまなことを体験させてくれる素晴らしいもの。ブックカフェという形態にすることで、たくさんの人に本に触れてもらいたいという思いもありました」

 ブックカフェに姿を変えたことで、客はカフェ併設の書店時代よりも店で長居するようになった。また、客と言葉を交わす頻度も増えたという。

「実は最近、外国人のお客さんがすごく増えています。近所にゲストハウスなどがあり、観光で来日した人たちが泊まっていて、うちにも来てくれるんです」

 客の目当てはゆっくりと本が読める空間だけではない。看板メニューである手作りの「はねだぷりん」もその一つ。かつて店の近くで居酒屋を経営していた人が開発したプリンで、今は安武さんがレシピを守り、毎日丁寧に手作りしている。テレビ番組などで何度も取り上げられ、テイクアウトする客も少なくない。

「プリンの主役である卵にこだわっています。一番人気は濃厚でなめらかなカスタードプリンの『大地』。昔ながらのしっかりとした食感の『大空』のほかに、季節に合わせた期間限定の味も用意しています」

 メニューを見ると、プリンだけでなく、フード類も充実。かき揚げをトッピングした「あさり飯」をはじめとした、和洋中と幅広いメニューを取り揃(そろ)えている。

「『カフェというより定食屋では?』と言われることもあります」

 と笑う安武さん。ランチをしっかり食べるもよし、テレビで見たプリン狙いでもよし、漫画に読みふけって長居するもよし。安武さんは、祖父から受け継いだこの店を大切にしたいと思っている。

「穴守稲荷ってまさに陸の孤島で、昭和が取り残されたようなところ。でも最近は、羽田空港の国際化に合わせて外国人観光客が増え、古さと新しさが同居している街になってきたような感じがします。この先どうなるかはわからないけど、本に触れられる場所として続けていきたいですね」

 人が本と触れ合える場所を守りたくて、新刊書店からブックカフェに姿を変えたこの店。いつの間にか定食メニューも増えていき、図らずもかつて祖父がやっていた食堂兼書店と重なるものになった。時代が変わっても、訪れる客をもてなす心は変わらないのだろう。

おすすめの3冊


おすすめの3冊

■おすすめの3冊
『鮫島、最後の十五日』(著/佐藤タカヒロ)
小兵(こひょう)力士の主人公・鯉太郎が、満身創痍の状態ながらも、引退覚悟で挑むひと場所を描いた物語。週刊少年チャンピオンで連載されていたが、今年7月に作者が急逝し、未完となった。「熱量の大きな作者で、回を重ねるごとに迫力が増し、惹(ひ)きつける何かがありました。まるで音が聞こえてくるかのような臨場感もあり、これはぜひおすすめしたい漫画です」

『風になった伝書猫―猫と人の魂が交差する物語』(著/田村元)
多摩川の土手にいるノラ猫・ローラと会うことを楽しみにしていた僕。ある日、3匹の赤ん坊猫が捨てられているのを見つけた。どうするべきか悩んでいるところにローラが現れた。そして、赤ん坊猫を育てようとするローラ。その姿に僕は、今は亡きかつての恋人の面影を感じはじめ……。「多摩川で野良猫と心が通じあい、魂の交流を体験したという著者の田村さんが、そのことを人に伝えたいと、印刷、裁断、製本すべて自分でこなして本を作り、多摩川沿いの書店を訪ね歩きました。うちにも来てくださり、やがて、本に感動した僕と有志が力を出し合って商業出版にこぎつけたんです。これもぜひ読んでほしい一冊です」

『戦国ベースボール』(漫画/若松浩、原作/りょくち真太、キャラクター原案/トリバタケハルノブ)
天才野球少年・山田虎太郎は、試合の帰り道で事故に遭ってしまう。目が覚めるとそこは地獄で、目の前には豊臣秀吉が! そして織田信長ひきいる野球チーム「桶狭間ファルコンズ」の助っ人として入ることに……。「作画の若松先生はまだお若く、さきほどの『鮫島、最後の十五日』の作者とは異なる、エネルギーのある作品。歴史上の人物がたくさん出てきて、武将たちの意外な組み合わせも面白いんです」
    ◇
CAFE & BAR 羽月
東京都大田区羽田4-5-1
https://www.facebook.com/hanedapurin/

写真 山本倫子

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。

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