パリの外国ごはん

パリの日本人シェフおすすめ、優しくて本場っぽい刀削麺「紅利點心」

刀削麺。麺は思っていたよりも薄かった


刀削麺。麺は思っていたよりも薄かった

友人に、パリのアジア料理を食べ歩いている日本人シェフがいる。好きが高じて今度彼は、自身の2軒目の店としてパリ19区に“Cheval d’Or”(金馬車)という名の自家製麺を供するアジアンビストロをオープンする予定だ。その彼が、刀削麺(とうしょうめん)を出すらしい店の写真をSNSに挙げていて、どうにも気になっていた。

この夏、人生初、ひとりでラーメン屋さんに入った。いまでこそひとりでレストランに行きランチをするようになったが、元来、ひとりでの食事が苦手で、私にとって麺ものは特に勇気のいるひとつだ。でも、「ラーメンも食べに行ったし、中華街もひとりデビューしてみるか」と行くことにした。かの友人に連絡すると、「牛肉とうまみ調味料のバランスのとれたスープが本場っぽい」と教えてくれた。

ガラス越しに、麺を打っている男性の姿が

どんな店かもわからないままにベルヴィルの中華街へ出向くと、店の前は工事中で歩道の縁に沿って囲いがしてあり、1ブロック分、車道が完全に封鎖されている。看板もよく見えず、見つけられるかな……と心配になったのもつかの間、すぐにわかった。ガラス越しに麺を打っている男性の姿が目に入ったからだ。写真を撮りたかったが、その姿を収められるほどに後ろに引ける幅が、その歩道にはなかった。

店内にはカップルが1組、アジアの男性ひとり客が3人いて、あとはフランス人家族がちょうど席に着いたところで、ひとつだけテーブルが空いていた。奥にあるついたての向こうにはオーナーか常連客か、店に近しい人たちが食事をしているようだ。

見事に左右で具は同じ


見事に左右で具は同じ

渡されたメニューを開くと、左に「手打麺」右に「刀削麺」と掲げてある。実に潔く、具の種類は全く同じだ。手打麺にも惹(ひ)かれた。周りのテーブルを見ると、ひとりも刀削麺を食べている人はいなくて、全員が細い麺を食べていた。さっき、店頭で伸ばしていた、あの麺だろう。気になる……と思ったが、友人のメッセージには「刀削麺の方がうまいよ。細いのより」とあった。そして「具はなんでもいい」と。今日は刀削麺にしよう、と腹を決め、具はメニューの写真にある“豚ひき肉入り”にした。野菜も食べたかったので、空芯菜の炒め物も注文。

私と時を同じくして入店し隣のテーブルに座ったフランス人3人家族は、お父さんが何度かこの店ですでに食事をしたことがあるらしい。席に着くなりここの炒め麺のおいしさをとうとうと語り始め、今日ここで食べるべきはその麺だと力説していた。そして3人とも炒め麺を頼んだ。

刀削麺再1


細麺用の麺をのばし中

麺は、注文が入るごとに打つようだ。店の若い男性が、麺を打ち始めた。カメラを携えて見に行く。生地はどんどん伸びていく。ここからどうするの? と聞きたくなるほどに長くなったところで、それを二つに切り、台に横たわらせた。

刀削麺再2
刀削麺再3
刀削麺再4

すると筒状の生地の塊が登場した。台に置き、堅さを確かめる様子で体重をかけるように軽く押しながら少しずつ回して形を整えると、左の手のひらにおさめた。右手には、スケッパー(四角くて薄いカード型の製菓・製パン道具)の端がくるんと丸まったものを持つ。おそらくいつもしているのだろうお決まりの構えを取るや、鮮やかに削り始めた。削られた破片は散らばることなく、すっすっと湯気の立つゆで場に落ちていく。スローモーションにしたなら“すこーんすこーん”というバッティングにも似た音が聞こえてきそうだ。

手打ち麺


手打ち麺

おそらく一人分(=私の分)を削り終わると、さきほど休ませておいた生地をまた伸ばし始めた。どんどん細くなっていく。飽きずに見ていたら、刀削麺のゆで加減を見に来た女性に、あなたのすでにテーブルに出てるわよ、と片言のフランス語とジェスチャーで示された。

テーブルに戻ると、空芯菜の盛られた皿があった。空芯菜はツヤツヤ。それにしゃきっとしていそうだ。おいしそうだなぁとカメラを構えたところで、刀削麺も運ばれてきた。はやる気持ちを抑え、急いで写真を撮ると、まずは麺に手を伸ばした。

端がぴろぴろしていて透明感がある


端がぴろぴろしていて透明感がある

箸で麺をすくい上げると、思っていたよりも薄くて長い。真ん中に少し厚みがあり、両端はひらひらしていて、透明感がある。“いや~ちょっと~これおいしそうじゃない! まおりちゃーん!” 心の中で呼びかけた。産休を頂いているこの連載の相方・室田さんとは、興奮の仕方もポイントも微妙に違うから、ふたりで食べていてもおのおのが勝手に興奮している。と思っていたのだが、ひとりで食べに行って“うわあ”と気持ちが高まったときに、そのつぶやきを受け止めてくれる相手がいるのといないのとでは、えらい違いだ。ひとりじゃつぶやけない。

麺は、優しい味がした。粉ものを食べていると実感する、粉のほのかな甘みがあった。麺の縁がピロピロと薄いことで、口当たりも優しい。スープもとがったところのない、穏やかな味。この店で食べるのは初めてだけれど、懐かしい気分になるものだった。

しゃきっと炒められた空芯菜


しゃきっと炒められた空芯菜

見た目に違わず、空芯菜はしゃきっとしていた。塩味もちょうどよくて、これだけでもどんどん食べ進む。ただ、ニンニクがたんまり入っていて、好きだけれどふだんあまりニンニクを食べない私は、少しよけながら空芯菜だけをつまむようにした。

これは手打ちの細麺の方も食べに来たいなぁと思いながら会計をしに行った。レジの横にはショーケースがあり総菜が並んでいる。餡(あん)も何もかかっていない鶏のから揚げが、目に入った。昔、お弁当に入っていたようなシンプルなから揚げ。パリの中華の店では珍しいのではないだろうか。あれも食べてみたい。店内を新たに見渡すと、炒め麺率が意外に高かった。次回は炒め麺にしよう。

ただいま大々的に通りが工事中です


ただいま大々的に通りが工事中です

La Tour de Belleville 紅利点心店
17, rue de la Présentation 75011 Paris
01 48 05 92 80

PROFILE

  • 川村明子

    東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食にまつわる活動を開始。現在は執筆のほか、パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けている。著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、昨年末に『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)を出版。
    日々の活動は、Instagram: @mlleakiko、朝ごはんブログ「mes petits-déjeuners」で随時更新中。

  • 室田万央里(イラスト)

    無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。
    17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。
    モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。
    イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
    野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
    Instagram @maorimurota

実は初登場、ただただシンプルにおいしいイタリア料理「Alfredo Positano」

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