東京の台所

<175>乳がん、離婚、婚約解消を経て気づいた日々のよりどころ

〈住人プロフィール〉
会社員(女性)・38歳
賃貸マンション・ワンルーム・京王線 仙川駅(調布市)
築年数11年・入居1年・ひとり暮らし

    ◇

燃え上がるふたり

 大学の仏文科に通いながら、どうしてもファッションを学びたくなり、夜は専門学校に通った。子どもの頃から洋服が大好きだった。
 卒業後はアパレルブランドに就職。数年で店を任されるようになり、朝から晩まで働いた。スタッフを育て、売り上げとして目に見える結果が出る仕事が面白く、終電近い帰宅が続いても苦にならなかった。
 ところが、36歳の6月、乳がん検診に引っかかり、精密検査を受ける。

「長年の友だちだった男性と結婚して3年目でした。精密検査が続き、仕事が忙しくて3度目の検査をのばしのばしにしていたのです。病院に“今月も行けそうにありません”と連絡すると、医師に“そりゃだめだ。すぐに来てください”といわれ、初めて深刻な状況かもしれないと気づいたのです」

 自分であらためて乳房を触ってみた。この間まではなかった硬い小石のようなしこりがある。明らかな違和感に、背筋が凍る。

 最終結果を待つ2週間のある夜。夫に「話がある」と言われた。
 乳がんか否か、不安と恐怖で夜も眠れず、気持ちが揺れ動いているさなかだった。乳がんだったら僕が支えるよという言葉をひそかに期待していた彼女に、かけられた言葉は意外なものだった。
「浮気してるよね?」

「たしかに、気になる人はいました。でも、その一言で、ああ終わりにしようと、はっきり決意ができた。病気になる前からうまくいってなかったのです。でも今思えば、私も悪かったのです。仕事に夢中で気づいたら30を過ぎていた。彼が好きというより、結婚をしたかったんだと思います」

 彼は自由人で定職を持たず、収入が少なかった。生活のほとんどは、彼女が支えていた。家財道具も彼女が買いそろえたこともあり、彼が出て行くことになった。

 36歳の8月に離婚。
 そこからの半年がまた激しい。
 乳がんを告知され、10月に手術。12日間の入院を経て1カ月、都内の実家で療養。ひとり暮らしに戻り、12月に仕事復帰を果たす。しかし、ホルモン治療が体に合わず、副作用で食欲がなく、食べても嘔吐(おうと)を繰り返した。さらに、背中の筋肉で乳房を再建したため、体に鉄の板が入っているかのように、少し曲げるだけで激痛が走る。

「なにも食べたくなくて、毎日ヨーグルトを漉(こ)したものやハーブティーで、なんとかしのぎました。立ち仕事もつらくて。乳がんから復帰した人がバリバリ働いているという記事をたくさん読んでいたので、なんで私だけうまくいかないんだろうと、自分にイライラしましたね」

 ひとり暮らしの台所に立つ気力もない彼女を支えたのが、前述の“気になる男性”だった。
「乳がんの告知を受けた頃から、つきあい始めました。その頃、彼にはおつきあいしている女性がいたけれど、お別れして、一緒に病気を乗り越えようと言ってくれた。私は心細かったので、その愛情に飛びついてしまった。ちょうど乳がんの元アナウンサーを支える歌舞伎俳優さんの報道が連日流れていた頃で、ふたりとも短い期間に、学生のようにわーっと熱くなってしまったのです。病気の私と、病気の恋人を守る俺みたいに。ちょっと酔っていたのかもしれません」

 再婚を前提に部屋を借り、一緒に住み始めたのが12月の終わりである。その生活は1カ月しかもたなかった。
 彼の母親と親族から、猛反対を受けたからである。
「毎日、お母さんから“絶対許さない!”という電話が彼にかかってくるのを横で聞いていました。責め立てられている彼がどんどん疲弊していくのがわかった。ユーモアのある陽気な人だったのに、冗談を言わなくなって、日に日に暗い表情になっていた。私たちはあまりに急ぎすぎたんですね。あのころ、術後のしんどさと、仕事の再開と、ホルモン剤の副作用と色んなことが重なって、ひとつひとつの自分の決断が正しいかどうか、ゆっくり考えられなかった。あまりにもいろいろありすぎて、その1カ月の記憶をよく思い出せないんです」

 将来を話し合うのに行き詰まったある日、長い沈黙の後「別れようか……」と彼が消え入りそうな声でつぶやいた。彼女はもっと細い声で応えた。
「いいよ」

「本当にわずかですけれど、彼はほっとした顔をした。あの表情だけは忘れられないです。お母さんとの間に挟まれても、守って欲しかったけれど、ほっとするほどに彼を疲れさせたのは私。病気でなかったら別れていなかっただろうというより、病気でなかったら付き合っていなかったのだと思います」

一人の再々出発

 一人で荷物を運び出し、豊島区から調布市に越した。実家に戻るという選択肢もあったが、「もう誰かに頼らず、自分の力で新しい生活を始めたい」と強く思った。

「病気の時、再婚しようという人が現れて、心のどこかでなにかあっても、もうお金の心配をしなくていいんだと、安心したところが正直あります。でも、私には仕事がある。保険もある。幸い、体の負担を減らすために店頭ではなく本社勤務にもしてもらえた。誰かに寄り掛かるのではなく、生活を正して、自分の体は自分で守っていかなくてはと思いました」

 乳がんになる前は一日一食。仕事後の夜にどかんと食べるので、翌日も胃がもたれていた。ビールを水のように飲み、たばこも吸う。
 人生の再々スタートを切るために選んだ小さなワンルームには、ピンク色の台所がついている。
「ああ、ほんとうに一人になったのだなあと。当初、ピンクは甘すぎるので苦手だったのですが、実際ここに立つと、元気が出るし、気持ちも華やぐので、今はとても気に入っています。ワンルームなのに3口コンロなのも魅力でした」

 酒を控え、たばこをやめた。毎日弁当を作るようになり、しっかり食べて、夜は軽めにしている。
「太ると再発率も高まるので、気をつけています。仕事は人にまかせて成り立ちますが、料理は一から全部自分でできる。効率よく何品も作るのを考えるのも楽しく、料理に集中する時間が、じつはいい精神統一になっていると気づきました」

 もともと料理は好きだった。だが、かつては思いついたときにだけ作る「自分勝手な料理」だったと振り返る。今は、「生活を整えるための基礎であり、精神統一のための大事な時間です」。

 なぜそこまで、心を穏やかにすることが必要なのか。
「がんのように原因がわからない病気を経験すると、つい過去を振り返ってしまうのです。あれが悪かったんじゃないか。これがいけなかったのではと。後ろを振り返りすぎると、今度は先のことも不安になります。また再発するのでは、これはよくないかも、と。けれどお料理をすると、“いま“に集中できて、余計なことを考えずにすむんですね。お料理が好きでよかったなと思うし、すくわれています」

 土日にまとめて、煮こみ料理をつくる。平日は炒めものやサラダやあえ物を。たった今作っている料理が、自分の体を作っている。そこに、「病気から逃げるのではなく、整っていく大きな充足感」があるという。

 接客が好きなので、本社の事務職は抵抗があった。ところが始めてみると、利益や人事の流れが見え、客と店舗スタッフ、両方の声が聞けるやりがいの大きな仕事だとわかる。

 異動直後、一度だけ上司に相談した。
「店頭に立っていたときのように、売り上げに貢献したいのですがバックオフィスで、私はお役に立てるとは思えません」
「これまで頑張ってきたんだから、貢献なんてそんなことを気にしなくていい。店頭でのキャリアを生かした君だからこそできる仕事があるはずだよ」

 売り上げを伸ばすにはどうしたらいいか、士気を高めるには……。気づいたら、現場で働く人たちの相談役になっていた。

 ひとりで再々スタートを切ったつもりでいたが、そうではなかった。
「誰かに守ってもらったんじゃなくて、自分の仕事や、自分がこれまでやってきたことに今、守られていると気づいた。それが大きな誇りになっています」

 退院後、しばらく療養した実家で、「寝間着のような格好」で散歩をしていたとき痛烈に思った。早く自分の家のクローゼットにある明るい色の服を着て歩きたい!
「明るい色を着ると、元気になります。そのときあらためてファッションのすごさ、自分がなぜアパレルをめざしたか、原点を思い出しました」

 太陽のような明るい笑顔で、仕事への情熱を語る。彼女は今日も、明るい色の服を来て料理をしているに違いない。自分を整えるために、あのピンクの台所で。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/
http://www.kurashi-no-gara.com/

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