花のない花屋

親の期待が先走った?  度々ぶつかった20歳の娘に花束を

親の期待が先走った?  度々ぶつかった20歳の娘に花束を

〈依頼人プロフィール〉
近藤晴子さん 52歳 女性
東京都在住
図書館司書

私たち夫婦にとって大事な一人娘が、今年20歳になりました。思えば20年前、予定日通りに産まれてきてくれた親孝行の娘です。

その当時は、元気に産まれてきて欲しいと思うだけだったのに、知らぬ間に親の期待が先走っていたところがあったかもしれません。中学二年生までは手のかからない子でしたが、思春期の頃から度々親子の衝突がありました。

高校受験をしなくてもいいようにと、中学受験をさせ中高一貫に入れましたが、成績が伸びず、そのまま高校へ進むかどうかさえも悩みました。言い争いになって家を飛び出したことも何度かありました。9階のマンションだったので、そのまま飛び降りたらどうしよう……とハラハラし、帰らない我が子を心配して待っていたものです。

過干渉、と言われたこともあります。今になって思えば、親が勝手に先回りしすぎたのかもしれません。娘には、 「もし違う人生があれば、あの学校には行っていなかった」と言われたこともありました。常に娘の意見は聞いていたつもりですが、結局、節目節目で親の意見を押し付けていたのかもしれません。

最近、「小5以降のピアノの発表会で着たドレスは全部私の好みじゃなかった」と言われハッとしました。一緒に洋服を買いに行くこともありますが、私が選ぶものはすべて娘の好みではないようです。親がよかれと思ってしたことでも、本人がどう思うかはまた別なのですね……。

なにはともあれ、そんな娘も20歳です。どんどん羽ばたいていく娘を信頼し、子離れしないといけないのは親の方なのかもしれません。そこで、「幸せに生きていってね」という願いを込めて、成人のお祝いの花束をつくっていただけないでしょうか。娘は、人生に彩りを加えてほしいという願いを込め「彩加」と名付けました。中高時代はミュージカル部、大学では競技ダンスに所属し、華やかそうに見える世界で地道な努力をしてがんばっています。

ちなみに私はお花が好きで、気分を変えたいときはいつもお花屋さんに行きます。それを見ていた娘は、いつの頃からか母の日にお花をくれるようになりました。最初はカーネーション1本から、徐々に花の数が増えていき、20歳の彼女の誕生日には、リビングのテーブルに私たち夫婦へ「育ててくれてありがとう」と花束がおかれていました。

そんな優しい面も持つ娘へ、彼女の好きなオレンジ色のトーンでまとめた花束を贈りたいです。

親の期待が先走った?  度々ぶつかった20歳の娘に花束を

花束を作った東さんのコメント

今年20歳になった一人娘の彩加さんとお母様へ。  母親が娘を愛する気持ち、非常によくわかります。ですので、今回は彩加さんを祝いたいという気持ちと、これまでのお母さんを肯定してあげたい。そんな二つの気持ちをもって作りました。20歳で親の気持ちを理解しているお子さんはそうそういませんし、でもそのなかで、彩加さんはとても素直な一面を持ち合わせているのではないでしょうか。  たくましく育っていく娘へ「幸せに」という親の願いを込めた花束です。  ダリアをはじめ、グロリオサ、バラ、ラナンキュラス、ガーベラ、ヒペリカム、アセボを採用し、オレンジ色のエールが届くことを願っています。

親の期待が先走った?  度々ぶつかった20歳の娘に花束を

親の期待が先走った?  度々ぶつかった20歳の娘に花束を

親の期待が先走った?  度々ぶつかった20歳の娘に花束を

親の期待が先走った?  度々ぶつかった20歳の娘に花束を

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

PROFILE

  • 宇佐美里圭

    1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

  • 椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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流産、離婚、手術、再婚……。人生を支えてくれた音楽とおばに感謝

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