パリの外国ごはん

雪が降った日は、タルト生地の包み焼き。アルゼンチン料理「La Porteña」

牛ひき肉入りとほうれん草入りを選んだランチプレート

牛ひき肉入りとほうれん草入りを選んだランチプレート

いよいよ冬の訪れを感じる空模様のパリ。今年初めての雪が降った朝、イギリスにあるようなパイ料理が食べたいなぁと、前にロンドンで食べたチキンとポロねぎが具のパイを思い出した。ふたになっているパイにナイフを差し込むと湯気が立つ。でも、パリにあるイギリス料理の店をまるで知らない。

英国スタイルのサロン・ド・テに行けばあるかもしれないけれど、残念ながら各店のメニューをチェックする時間の余裕がなかった。代わりになるような何かパイを使った温かい料理、と考えて、アルゼンチンのエンパナーダが頭に浮かんだ。お肉入りもあるし、いいじゃないか! と最近お世話になったフォトグラファーさんに教えてもらった店に、行ってみることにした。

テイクアウトをする人が大半

テイクアウトをする人が大半

店名もちゃんとした住所も聞いていなかったのだが、教えてもらったあたりを探したら、まさしく彼女が言っていた立地にエンパナーダの店があった。モンマルトルの丘、サクレクール寺院を正面に見て右手に生地屋街がある。そこを北に少し行ったところ。グレーの空の下、青いひさしが鮮やかに映え、目についた。こぢんまりとした店のショーケースをのぞくと、たくさんの種類のエンパナーダが並んでいる。

店に入ると、カウンターにもオーブンから出した状態のエンパナーダが顔をそろえていた。どれも、私がこれまでに食べたことのあるものよりも大きい。ランチタイムのピークを過ぎた店内には空いている席があったけれど、テイクアウトをする人が並んで待っていた。イートインならどうぞ、と促され奥の席に座る。

    

12時から16時までは、エンパナーダ二つにサラダと飲み物、それにデザートで14ユーロのセット価格が設定されているようだ(テイクアウトだと12ユーロ)。エンパナーダの挿絵があるメニューには9種がのっていた。そのうちのひとつ、“今日のエンパナーダ”はすでに売り切れと言われたので、レギュラー陣から選ぶことになった。

とうもろこし+モツァッラ+エメンタール、というのと、ホウレン草+モツァレラ+リコッタ+ゆで卵、というのが気になる。特にホウレン草。2種のチーズにゆで卵はどんな形状で加えられているのだろうか。

注文を取りに来た女性に、最もポピュラーなのはどれかと聞いてみると、牛ひき肉入りといちばん上にあるものを指したので、それと、ホウレン草入りを頼むことにした。デザートには、サツマイモのタルトやレモンケーキもあったが、せっかくだからやっぱりエンパナーダにしよう、とシナモン風味のリンゴ入りにした。

カウンターの中にいる男性はひっきりなしにエンパナーダをオーブンへ出し入れしている。様子を見ていたら、どうもこちらのエンパナーダは、二度焼きして仕上げるように準備しているみたいだ。テイクアウトのお客さんにも、オーブンで再度焼き上げたものを渡している。注文を受けるごとに焼いているから、待つのだなとわかった。みんな、焼きたてを持って帰る。ランチのセットではなく、エンパナーダだけを買って帰る人の方が多くて、どの人も慣れた感じで選び、リピート客のようだった。時折、スペイン語が飛び交っていた。

エンパナーダ勢ぞろい

エンパナーダ勢ぞろい

オーブンからエンパナーダが二つ並んだ天板が出てきて、お皿に盛られた。そしてそのまま私のもとへ運ばれてきた。目の前で見ると、二つのエンパナーダはぷくぷくしていた。なんだか可愛らしい。けれど、やはり大きめだ。アルゼンチンを旅したことがないからわからないけれど、家庭で作るものはこれくらいの大きさなのだろうか。だいたい高さが3センチ、幅が13~14センチ。結構ボリュームがありそうだ

ひき肉がぎっしり詰まっている

ひき肉がぎっしり詰まっている

先にナイフを入れたのは、牛ひき肉の方だった。食べてみると、意外にもさっぱりだ。切ったそばから、肉汁やソースが出てくるわけではなく、お肉自体に脂身も見当たらない。トマトも入っているけれど、赤ピーマンの方が効いていて、スパイスの役割も果たしているみたいだ。他に玉ねぎ、ゆで卵、ジャガイモが具として書いてあるものの、控えめで、つなぎの要素がない印象。本当にとてもさっぱりしている。

ほうれん草はチーズ入りなのにさっぱり

ほうれん草はチーズ入りなのにさっぱり

当初の心配はどこへやら、難なく食べ終えて、次はホウレン草入り。驚いたことにこれもすごくあっさりしていた。チーズの割合はそれほどなくて、逆にチーズがなければボソボソになるのではないかと思うほどに、ホウレン草がびっちり詰まっている。この連載で、ウズベキスタンやらチベットやら中国やら、結構バラエティーに富んだ詰め物を食べているけれど、こんなにも純粋に野菜がぎゅっと詰められたものはこれまでなかったのではないかなぁ。それに、この店は生地が軽い。おかげでとても食べやすい。

せっかくだからデザートもエンパナーダを

せっかくだからデザートもエンパナーダを

三つも食べられるのかしら?と思っていたけれど、これは三つが妥当だわ、とこの時点で感じていた。デザートのエンパナーダもまた、ぷっくらした姿で登場した。中にはリンゴのピュレがたっぷり。こういった味はどうしたって懐かしい気分になる。 デザートまで全部、カウンターの中でずっとエンパナーダを焼き続けていたアルゼンチン人の彼が、作っているらしい。

エンパナーダの生地はパイ生地だと思っていたけれど、違うんですね!と聞くと、ブリゼ生地(タルトなどに使う)だという。それを植物性オイルで作っているのだそうだ。軽く感じたのなら、それが理由じゃないかな、と。そうかもしれない。でも、生地だけではない、するすると胃に収まる食べやすさで、すべてがものすごく真っ当な味だった。

メニューの中に気になっていたものが二つあった。ひとつは、牛ひき肉と黒・緑オリーブ、レーズン、赤ピーマン、イチジクジャム入り。もうひとつは、鶏肉、ポロ葱、玉ねぎ、トマト入り。明日のお昼に食べるのでも、オーブンで焼き直せばおいしいですか? と聞くと、今夜食べる方がいいけれど……とあまり勧めたくなさそうだったが、でも問題ないですよ、と言った。それでテイクアウトすることにした。200~220度で4~5分焼いてね、と言いながら、焼き直さずにそのまま袋に入れてくれた。

青い庇(ひさし)が目印

青い庇(ひさし)が目印

……翌日のお昼に、持ち帰った2つをオーブンで焼きなおして食べた。面白い組み合わせだ、と思っていた牛ひき肉に赤ピーマン、オリーヴ、レーズンが入ったものは、意外にもなじみのある味。チキンとポロネギ、トマト入りも同じく。どこで食べたことがあるって、外国のエアラインに乗ると、機内食でこういう味が出てくる。

それで、というのもナンだが、好印象を持っていなかったこれらの味の組み合わせ、もともとはおいしいものなんだなぁとしみじみした。お肉に赤ピーマンの風味が効いていると、途端に外国の味として感じるのも、旅しているような気分になって、まだ見ぬ南米大陸にやっぱり行ってみたいと思った。

La Porteña ラ・ポルテーニャ
3, rue Muller 75018 Paris
01 77 60 14 51
12時~22時(土日 ~24時)
無休

PROFILE

  • 川村明子

    東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食にまつわる活動を開始。現在は執筆のほか、パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けている。著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、昨年末に『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)を出版。
    日々の活動は、Instagram: @mlleakiko、朝ごはんブログ「mes petits-déjeuners」で随時更新中。

  • 室田万央里(イラスト)

    無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。
    17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。
    モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。
    イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
    野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
    Instagram @maorimurota

12月27日に新刊が出ました。初のエッセイです。便利と少し距離を置いたパリの暮らしを食の観点から書きました。

『日曜日はプーレ・ロティ -ちょっと不便で豊かなフランスの食暮らし-』(cccメディアハウス)

ちらのページに、目次や「はじめに」の章が掲載されています。ぜひご覧ください!

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