東京ではたらく

器作家:田中優佳子さん(43歳)

職業:陶芸家
勤務地:全国
仕事歴:1年目
勤務時間:不規則
休日:不規則

この仕事の面白いところ:焼き上がりを見たとき、想像以上のものができあがっている驚きと喜びがあること
この仕事の大変なところ:まだ駆け出しの作家なので、先が見えないところ。それが面白かったりもするのですが(笑)

陶芸作品を作って個展を開いたり、販売したりしています。作家として本格的に活動を始めてまだ1年足らずなので、「陶芸家」と名乗るのは少しおこがましい気もするのですが、駆け出しながら懸命に作品作りをしています。

陶芸を習い始めたのは12年ほど前でした。家の近所に教室があったので、趣味のひとつとしてなんとなく通い始めたのがきっかけです。当時は東京のアパレルブランドで忙しく働いていて、休日に無心にろくろを回すのはいい気分転換になりました。

出身は京都の嵐山です。母がパタンナーをしていて、物心つく前から服作りに興味を持っていました。母は自宅で仕事をしていたのでその姿をよく見ていましたし、余った端切れでバービー人形の服を作ったりしていたのを覚えています。

家にはファッションのコレクション雑誌などもたくさんあって、将来の進路として服飾関係を選んだのは自然の流れだったと思います。

高校卒業後は京都の服飾系短大へ進学。母と同じパタンナーの道を志しました。ところが実際に学んでみると、パタンナーの仕事は思いのほか職人気質なもので。

器作家:田中優佳子さん(43歳)

自宅には自作の器が並ぶ。「料理が好きで、最初は料理に合わせて器を作っていました。今はその逆もあります」

自分の性格上、外に出てコミュニケーションをとる仕事の方が向いているなと思い、卒業後は販売員としてアパレルブランドに就職。その後、バイヤーとして働くようになりました。

バイヤーの仕事はとても楽しくて、国内はもとより、パリやミラノ、ニューヨークなど海外に買い付けに行ったりと、充実した社会人生活を送っていました。

その後、何社か会社を移り、ファッション業界で経験を積みました。29歳の頃には、ファッション業界でさらにキャリアを積もうと別のブランドに移り、店舗管理なども任せてもらえるように。

バイヤーとは全く違った職種ではありますが、どう売り上げを伸ばすかなど、店舗スタッフと一緒に戦略を考えたりする仕事は、自分の努力や工夫が数字という結果で見られるという点でとてもやりがいがありました。

そんな感じで、34歳まではファッション業界でさまざまなブランドや仕事を経験させていただきました。でも業界で15年近く経験を積んだ頃、自分の中にファッションに対するひとつの疑問が生まれていることに気がつきました。それは、シーズンごとにものすごいスピードで消費されていくファッションの在り方について。

器作家:田中優佳子さん(43歳)

自宅の作業部屋で、ほぼ毎日土をこねる。「かなりの力仕事なので腰にきます(笑)」

もちろん私も服が大好きでしたから、新しい服を着たいし買いたいです。でも、好きな服を長く愛着を持って着るというのが、本来自分が好きな姿勢でした。さらに、素材の調達の仕方や服の生産に関わる人々の労働環境を考慮し、自然や人に優しい服作りをしよう、少々値が張っても、そうやって適正に作られたファッションを支持しようという「エシカル・ファッション」のムーブメントも海外ではどんどん大きくなりつつあった頃でした。

自分も一歩前へ進めないだろうか。そう思ったとき、なんとなく見ていた転職サイトで、北欧のアウトドアウェアブランドのPRの求人を見つけたんです。

日本ではこれから新たに始まるブランドということでとてもワクワクしましたし、アウトドアウェアというのはファッションでありつつも、機能性も重視される実用的な服。デザインだけで毎年買い替えるようなものではありませんから、長く人生の相棒になってくれる存在だと思いました。

正直スポーツはあまりしてこなかったのですが、かろうじて子供の頃からスキーだけはやっていたことも応募する後押しになりました。

入社してしばらくすると、「山ガール」ブームが到来。アウトドアブランドに大きな注目が集まった時期で、デザインもカッティングも、それまで国内ブランドにはなかった印象のウェアをPRしていくのはすごく手応えがありましたし、充実していました。

器作家:田中優佳子さん(43歳)

自宅は神奈川県の海沿いの街。「会社員時代の前半は世田谷に住んでいましたが、こっちは時間の流れが全然違いますね。早寝早起きが自然にできるようになりました」

仕事柄、登山やスキー、スノーボードが好きな人たちが周囲に多く、それまでのファッション業界では知り合えなかった人たちと出会えたことも大きな財産になりました。入社してしばらくすると雪が降るのがだんだん楽しみになり、冬になると暇を見つけては雪山に通うようになっていました。

大きな転機となったのは42歳の頃。事情があって、立ち上げから携わってきたブランドから他ブランドに移らざるを得なくなってしまったんです。我が子のように大切に育ててきたブランドですから、それはもうショックでした。

会社に残って別の部署で仕事をすることもできましたが、よくよく考えた末にいったん退社して身の振り方を考えることにしました。思えば入社して8年近く、毎日終電近くまで仕事をし、無我夢中で走ってきました。気づけば体も相当疲れていて、ここは一度休んでまた新しい目標を見つければいいし、趣味でやっていた陶芸を少し本格的にやるいいチャンスかもしれないと、比較的前向きに退職を決めました。

そんなとき、大きな転機が訪れます。有給休暇中に滑り込みで受けた健康診断で、右胸に乳がんが見つかったのです。

がんになってわかった、新しい器の魅力

器作家:田中優佳子さん(43歳)

長い時は1日に10時間ほどろくろを回すこともある。「体調や気持ちが整っていないと、器の出来にてきめんに出ます。そういう意味では器作りは健康のバロメーターみたいなものですね」

青天の霹靂(へきれき)の乳がん発覚。不規則な生活ながらも、食生活など健康には人一倍気を使っていた自負があったので、「なんで私が?」と最初は信じられませんでした。

幸いにも早期発見で、手術をすれば取り切れるとのことでしたが、それでも乳房の切除は避けられません。全摘するか部分切除にするか。気持ちの整理が追いつく間もなく決断を迫られました。

勇気をくれたのは母でした。じつは母も乳がんを経験して、乳房を部分切除しています。その姿を自分に重ねると、母には悪いと思いつつも、「嫌だ!」と思いました。いつかは結婚だってしたいのに……。考えれば考えるほど絶望感だけが深まって、毎日泣いていました。

そんな私に母が放った言葉は「片乳ないから付き合えませんなんていう男は結婚したってどうせうまくいかへん。そういう男をふるいにかけられんやからいいやん」

さすが関西人のコメントと思わず笑ってしまいましたが、おかげで心がすっと軽くなり、部分切除で手術を受ける覚悟が決まりました。術後は1カ月ほど毎日放射線治療に通い、体力的にも精神的にも辛い日々が続きましたが、幸い今も再発せず、次第に無理なく日常生活を送れるようになっています。

器作家:田中優佳子さん(43歳)

タタラ作りの器に金彩をあしらったシリーズは田中さんの代表作。「簡単な料理でも上品に見えるので、<おめかしシリーズ>と呼んでいます」

がんになってよかった、とはさすがにまだ言えませんが、ひとつ、その後の仕事に大きく関わる発見がありました。

闘病中、仕事もないので器を作る時間がぐっと増えたのですが、放射線治療の副作用で体がだるく、ろくろを回すのも一苦労という時期がありました。そこで、ろくろを回さず、粘土を手で伸ばして整形する「タタラ作り」という技法で器を作っていたんです。

私にとって陶芸のだいご味はやっぱりろくろを回すことなので、病気になる前まではあまり好きな技法ではなかったのですが、作ってみると、ろくろで作るのとはまた違った個性のある器ができることに気づきました。

バイヤー時代の先輩に見せるととても気に入ってくれて、アパレルのセレクトショップで取り扱いたいと言ってくれたり、SNSを見て直接注文をしてくださる方も少しずつですが増えてきました。

作る器の種類も病気を経験する前と後では随分変わりました。私は自他ともに認めるお酒好きだったので(笑)、家で作る料理もほとんどがお酒のアテ。作る器も自然とおつまみ用の小鉢や小皿だったのですが、術後にお酒を控えるようになってからは、茶わんやワンプレートで料理を盛れる大皿なども増えました。

器作家:田中優佳子さん(43歳)

ろくろを使った整形は繊細な作業。「陶芸を習い始めたときは全然上手にできなくて(笑)。今では一番好きな工程です」

さまざまな方面から自分が作った器に反響をもらえることは本当に励みになりましたし、「次はこういうものを作ってみよう!」というアイデアがどんどん湧いてくるようになりました。

気づけば毎日土と向かうようになっていて、次第に「再就職せずに、陶芸一本でやっていけないだろうか。いや、やっていきたい!」と強く思うようになっていました。

それからは自宅に設置した陶芸用の作業部屋で本格的に器づくりをスタートさせました。でも、私は陶芸家の知り合いもいませんし、師匠に弟子入りしていたわけでもありませんので、いわゆる陶芸業界のツテなどは全くありません。陶芸一本で食べていくと決めたはいいものの、どうやって自分の器を売っていけばいいのか皆目見当がつきません。

自分も器が好きで、地方の窯に器を見に行ったりすることもあったのですが、多くの作家さんは立派な窯を構えて、併設のギャラリーで作品を展示したり販売したりしています。

「こんな都会のマンションの一室で細々と作品を作っていて、本当に大丈夫なのだろうか?」。勢いよくスタートしたものの、いきなり壁にぶちあたってしまいました。

器作家:田中優佳子さん(43歳)

登山で使う携帯用のカップ「シエラカップ」にヒントを得て試作中の新作。前職の経験がここにも生きている。「家でもアウトドア気分を味わって欲しくて」

モヤモヤと悩んでいた時、突破口をくれたのはアウトドア業界の仲間でした。ときどき器を買ってくれていた友人がある時、「優佳子ちゃんの器はアパレルやライフスタイルショップにすごくよく合うね」と言ってくれて。

器というとどうしても器専門店やギャラリーで買うというイメージが強いですが、器にそこまで知識がない人でも、洋服を買いにきたついでに気軽に器を手にとって、もしそこで気に入ったものを見つけられたらすごくいいなと思ったんです。

私の作る器は、いわゆる巨匠が作る作品のような重みというか、それだけで強烈な存在感を醸すようなものはまだないかもしれません。でもおしゃれを楽しむ感覚で、自分のライフスタイルや趣味に合わせて気軽に楽しんでもらえるような軽やかさや遊び心はあるんじゃないか。

そんな風に考えたら、今度は逆に、お店が扱うファッションの雰囲気に合わせて器を作るという作業ががぜん楽しくなってきて、アパレルブランドやセレクトショップの方々と一緒にイメージを膨らませて作品を作ることも増えてきました。

今、代表作として作っている<serie Habiller>は日本語で「おめかし」という意味で、タタラ作りの白い器の縁に金彩をあしらったシリーズなのですが、金彩をカチッとつけずに、あえてゆるく、ある程度の揺らぎが出るように施しています。

器作家:田中優佳子さん(43歳)

◎仕事の必需品
「腰を曲げて粘土を曲げたり、1日何時間もろくろを回したりするので、腰痛はつきもの。時間があればストレッチやヨガをしています」

全体的には肩の力が抜けているのですが、上品な金彩がある分少しおめかししたような雰囲気があって、ファッションに例えるなら、古着のジーンズを着ているけど、アクセサリーにはダイヤモンドやパールをつけているような感じ。大人の女性のこなれた着こなしというのでしょうか、そういうファッションが好きな方に使ってもらえたらと思って作っています。

まさか前職の経験が器作りに生かされるなんて想像だにしませんでしたが、やっぱり自分はファッションが好きだし、表現を落とし込む形自体は変わっても、その世界を愛する人たちと一緒に何かを生み出していきたいんだと、今、改めて感じています。

今後の目標はまだかっちりとは決めていません。ファッションと器が偶然つながったように、今後もまた、意外な組み合わせというか、巡り合わせがあるかもしれません。将来のことを考えると不安もたくさんありますが、私にとってはその不安より「何か面白いことが起こりそう」というワクワクの方が今は大きくて。

いつも少しの余白を自分の中に持って、何かが起こりそうだなと思った時はすぐに動ける身軽な自分でいたいなと思っています。

陶芸家だから地方に移住、ということをぼんやり考えたことはなくもないですが、今はやっぱり東京をベースにしたいですね。さまざまな分野の人と日々出会い、一緒にイメージを膨らませることが私の創作の源であり、絶対に欠かせない大切なことだと気づいたから。

欲を言うなら、こんな風に、ほかのカルチャーと刺激しあって進化していく器の世界があってもいい、面白いじゃない!と言ってもらえるような陶芸をこれからもやっていきたいなと思っています。

■ucacoceramics.com

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。

骨盤ケアセラピスト:三浦沙矢香さん(34歳)

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ファイナンシャルプランナー:武田明日香さん(35歳)

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