パリの外国ごはん

普通のカフェなのに驚きのフォーが!「Le Rousseau」

普通のカフェなのに驚きのフォーが!「Le Rousseau」

フォー。毎朝6時半から仕込む牛骨だしのスープ

3年前のちょうど今の季節だったと思う。ある友人が面白い店がある、と教えてくれた。「ふつうのタバ(tabac=たばこを売っているカフェ)なんだけど、表に、phoって書かれた看板が出てるんだよ」。それは気になる。店を切り盛りしているのはアジア人のご夫婦らしい。後日言われた場所を通ってみると、本当に、どう見てもふつうのカフェなのに、唐突とも思える、白地に青い太文字でPHO、BO-BUNと書かれた看板が立てかけてあった。

実はそれから、食べるには至らなくとも、結構何度も前を通って様子をうかがっていた。たまたまランチを終えて出てきた女性客2人が、「すごく感じよかったね」「ここはまた来ようね」とうれしそうに言っているのを耳にしたこともあって、かなり気になっていたのだ。

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リニューアルされた看板

数カ月ぶりで店の前まで行くと、看板が変わっていた。薄い紫になっている。おまけに、パッタイとタイカレーも書かれ、窓にはベトナム料理+タイ料理と書かれたメニューが貼られていた。もしやオーナーが変わった? と思いながら店に入ってみると、窓越しに幾度か姿を見たことのあるマダムがカウンターの中にいた。

長いカウンターには、地元客らしい数人がいて、奥にテーブル席があった。店の外観、そしてカウンターを見ても全く想像していなかったが、食事をしているのはすべて女性客だ。

小柄でにこやかな男性が、「ここにしますか?」と空いている席を勧めてくれた。この店のお父さんのようだ。色付きメガネに、紺色のシャツとズボンで、腰に赤白チェックのふきんをかけ、動きがとてもきびきびとしている。彼を10秒も目で追いかけていたら、すごくきれい好きなんだな、と大抵の人は思うだろう。

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フォーの他にも気になるものがいくつも……

フォーに決めていたけれど、前菜も食べようかと思い、メニューを広げた。初めてだし、揚げ春巻き、生春巻き、それにベトナム風ラビオリという定番料理の中からどれかにしようと迷っていると、働き者のお父さんが「決まりました?」とやって来た。

「メインにはフォーを頂きたいです。でも前菜をこの三つで、迷っていて……。ネム(揚げ春巻き)は自家製ですか?」と聞いたら「ネムも、生春巻きもラビオリも、全部ここで作ってますよ!」と誇らしげに言う。まぁ! それを聞いたら余計に迷ってしまう……と思っていたら、「ラビオリはどうですか?」と言ってきたので「そうします」とお願いした。

カウンターでは、ボブンをテイクアウトするらしい女性が、出来上がりを待ちながら、常連客の話し相手になっていた。その様子を眺めていると、ラビオリが出てきた。

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丸みある形がいかにも手づくり

この蒸した生地が好きでよく頼むけれど、こんなふうに丸みを帯びた形のものは初めてだ。食べてみると、生地が厚めで、いかにも手づくりであることを感じる。中に入った豚ひき肉には少し味付けがしてあるようだ。格別に、ほかとは全然違う!と驚くような味の差はないけれど、ちょっと分厚い生地の食感が、主張してはいないのになじみあるものとは少し違って、子どもの頃にお友達の家でギョウザを食べたときのような気持ちになった。

もう少しで食べ終わる、くらいのところで、お母さんがフォーを運んできた。お父さんはきびきび動いて、お母さんはテキパキ働く。フォーをテーブルに置くと、調味料類とスプーンを取りに行き、持ってきてくれた。

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白コショウがたっぷりかかっている

なんだか日本のベトナム料理店のようなきれいにまとまった盛り付けだ。こんなフォーがパリにあるのだなぁと思いながらスープをまず飲んでみると、しっかり牛だしの味がする。スープには濁りがなく、澄んでいて、白コショウがたっぷりと振られていた。やはりこれも、主張のある味ではない。だけれど、骨太さとやさしさが同居している。なにも考えず、安心してするする食べられる、違和感のないおいしさがあった。

食べ終わると、お母さんに「どお? おいしかった?」と聞かれた。「おいしかった。これ、牛骨でスープとってるのですか?」と逆に質問すると、「そう。毎朝私は6時半に来て店を開けるから、そこから私が仕込むのよ」と言うので、「何時間煮込むのですか?」とまた聞くと、「4時間。じゃなきゃこの味は出ない」きっぱりと言われた。「4時間? 毎朝?」と驚いたら、「その日じゃないとダメなのよ。前の日にとってはダメ。全然違うスープになる」。澄んだスープは、お母さんの毎朝の仕事によるものだったのだ。

この店は4年前にはじめて、最初の1年はテレビをつけ競馬中継を流すスタイルで営業していたらしい。でも1年でそれは止め、3年前から料理を出すようになったそうだ。テレビは壁にかかったままだけれど、消してある。

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ミルクシェークにはアボカド風味も

もう一度メニューをもらいデザートを見ると、ミルクシェークがあった。中身がすごい。ドリアンにジャックフルーツ、そしてアボカド……これはまたの機会にして、カフェだけ注文した。

すっかり静かになった店内で、厨房(ちゅうぼう)からはお母さんと料理人の女性が話しながら洗い物や何か料理をしている音が聞こえてくる。お父さんは、入り口に近いタバコ売り場のカウンター内に腰掛け、新聞を広げていた。パリでも1区というど真ん中にいるのに、旅先にでもいる気分になって、日記帳を広げた。

普通のカフェなのに驚きのフォーが!「Le Rousseau」

一見ふつうのカフェ

実は後日談があり……

すっかり気に入ったル・ルソー。フォーを食べた1週間後に、今度はボブンを食べようと行ってみると、店のシャッターが閉まっていた。パリ市から出されたことが分かる紙が貼られている。そこには、火事があったと書かれていた。

隣近所の店の店員さんたちが休憩中なのかちょうどル・ルソーの前でタバコを吸っていたので、いつ火事があったのか聞いてみると「この前の土曜だよ」と言う。なんと、私の訪れた翌日だ。

再開は1カ月後らしい。少し余裕を持って見ても、2月には復帰しているだろうか。その頃にまた行きたいと思う。

Le Rousseau ル・ルソー
72, rue Jean-Jacques Rousseau 75001 Paris
01 48 06 75 85
11時~21時(日 ~15時)
無休

PROFILE

  • 川村明子

    東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食にまつわる活動を開始。現在は執筆のほか、パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けている。著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、昨年末に『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)を出版。
    noteで定期講読マガジン「パリの風と鐘の音と。」始めました!

  • 室田万央里

    無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。
    17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。
    モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。
    イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
    野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
    Instagram @maorimurota

12月27日に新刊が出ました。初のエッセイです。便利と少し距離を置いたパリの暮らしを食の観点から書きました。

『日曜日はプーレ・ロティ -ちょっと不便で豊かなフランスの食暮らし-』(cccメディアハウス)

ちらのページに、目次や「はじめに」の章が掲載されています。ぜひご覧ください!

雪が降った日は、タルト生地の包み焼き。アルゼンチン料理「La Porteña」

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スパイスって、罪なやつだな。スリランカ料理「Kanna Tanna」

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