東京の台所

<177>違和感と闘う人

〈住人プロフィール〉
会社員(女性)・39歳
分譲マンション・1LDK・JR山手線 大崎駅(品川区)
築年数12年・入居9年・夫(会社員・51歳)、長女(7歳)と3人暮らし

    ◇

母乳を与えているときに水素爆発が

 故郷の福島県郡山市で里帰り出産をし、生後1カ月の娘をソファに寝かせた横で、産休前に担当した仕事の件で上司と電話をしていた。カタカタと揺れだしたが、「揺れてますねえ」とのんきに会話を続けた。と、どんどん揺れが強まり、リビングの照明が大きくグラングラン暴れるのを見て、とっさに娘を抱え裸足で家の外に飛び出した。
 揺れが収まった4時間後、母乳を与えながらテレビを見ていると、原子力緊急事態宣言発令を官房長官が発表した。
「その翌日、水素爆発がありました。情報が錯綜(さくそう)する中、夫をはじめ在京の友人たちも“とにかく福島にいるな”と言う。父も母も、同居の兄家族も皆“子どものことを思ったら、東京に戻れ”と。兄にも娘と同じ0歳と3歳の子どもがいます。あのときは、とてもひとことでは言い表せない家族それぞれの葛藤と複雑な思いが交錯していました」

 建設業を営んでいる父と兄は、実家に残ると言った。
「家が壊っちゃ(壊れた)人がいんだから、放射能がどうだとか言ってらんねべ。俺たちがやんねっきゃ、誰がやんだ」
 妻子を新潟に避難させ、家の修復に朝から晩まで奔走した父と兄、家を守る母の姿に後ろ髪を引かれる思いで、1時間20分の復路を、タクシーと新幹線を乗り継ぎ3時間かけて東京に戻った。

 ところがまもなく、自分自身の生活に大きな違和感を抱くようになる。
「福島はあんなに家族も町もなにもかもめちゃくちゃになっているのに、東京に戻ったらうそみたいに超平和で。私も育児休暇中でのんびり日々をすごしている。その瞬間にも、父と子が別れて暮らし、互いに寂しさをこらえ、子どもは子どもで慣れぬ地で疲弊しているかもしれないのに……」

 今思えば「震災ハイ」になっていたかもしれないと振り返る。彼女は、福島の復興を担う人材育成をメインとした新規事業に加わるため、会社を辞めた。
 東京で働く会社員の夫と、1歳の娘を抱えながら、福島と東京を月に何度も往復する生活が始まった。
 それから6年。彼女はおそらく自分の想像以上に今、疲弊している──。

育児と自分と仕事のはざまで

 取材で、つやつやとした栗の渋皮煮を出された。数度ゆでこぼしてアクを抜くそれは、大変な手間と時間のかかるおやつだ。
「朝4時までかかってしまいました。たまたま大きな栗をいただいたので。うちの子、いも・栗・かぼちゃが大好きなんです。あ、かぼちゃプリンもあります。召し上がりますか?」

 冷蔵庫に冷やしてあった手作りプリンは、かぼちゃを裏ごしし、砂糖、卵、牛乳を加えて蒸し焼きしたものだ。口に含むと、クリーミーでまろやか、市販品にはない上品な甘みで、いくらでも食べられそうなほどおいしかった。

 これだけ手作りをして、多いときは月に10回余り出張をこなし、フルタイムで働いていたら、それは疲れることもあろう。
「料理やおやつはやりたくてやっているのですが、どこか“これだけやっているんだからいいよね?”という自己肯定感が欲しいのかもしれません。普通のお母さんのようにたっぷり子どもと向き合う時間がないので、罪滅ぼしのような……」

 それは悪いことではない。学校から帰宅し、おいしそうに栗をほおばる7歳の長女を見ると、母の気持ちは十分伝わっているように見えるが。

「三つ子の魂百までって言うけれど、私は家をあけることも多く、小さな頃からいろいろしてあげられませんでした。だから、せめているときくらいはと、強迫観念のように、あれもしなきゃこれもしなきゃと焦ってしまうのです」

 彼女くらいの年齢の母親は、“丁寧に暮らす”という生活信条がとりわけ重要視され、それが強調された情報の中で子育てをしてきた世代である。例えば料理なら、安全で旬の食材を使い、添加物は控えめに、できるだけ手作りがいいとされる。
 そのとおりだが、1歳の子を抱え、創業間もない会社で仕事に打ち込み、出張も多い女性はなかなか思うようにはできるものでもない。

「だしはかつお節でとらなくちゃ、おやつはできるだけ大学芋や栗の甘露煮みたいな手作りにしなくちゃと。でも、そんなことでは全然娘の求めている時間に応えてあげてないなって思うんです。SNSをみると、丁寧な暮らしをして、子どもと向き合う時間最高なんて書いている人がいっぱいいて。心がざわざわするし、正直イラッとしちゃうときもあります」

 もともとの気質にくわえ、彼女の意思を尊重したい気持ちもあって意見や主張をしたがらない夫には、「ひとりで壁打ちをしている気持ち」に陥るので、いつしか相談をしなくなった。

 疲れていてレトルトを出す日も、大根を切って加えるなど必ずひと手間加える。
 そして今、ときどき「お母さん」を卒業したくなる日さえあるという。

 私もいつか来た道だ。
 自分には自分仕様の特殊な時間軸しかなく、結局、人と同じようにも、雑誌に出ている丁寧な暮らしもまねできない。頑張るのをやめて、たとえカップラーメンでも、笑いながらみんなで食べればけっこうシアワセだなんて気づく頃には、子どもは大学生になっていたりする。

 誰もが新米母で始まるが、今の彼女にはそこにある幸福を数える時間があまりに足りない。そして、こんな言い方は妙だが、いい加減さも足りない。
 ないものより、あるものを数えて、もう少しだけ肩の力が抜けたらどんなに楽だろう。いい加減にできない人にはそれが一番難しいのかもしれないが。

 故郷を思って職を変えたくらい真っすぐな人だからこそ、悩むのだろう。家族を思って自分を責める、そのまっすぐの透明で不安定な心が気になった。

「私の記事、いったいどんなタイトルになるんでしょうか」
 笑いながらも半分不安げな表情で、彼女に聞かれた。
 情報や記事に、必ず答えがなくてもいい。誰もがまだ旅の途中なのだから。
 でももし、この取材に答えがあるとしたら、あなたは精いっぱい生きている、限られた時間でも、この台所で家族が喜ぶおいしいものを一生懸命作り続けている。だからあなたはあなたのままでいいし、何だったらもっといい加減になってもいいと、夫に言ってもらうことだと思っている。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/

取材協力者募集

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