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<104>漱石記念館で文豪ゆかりのスイーツを

日本を代表する文豪・夏目漱石が、教職を辞して東京朝日新聞に専属作家として入社したのは明治40(1907)年。この年から大正5(1916)年に亡くなるまで彼が暮らした家が、新宿区早稲田にある。生家にほど近い住宅街の一角で、「漱石山房」と称された。和洋折衷の平屋建てで、モダンなベランダ式回廊があり、庭には大きな芭蕉の木が植えられていたというから、さぞ目を引いたことだろう。

漱石はここで『三四郎』『こゝろ』『それから』などの名作を執筆した。本人は生涯借家暮らしだったが、没後に遺族がこの家を買い取った。関東大震災には耐えたものの、昭和20(1945)年5月の東京大空襲で早稲田一帯も甚大な被害を受けて焼失。土地は戦後に東京都が譲り受け、その後新宿区に移管。長く都営住宅が建っていたが、漱石生誕150周年となる2017年9月、同区がこの地に漱石初の本格的記念館「漱石山房記念館」をオープンさせた。

建物の外観はモダンなガラス張り。向かって右側にある、「漱石山房」を再現した展示室のベランダ式回廊も外から見ることができる。一方の左側にあるのが「CAFE SOSEKI」。ガラスに面したカウンター席には、自然光がさんさんと降り注ぐ。白を基調とした空間は見るからに居心地が良さそうだ。

「実は太陽の高さが低くなる冬の方がここに光が入ってくるので、冬でも上着いらずで暖かいんですよ」

そう話すのは、この店を運営するMONI合同会社の早川裕樹さん(40)。早川さんには、漱石と縁(ゆかり)のある友人がいた。漱石門下生の一人だった広島の実業家・加計正文氏を曽祖父に持つ男性だ。

男性がせっかく漱石と縁があるのだから、それを生かして2人で何かできないかと考えていた。そんな時、「漱石山房記念館」のオープンとカフェ事業者募集を知り、名乗りをあげてカフェ運営に関わることになったという。

「漱石は晩年、この家で『木曜会』を開いていました。多くの人たちが漱石宅をひっきりなしに訪れ、仕事どころではなかった状態だったそうです。そこで、門下生の一人で、加計正文とも大親友だった鈴木三重吉が漱石との面会日を木曜に定め、こういう名称になったそうです。なので、ここも漱石の足跡や人となりに触れられる“文学サロン”的な空間にしたいと思いました」

正面玄関を挟んで右側には本棚があり、ここには「CAFE SOSEKI」と漱石山房記念館が所蔵する約120冊の本がある。左側の二つの棚が「CAFE SOSEKI」所蔵の本で、背表紙にある黒猫のシールが目印。漱石が門下生の加計に送った「推薦書リスト」(加計が書き写したもの)が広島に現存しており、そこに出てくる約20冊の英語の原書や和訳本を揃(そろ)えている。

「悲劇と恋愛が多くて、夏目先生の意外なお人柄が垣間見えるようで面白いですよね」

ここで興味のある一冊を選んだら、フードとドリンクを注文したい。メニューに目を向けると、どれも漱石へのこだわりに満ちたものが揃っているのだ。

わかりやすいものからいけば、銀座の老舗和菓子店「空也」のセットメニュー。『吾輩は猫である』に、「空也餅」が出てくることにちなんだ。ちなみに空也餅は11月と1~2月にしか作られていない貴重なもの。通年では「空也もなか」を提供。こちらも予約なしではなかなか買えない人気の和菓子だが、ここに来ればいつでも味わうことができる。

他には「柿アイスクリーム」、広島・長崎堂の「バターケーキ」、瀬戸内レモンと香川・三谷製糖の讃岐和三盆で作った「レモンサイダー」などがある。一見、漱石と関係なさそうではあるが――。

「ただ単に漱石にちなんだものを出すのではなく、弊社にしかできないものを提供したいという思いがあり、『柿アイスクリーム』はその代表的なものです。弊社は漱石が残した書簡を所蔵しているのですが、そこで漱石が加計正文に『今年の柿はまだか?』と、所望する一文があるのにちなみ、漱石が好きだったという祇園坊柿を使ったジェラートをこの店で採用しました」

実は漱石は広島とも縁があるという。妻の鏡子は福山藩士の家系で広島生まれ(諸説あり)。門下生の加計や鈴木三重吉も広島出身で、漱石自身も二度広島に足を運んだ記録が残っている。そこで広島の名店・長崎堂や瀬戸内レモンを使ったメニューを考案したというわけだ。

「私自身、このカフェ運営を通して夏目先生のことを調べていくうちに人間臭い一面を知ったり、お客さまに教えられたりと、どんどん夏目先生への興味や理解が深まっていくような感じがしています」

抹茶を出す時に使う萩焼の茶わんや、広島県の木材を使ったトレーなど、早川さんのこだわりぶりはメニュー以外のさまざまなところに宿っている。

「空也もなかにしようかな、でも柿好きだった漱石にちなんだ柿アイスクリームも捨てがたい……」と、カウンターの前で悩むこと間違いなし。そして、別のメニュー食べたさに、また足を運んでみたくなるだろう。

<104>漱石記念館で文豪ゆかりのスイーツを

おすすめの3冊

 

■おすすめの3冊

『硝子戸の中』(著/夏目漱石)
自分について語ることが少なかった漱石が「自分以外にあまり関係のないつまらぬ事を書く」とことわって記した随筆集。「この本の書き出しは、まさに漱石山房から始まるんです。本人の生活感が垣間見え、夏目先生をより身近に感じられるのではないでしょうか」

『少年キム』(著/ラドヤード・キプリング、訳/三辺律子)
ノーベル文学賞受賞者キプリングの名作。19世紀英領インドで生まれ育った、イギリス人の孤児キムの数奇な運命を描く。「これは夏目先生が門下生に送った『推薦書リスト』の1冊。子どもから年配の方まで、年齢を問わずに楽しめる冒険物語です」

『リア王』(著/シェイクスピア、訳/野島秀勝)
言わずと知れた、シェイクスピアの最も壮大にして残酷な悲劇。「こちらも『推薦書リスト』の中から選びました。リストの大半は悲劇と恋愛物語だったんです。夏目先生はどういう心境でリストを選んだんでしょうね」

CAFE SOSEKI
東京都新宿区早稲田南町7 新宿区立漱石山房記念館1F
http://soseki-museum.jp/

写真 山本倫子

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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