野村友里×UA 暮らしの音

UAさん「褒めるときには的を射て、叱るときには三分ずらす」

UAさん「褒めるときには的を射て、叱るときには三分ずらす」

息子の絵

「eatrip」を主宰する料理人の野村友里さんと、歌手のUAさんの往復書簡「暮らしの音」、今回お二人が選んだテーマは、「叱る。褒める」です。整体協会の創始者、野口晴哉さんの思想に影響を受けているというUAさんの、叱ること、褒めることについてのお返事は……。

>>野村友里さんの手紙から続く

友里

確かに。あなた、相当な褒め上手よ。実を言うと私、いつもあなたに褒められたくてうずうずしてるクチなのよね。やっぱり意識して言葉を具体的にするよう努めてるわけね。なるほど、見習います。ほんと、いくら褒めてもらっても的が外れてると、何ともこそばゆいばかり。叱られるのは、的中しちゃうともう痛すぎて、素直になれないこともあるわよね。

そう、あなたのご想像通り、3、7、10歳児+亭主との七転八倒する日々、つい叱言(こごと)ばかりが増えてしまう。寝静まった夜に、天使の寝顔を見ては反省し、きっと明日にはうまく立ち振る舞おうと心に決めるのだけど、目覚めてまた「ハイ起きてっ! ホラ歯磨いてーっ!」に幕開けて、夕方頃には思わず声を荒らげてしまうような場面もしばしば。。

そこで、本棚から引っ張り出して読み直すのは、整体協会の創始者、野口晴哉氏著『叱り方褒め方』。今回のお題そのままなのだけど、子育てに奮闘する同士達にお薦めしたい一冊なのね。
こちらの序文が素晴らしい。

「褒め、叱るにはたしなみが要る。それが大人というものである。自分を見せようとしたら、褒めても、叱っても心を拓(ひら)くことは出来ない。その自分を見せつける心が先に立って叱るから反抗を呼び、褒めれば与し易しと考えるのは子供の罪では無い」

「たしなみ」かぁ。。。日本語ならではの美しいニュアンス。辞書には、ふだんの心がけ、用意。つつしみ、節度。物事の心得。とあるけれど、ここに今回のテーマに必要な答えがあるように思う。
しかし果たして一体、いつになったら「大人」となる日が来るのやら。きっと明日には「大人」であれますように、ってね。

UAさん「褒めるときには的を射て、叱るときには三分ずらす」

娘の絵

野口晴哉氏の思想や方法論に、私はかなりの影響を受けている。読んでるだけで心が「整体」されるような感覚があって、時折ご神託のように、ピラリと開いた1ページを読んでみたりする。出産にまつわる生活のあり方を説く『誕生前後の生活』は、自力出産をするにあたって大変参考になった。

大人の考えを押しつけない

思い返せば二十数年前、初めての妊娠中に、下北沢にあったONE LOVE BOOKSという小さな本屋の店主に勧められて購入したのが『叱言以前』。こちらにも「叱り方、褒め方」の頁がある。
「子供を叱る前に反省しなければならぬ。子供を褒める前に考えなくてはならぬ。(中略)大人の思うようにならぬと叱ったり、大人の思うようになったと褒めたりしてはいけない。子供達が皆んな小さな大人になってしまうことは決してよいことでは無い」

声を荒らげたあげく、後から実は自分の鬱散(うっさん)が足りてないのかしらと恥ずかしくなることがある。娘が弟に怒鳴ってるのを見つけては、「ママのまねしないでくださーい」と茶化すように言うものの、内心土下座するような想いでいる。想うより、しちゃった方がいいか。

下手な家事に追われながら、3人が入れ替わり立ち替わり、些細(ささい)なことを逐一報告しに来るときにも、つい心ここに在らずな、適当な褒め言葉でスルーしてしまうことも。

「腹をたてた余り叱ったり、大人が楽しい為に褒めたりしていると、叱る褒めるということは子供を導く力を失ってしまい、大人の考えを押しつける為に使うようなことがあれば、子供のもつ純真なはたらきをその心は失ってしまう」

UAさん「褒めるときには的を射て、叱るときには三分ずらす」

息子の絵

野口整体の方法の一つに「愉気」と呼ばれるものがある。これは、相手の後頭部だとか内臓だとか、どこであれ氣の落ちてるように感じる場所に手を当てることなのだけど、これはいわゆる「お手当て」の基本。
天使の寝顔を拝みながら、ときに親としての足りなさを詫びるように、小さな身体に立派に脈打つ各部位に、感ずるままに手を当てていく。これは20~30代の仕事に多忙だったころ、長男の寝床でもよく行った。
親子ほど、この愉気が効果的なこともないのではないかと、じんじんと熱くなる両手のひらから実感できた。そして当時予想もしなかった、長い子育て期間が続く今、多分、愉気を施す自分自身にまで効果があるように思えてきた。

「子供の無知を無智と間違えてはいけない」

『叱言以前』冒頭に、「子供の無知を無智と間違えてはいけない」とある。
四捨五入すれば50に入る年齢になってもまだ、大人と子供の狭間を行き来しながら、子育ての分野だけにしても智恵どころか、日々手探りで反省と発見を繰り返す。
そんなわけで、どうしてもこのテーマは子育て中心になってしまったけれど、往々にして子供における方法論は大人にも同様だと言えるだろう。野口先生の云うように「ねばならぬ」を持ち込んだ大人は、働くこと自体の楽しさを失って遊びを求めている。子供が遊ぶように働くことが大人の生活であるはずだ、と。

たしなみを知り、褒めるときには的を射て、叱るときには的を三分ほどずらす。そして叱言は愛情を込めてできるだけ短く含みを持たせて言う。
大人入門にして極意なるこれらをモットーに実行していけたらと切実に思う。子供の天心を傷つけないよう、むしろそれを見習って自らの天心も失わないように心がけたい。

UAさん「褒めるときには的を射て、叱るときには三分ずらす」

息子の貼り絵

ところで、ここしばらく子供の就寝前に、狼に育てられた少年モーグリと動物たちの冒険が描かれる『ジャングルブック』を読み聞かせてるのだけど、こんなくだりにどきりとしたよ。
「どんな勉強をしてるのか、じぶんでは気がつかない少年、この世の中で考えることといったら、食べることだけだという少年というのは、ちゃんと丈夫になっていくものだが、モーグリもおなじことだった」

子供を小さな大人にさせない最高の環境なようにも聞こえるでしょ。

最後にもう一つだけ野口氏の『偶感集』より
「溌剌(はつらつ)と生くる者のみに深い眠りがある。生き切った者にだけ安らかな死がある」

UAさん「褒めるときには的を射て、叱るときには三分ずらす」

息子の絵「水の妖精」

いつの頃からか、自然に死ねるように生きたい、と思えるようになったのは、彼の残した独創的でいて普遍的な思想に触れていたからだったんだと、改めて気づかされた。鬱散してしまうほど、エネルギーが余るなんて、その土俵にも上がれてないやん!  想像以上に、氣づき深いテーマでした。
ありがとう!

うーこ

PROFILE

  • UA

    1972年大阪生まれ。母方の故郷は奄美大島。1995年デビュー。1996年発表のシングル「情熱」が大ヒット。2000年、ブランキー・ジェット・シティを解散した浅井健一とAJICOを結成。同年、初主演映画「水の女」(テサロニキ国際映画祭グランプリ受賞作品)公開。2003年から放送されたNHK教育テレビ番組「ドレミノテレビ」に、歌のおねえさん「ううあ」としてレギュラー出演。2004年、数々の童謡・愛唱歌を集めた、ううあ名義アルバム「うたううあ」をリリース。2006年、菊地成孔とスタンダードジャズアルバム「cure jazz」をリリース。2010年、デビュー15周年企画カバーアルバム「KABA」をリリース。2016年、7年ぶりとなるオリジナルアルバム「JaPo(ヤポ)」をリリースした。また、2005年より都会を離れ、田舎で農的暮らしを実践中。現在はカナダに居住。4人の母でもある。α-STATION(FM京都)の番組「FLAG RADIO」にレギュラー出演中。

  • 野村友里

    料理人(りょうりびと)、「eatrip」を主宰。おもてなし教室を開く、母・野村紘子さんの影響を受けて料理の道に。主な活動に、レセプションパーティーなどのケータリングフードの演出、料理教室、雑誌の連載、ラジオ番組など。2009年、初の監督作品『eatrip』を公開。11年、「シェ・パニース」のシェフたちとともに、参加型の食とアートのイベント「OPEN harvest」を開催。その経験を経て日本のシェフたちとともに「nomadic kitchen」プロジェクトをスタート。12年、東京・原宿に「restaurant eatrip」をオープン。著書に『eatlip gift』『春夏秋冬 おいしい手帖』(マガジンハウス)、『Tokyo Eatrip』(講談社)、共著に『TASTY OF LIFE』(青幻舎)がある。
    http://www.babajiji.com/

野村友里さん「正しく叱れる人、思い切り褒める人でありたい」

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野村友里さん「離れるからこそ、見えること」

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