相棒と私

松本幸四郎さん「本当にやりたいことをやるためには彼の存在が必要です」

友だちとも、恋人とも違う、同じ目的を共有する「相棒」とはどんな存在? 「相棒」との大切なエピソードを語っていただくこの連載。今回登場してくださったのは、2018年、実父から松本幸四郎の大名跡を継いだ十代目松本幸四郎さんです。

私:十代目松本幸四郎(歌舞伎俳優)
相棒:三代目尾上菊之丞(日本舞踊尾上流四代家元、振付師)

おのえ・きくのじょう 1976年生まれ、東京都出身。尾上墨雪(二代目尾上菊之丞)の長男として生まれる。2歳から父に師事し、81年『松の縁』で初舞台。90年尾上青楓の名を許され、舞踊家として本格的に活動を開始。2011年、尾上流四代家元を継承し、三代目尾上菊之丞を襲名。99年からリサイタル『尾上青楓日本舞踊公演』、00年から『近くで見る日本舞踊』などを主宰するほか、日本舞踊協会主催公演や国立劇場主催公演に出演。歌舞伎俳優や能楽師など幅広いジャンルの芸能者とのコラボレーションにも挑戦し、数多くの作品作りを手掛ける。振付師としては、歌舞伎公演や宝塚歌劇団、OSK日本歌劇団、先斗町『鴨川をどり』や花街舞踊、新橋『東をどり』なども手掛ける。

十代目松本幸四郎さんが相棒として名を挙げたのは、日本舞踊尾上流の家元・三代目尾上菊之丞さんだ。それも納得。これまで一体どれほどの作品を共に作り出してきただろう。ここ数年の活動を振り返ってみても、歌舞伎界初となったラスベガス公演『獅子王』(15年)、劇団☆新感線のいのうえひでのりとタッグを組み、新しい歌舞伎を作ろうと挑んだ『歌舞伎NEXT 阿弖流為』(16年)、歌舞伎とフィギュアスケートを融合させたアイスショー『氷艶 hyoen2017 破沙羅』(17年)など、幸四郎さんが手掛けた話題の公演には必ず菊之丞さんが振付師として参加してきた。

松本幸四郎さん「本当にやりたいことをやるためには彼の存在が必要です」

三代目尾上菊之丞さん

2人の出会いは幸四郎さんが小学校3年生の時だ。同じ先生のもとで鼓の稽古に励んでいた。「もう30年くらいの付き合い」になる。年は幸四郎さんが3歳上と比較的近く、互いに鳴物(三味線以外の楽器全般やその演奏のこと)が好きだったこともあり気があった。「ライバルとまではいかないけれど、互いのやることが気になる存在だった」と言う。

しかも、「お互い野球も好き。僕は芝居に関係のないところで遊びに行くとか飲みに行くことをあまりしないので、彼は唯一と言っていいほどの存在です」。

そんな二人が初めて一緒に仕事をしたのは、幸四郎さんが最初に創作舞踊を作った20歳の頃だった。幸四郎さん自身、三代目松本錦升を襲名する日本舞踊松本流家元。同じ踊りをやっている者同士、その信頼関係から一緒にやりたいと幸四郎さんから声をかけた。以来、何本と創作を重ねていくうちに、菊之丞さんは幸四郎さんのクリエーションになくてはならない存在になっていった。

「振り付ける時に何となく形やイメージはあるんですが、時によっては断片的なこともある。そのイメージを菊之丞さんがくんで整理し、具体的な形に落とし込んでくれる。このシーンを作るために音楽のどこを当てはめるべきか、立ち位置をどうすればいいのか。きっちり整理して伝える能力が突出している。しかも、ピリピリしないんです(笑)」

真剣に作品を作り上げる過程で、その気質がどれほど重要か。

菊之丞さんの欠点は……

こんなことがあった。ラスベガス公演『獅子王』の時のこと。現地に到着後、朝まで稽古と作業を繰り返し本番に臨んだ。誰もがピリピリしてもおかしくない状況にあって、菊之丞さんはいつもニコニコ。その時にドキュメンタリー番組で入っていたカメラクルーから「(幸四郎さんと菊之丞さんの)衝突は何かないんですか」と聞かれたほどだ。

「“バカヤロー、そんなことやってられるか!”なんていうのはドラマの話で、“いつもこうやって作っているんですけど”と言うしかない。彼とはドラマチックなドキュメンタリーを作りにくい、という欠点はありますね(笑)」

幸四郎さんが出演、演出&プロデュースも手掛けた『氷艶 hyoen2017 破沙羅』も時間との戦いだった。現場に行って「どうしよう……」というところから全てが始まったというギリギリの状況。何しろ『破沙羅』はスケーティングができなければ話にならない。出演する歌舞伎俳優はスケートの練習から始めて、稽古は夜遅い時間帯と早朝帯。つまり寝る時間がほとんどなかった。そんな時でも振付の菊之丞さんは冷静にどういう順番で作っていけばいいかをきっちり的確に示していく。しかも、参加する必要もないのに稽古に参加し、滑れる必要もないのにスケート靴を履いて氷の上に立った。

「振付師として大事なことだと思うんでしょうね。自分が同じように滑ってみて実際どういうことができるのか。色々思い描けるようになるのでしょうし、出演者にとってはとても近い存在になります。スケートを滑れるか滑れないかという歌舞伎役者たちがどうすればカッコ良く見えるか、わずかな滑る技術をどう効果的に使えるか。スケートの振付師の方とも密にコミュニケーションを取りながら作っていた。菊之丞さんも心の中では不安とドキドキでいっぱいでしょうけど、作る側や演じる側にとっては彼が現場に立っていることでとても安心できる。そういう雰囲気を作ってくれる人なんです」

松本幸四郎さん「本当にやりたいことをやるためには彼の存在が必要です」

安心して仕事に邁進(まいしん)できる環境を作り出し、最高のパフォーマンスを引き出す。まさに最高の相棒ではないか。幸四郎さんは「粘り強く、作品作りに妥協しない」ことが菊之丞さんのすごさだと言う。稽古で幸四郎さん自身が振り付けた振りを幸四郎さんが間違えれば、穏やかな顔をしながら「もう一回やりましょう」と何度でもダメ出しを厭(いと)わない。

「何時間も練習しているんだから、僕はどこかで“もういいじゃない?”と思うんですけど(笑)。彼はちょっとした狂いやブレもきちんと修正できるまでやる。教える方も大変なエネルギーを使いますからそれはすごいですよ」

2人で偉くなろうね

長い付き合いの中で一つずつ作品を作り上げ、信頼を育んできた2人。中でも3年前、幸四郎さんの心を打った菊之丞さんの行動がある。幸四郎さんが生まれた時から憧れ続けてきた『勧進帳』の武蔵坊弁慶をついに勤めることになった公演の初日に、菊之丞さんが見にきてくれたのだ。

「彼が来ていたことは人から教えてもらいましたが、その時会ってもいないし話してもいない。メールも電話もない。公演後も連絡は一切なく、こちらも見に来たんだって?という話もしていないんです。でも、彼は僕がどれだけ弁慶に憧れてきたかを知っていたからこそ、初日に来てくれた。それはどんな言葉よりもうれしかったです」

逆に、幸四郎さんにとっても菊之丞さんの三代目尾上菊之丞襲名(11年)は自分のことのようにうれしさがこみ上げたと振り返る。

「襲名がなんだかは正直、松本幸四郎を襲名したばかりの自分にもわかりませんが、大きなことであるのは間違いない。当時2人で“偉くなろうね”って話した記憶があります」

その意味は、「誰もがびっくりすることを2人で作ろう、2人でしかできないすごいことをやろう」ということ。

「今までも2人でそういう経験をしてきましたが、松本幸四郎になった今もいつか“比ではない”ということをやりたい。これまでも大きな経験を積ませていただき、大きな場を与えられてきましたが、まだまだ自分の中ではやりたいことをやっていないという段階にいます。本当にやりたいことをやるためには彼の存在が必要です。やりたいことが何かはまだわかりませんが、共に模索していきたいと思っています」

十代目松本幸四郎
1973年1月8日、東京都生まれ。父は二代目松本白鸚、息子は八代目市川染五郎。姉は女優の松本紀保、妹は女優の松たか子。79年3月歌舞伎座『俠客春雨傘(きょうかくはるさめがさ)』で三代目松本金太郎を名乗り初舞台。81年10月歌舞伎座『仮名手本忠臣蔵』「七段目」大星力弥、11月『助六曲輪江戸桜』福山かつぎで七代目市川染五郎を襲名。舞踊では、95年4月に松本流家元・三代目松本錦升を襲名。2008年1月、2月歌舞伎座『車引』松王丸、『勧進帳』武蔵坊弁慶、『一條大蔵譚』一條大蔵長成、『熊谷陣屋』熊谷次郎直実ほかで十代目松本幸四郎を襲名。

歌舞伎座『壽 初春大歌舞伎』

松本幸四郎さん「本当にやりたいことをやるためには彼の存在が必要です」

幸四郎さんは昼の部では『廓文章(くるわぶんしょう) 吉田屋』に出演。大坂の豪商のボンボン伊左衛門(幸四郎)を演じます。
遊蕩三昧で親から勘当された伊左衛門は文無しとなりながらも、恋仲の遊女夕霧(中村七之助)のいる吉田屋へ向かい……。「上方の風情を江戸のものでお見せするところがとても魅力的。舞踊色の濃い吉田屋だと思います」と幸四郎さん。「伊左衛門は何もしていないけれど人も金も寄ってくる。憧れの人生です(笑)」。夜の部では時代物『絵本太功記(えほんたいこうき)』で武智十次郎を、『松竹梅湯島掛額(しょうちくばいゆしまのかけがく)』では小姓吉三郎を演じる。
(写真提供:松竹)

歌舞伎座
http://www.kabuki-za.co.jp/

文 坂口さゆり 写真 馬場磨貴

PROFILE

坂口さゆり

生命保険会社のOLから編集者を経て、1995年からフリーランスライターに。映画評や人物インタビューを中心に、金融関連や女性のライフスタイルなど幅広く執筆活動を行う。ミーハー視点で俳優記事を執筆することも多い。主な紙媒体に、「朝日新聞」(朝日新聞社)「AERA」「週刊朝日」(以上、朝日新聞出版)「Precious」「女性セブン」(以上、小学館)「プレジデント」(プレジデント社)など。著書に『バラバの妻として』(NHK出版)『佐川萌え』(ジュリアン)ほか。

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