インタビュー

清川あさみさんと最果タヒさん「百人一首がくれる、恋の処方箋」

清川あさみさんと最果タヒさん「百人一首がくれる、恋の処方箋」

清川あさみさん(左)と最果タヒさん(撮影・馬場磨貴)

対談『千年後の百人一首』の恋(後編)

>>前編「SNS時代、百人一首みたいに恋できる?」から続く

純愛、秘めたる恋、許されぬ恋……。千年前も人々はさまざまな「恋」に身を焦がしていたことが、百人一首の歌から伝わってきます。今を生きる私たちへの「恋の処方箋(せん)」を、アーティストの清川あさみさん、詩人の最果タヒさんが読み解きます。(聞き手・構成 中津海麻子)

清川あさみさんと最果タヒさん「百人一首がくれる、恋の処方箋」

清川あさみ(きよかわ・あさみ) アーティスト。最新刊に作品集『清川あさみ 採集』(パイインターナショナル)、『清川あさみ 百人一首かるた』(リトルモア)
プロフィールの詳細は記事の最後に

――百人一首の中で気になる「恋の歌」を、お二人に一首ずつ紹介していただきましたが、ほかにも印象に残る「恋の歌」が?

清川 89番の式子内親王の歌は心に残っています。

89 式子内親王
玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする

魂と肉体をつなぎ留めていると考えられていた「玉の緒」を、切れるなら切れてしまえ。このままでは恋心を隠すことなどできないから……と。秘密の恋に苦悩している歌です。内親王は一切の恋を禁じられていたのに、藤原定家と結ばれていたのだろうという噂(うわさ)があって。

清川あさみさんと最果タヒさん「百人一首がくれる、恋の処方箋」

清川さんによる、89番の原画
@AsamiKiyokawa

最果 実際に恋していたのかは確かめようがないけれど、この歌は「忍ぶ恋」がテーマの歌合(うたあわせ)の場で詠まれた歌。自分の思いを誰かに伝えるためではなく、テーマに合わせて詠まれたものです。そうした状況であるのに、ここまで追い詰められた歌を詠んでしまう……という、そのことが、彼女の立場が極めて息苦しいものであったことを証明しているように感じます。ただ、「玉の緒が切れたらあなたに会いにいける」ではなく、「隠し通せないから死んでしまいたい」と。相手に何かを求めるのではなく、もはや自分一人の世界で完結する望みを抱いている。社会的な立場に縛り付けられ、恋も含めて自由がない、自分がやりたいことを口に出すことすらできない。そういう不自由すぎる状況に置かれた人だからこその「閉じている歌」だなと思いました。

清川 恋をするにしても命がけだった。究極の愛。骸骨と骸骨が抱き合う絵は、そんな彼女の頭の中を描いたつもり。

清川あさみさんと最果タヒさん「百人一首がくれる、恋の処方箋」

最果タヒ(さいはて・たひ)  詩人・小説家。最新詩集は、2018年『天国と、とてつもない暇』(小学館) プロフィールの詳細は記事の最後に

最果 それでも式子内親王の救いは、歌の才能に恵まれ、歌を披露する場があったこと。本音を「作品」として吐き出すことができたから、なんとか耐えられたのかもしれない。それは今の時代のSNSにちょっと近いのかな、と思います。生きていることに息苦しさを感じているけれど、本音を友達と話す、ということがうまくできない。どうしたらいいのかわからないという人が、SNSでやっと、感情を吐き出す方法を見つけた。そういう人は少なくないと思います。

清川 千年前の貴族社会も、今の社会も、人の目や評判を気にしながら生きているのは同じなのかもね。

77番「さよなら、また会おう!」

清川あさみさんと最果タヒさん「百人一首がくれる、恋の処方箋」

最果 絶望の中で、それでも愛を諦めない覚悟を感じたのが、77番。

77 崇徳院
瀬をはやみ 岩(いは)にせかるる 滝川(がは)の われても末に 逢はむとぞ思ふ

「川の急流が岩にぶつかり二手に分かれても、また一つにまとまっていくように、私とあなたも今は別れるけれど、またいつか会おう」と、ある意味「宣言」をしている歌。歌を詠んだ崇徳院は、父親から「自分の子ではないのでは」と疑われ、帝の地位や権力を失い、京を追われた。さまざまなものを失った崇徳院には、きっと「もう永遠に会えない人」もいたと思います。地位を失えば、そこにあった関係性も切れていってしまうから。今よりもその「別れ」は絶対的なものであったかもしれない。その恐ろしさをすでに経験した崇徳院が、それでも愛する人に対し、「また会おう」と詠んでいる。それは、決して楽観的な約束ではなく、ただ自分を励ますものでもないはずで。絶望の中、現実を思い知り、それでも愛を諦めきれない、引き裂かれるような悲しみもある「覚悟」だと思います。とても鋭く、純粋な、自らを傷つけることさえある覚悟だと。そうして決して自らを、哀れんではいない。本能的な明るさがあるんです。

清川あさみさんと最果タヒさん「百人一首がくれる、恋の処方箋」

清川さんによる、77番の原画
@AsamiKiyokawa

清川 最果さんの訳がほかの歌とどこかテンションが違っていて、最初に読んだ時から気になってたんです。「さよなら、また会おう!」というポジティブさを感じて。

最果 悲観しきってないんですよね。暗闇の中のポジティブ、みたいな。

清川 急流に飛び込む絵を描いたんだけど、闇ではなく、カラフルな水底に向かって自分から飛び込んでいる。その底には石になった女性が沈んでいるけれど、光が見えている。別れの歌なのに、不思議と希望が感じられたから。

最果 そういうお話を聞くとまた絵が見たくなります!

清川あさみさんと最果タヒさん「百人一首がくれる、恋の処方箋」

――今を生き、恋する人たちにとって、百人一首が与えてくれる「恋の処方箋」とは?

最果 「恋とはこういうものだ」「好きな人に対してはこうすべき」といった情報は本でもネットにも山ほどあるし、恋愛を歌ったポップソングもたくさんある。人は、そういう既存の情報に自分の気持ちを無理やり当てはめて考えようとしてしまうことがあるけれど、でも、本当は自分の感情なんて、自分だけのもので、誰の言葉でも代弁できない。誰のアドバイスも当てはまらないと思うのです。「好き」「会いたい」と思わなきゃおかしい、相手が連絡してこなかったり既読無視したりするのは嫌われてるからに違いない……、そんなふうに情報で推測して、一番大切で、向き合わなければいけない自分の気持ちと相手の気持ちを無視してしまう。

けれど百人一首は、自分の気持ちを、自分の言葉で伝えようとして生まれたものです。たとえわかりやすくなくても、共感される言葉でなくても、それでも、自分の生々しい感情を相手に届けることを大切にしていた。当時の言葉を読むと、私は世の中にある言葉を借りて自分の気持ちを探そうとすることがどうでもいいと思えます。共感されようと必死にならなくても、わかりやすく簡略化しなくてもいいんじゃないかって。百人一首にふれていると、自分の言葉で伝えることがどれほど美しくて、強く人の心を動かすか。そのことを思い出させてくれます。

清川 同感ですね。自分をごまかしてシンプルに伝えようとすればするほど、言葉数は少なくなっていく。でも、言葉でちゃんと伝えるってすごく大事だと思うんです。それも自分の言葉で。千年前は人の言葉を借りたら、文才のない人、中身のない人と評されてしまう時代だったから自分の言葉を大切にしたんだろうけど、今だって自分の言葉のほうがストレートに伝わるはず。

恋は魔法。千年前も今も、それは変わらない。魔法にかかった時間を思いっきり楽しみ、ストレートに思いを伝えてほしい。百人一首は、社会的常識や人の目といった「かせ」に縛られた現代の私たちの心を解放してくれるかもしれないですね。

>>『千年後の百人一首』対談1「清川あさみさんと最果タヒさん、小野小町に出会う」
>>『千年後の百人一首』対談2「清川あさみさんと最果タヒさんが共感する“秘密の恋の歌”」

BOOK
写真

『清川あさみ 百人一首かるた <ピンク>』(リトルモア) 清川あさみ 著

かつてない美しさ。現代版「百人一首かるた」誕生。
糸や布、ビーズを用いて、百首すべてを、大胆に瑞々しくビジュアル化。200枚のアートコレクションで遊ぼう。

最果タヒとの共著『千年後の百人一首』で、和歌の一首一首を、今のものとして情感豊かに描き出した清川あさみ。本商品は、絵札すべてに清川あさみの絵を使用、スッキリと洗練された文字組みや色、ケースに施されたホログラム箔など、細部にまでこだわり、まるで芸術作品のような「百人一首かるた」が完成しました。

[読み札・取り札 各100枚/解説付]
税込4320円

清川あさみ(きよかわ・あさみ) 淡路島生まれ。2001年初個展。2003年より写真に刺繍を施す手法を用いた作品制作を開始。水戸芸術館や東京・表参道ヒルズでの個展など、展覧会を国内外で多数開催。代表作に「美女採集」「Complex」シリーズ、絵本シリーズ『幸せな王子』『銀河鉄道の夜』など。「ベストデビュタント賞」受賞、VOCA展入賞、「VOGUE JAPAN Women of the Year」受賞、ASIAGRAPH アワード「創(つむぎ)賞」受賞。2016年度後期のNHK連続テレビ小説「べっぴんさん」ではタイトルオープニング映像やポスターのディレクション・制作をトータルで手がけ話題に。最新刊は作品集『清川あさみ 採集』(パイインターナショナル)、『清川あさみ 百人一首かるた』(リトルモア)。

BOOK
写真

『百人一首という感情』(リトルモア) 最果タヒ 著

[最果タヒ × 百人一首] ふたたび!
記憶が歴史に変わっていく中で消されていった「感性のまたたき」
―― 100の「エモい」を大解剖。

映画、展覧会、WEB、広告、音楽…あらゆる場所へことばを届け、新しい詩の運動を生み出し続ける詩人・最果タヒ。

清川あさみとの共著『千年後の百人一首』で挑んだ現代語訳では、千年前から届いた百の思いにどう向き合い、胸に刺さる詩のような新訳が生まれたのか?

百首を扉にして読む、恋愛談義、春夏秋冬、生き生きとしたキャラ、人生論。
そして、「最果タヒ」の創作の秘密。
いちばん身近な「百人一首」案内エッセイ、誕生!
税込1620円

最果タヒ(さいはて・たひ) 1986年生まれ。詩人・小説家。2004年よりインターネット上で詩作をはじめ、翌年より「現代詩手帖」の新人作品欄に投稿をはじめる。2006年、現代詩手帖賞を受賞。2007年『グッドモーニング』で中原中也賞、2015年『死んでしまう系のぼくらに』で現代詩花椿賞を受賞。2016年の詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』は、翌年映画化され話題を呼んだ。小説家としては『星か獣になる季節』『少女ABCDEFGHIJKLMN』『十代に共感する奴はみんな嘘つき』など。対談集に『ことばの恐竜』、エッセイ集に『きみの言い訳は最高の芸術』『もぐ∞』。最新詩集は、2018年『天国と、とてつもない暇』(小学館)

清川あさみさんと最果タヒさん「SNS時代、百人一首みたいに恋できる?」

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