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ルート・ブリュックを追いかけて

6月の北極海は、それでも凍えるような寒さだった。フィンランド最北端から国境を越え、たどりついたノルウェー北部の小さな入江には、19世紀に建てられたカトリック教会がぽつんとたち、森林限界を越えた空ばかりの荒地に立ち枯れた草が風に揺れ続け、赤いくちばしの小鳥がさえずっていた。「どうして僕はこんなところに?」という問いに自ら答えれば、それはかつてルート・ブリュックが毎年訪れていた場所だから。ルート・ブリュックを追いかけて、2年半が経っていた。

事の始まりは2016年4月20日。フィンランドへの取材旅行から戻った知人のライター、今村玲子さんからの一通のメールだった。

いきなりフィンランドで恐縮です。
「なぜ?」なんてどうか聞かないでください。
だって一目惚(ぼ)れしちゃったんですから。
ヘルシンキ、全然違う目的だったんですが。出会っちゃったんです。
そして大好きになっちゃったんです。いてもたってもいられないんです。
それでルート・ブリュクの作品探してまわって。
ふと振り返るとあるんです、ルート・ブリュク。空間とか建築に。
きれいで、やさしくて、大きくて、でもきりっとして、緊張感もあって。
フィンランドのお母さん、みたいなイメージでしょうか。

「ルート・ブリュク」(当時はBrykをブリュクと読んだ)という名は聞いたことがなかった。けれども、メールの高揚した言葉と、添付されていたモザイク壁画(それはあとでフィンランド大統領公邸内の「流氷(Ice Flow)」だとわかった)を見た時に、コンコン、と心をノックする音がした。

ルート・ブリュックを追いかけて

ルート・ブリュックを追いかけて

それは、見たことのない、とても美しい作品だった。ヘルシンキの隣街エスポーの近代美術館で開かれた生誕100周年記念展の図録を見て、ノック音はさらに大きくなった。それでもぼくは、日本で展覧会を開きたい!と興奮する今村さんに対し、実現する可能性を「せいぜい25%くらい」と予想した。すばらしい無名のアーティストこそ、展覧会を開く意義がある。けれど、実現するのはたやすいことではない。

けれども、ルート・ブリュックは奇跡の予感をはらんでもいた。インターネットやSNSに情報があふれかえる現代、「見たことがないもの」を見つけることは難しい。それも「美しいもの」となればなおのこと。フィンランドのカルチャーは、ムーミンやマリメッコをイメージの中心に、日本で関心が高い。ヘルシンキへの直行便も東京をはじめ毎日数本運行し、フィンランドのデザインや環境を特集した書籍や雑誌も次から次へと出ていて、あらかたのトピックスは刈り取られていたかに見えた。そんな中、ルート・ブリュックの作品は、マリメッコともムーミンとも、はっきりと違った。知られざるフィンランド。あるいはそれは、本当のフィンランドへの入り口なのかもしれなかった。

興味をもちそうな美術館に展覧会の開催を打診すると、引き込まれた学芸員たちが何人かいた。東京ステーションギャラリーと伊丹市立美術館が、見たことも聞いたこともなかったルート・ブリュックの展覧会を一緒にやりたい、と手を挙げてくれた。さらに、フィンランド陶芸に詳しい岐阜県現代陶芸美術館が加わって、2019年4月から東京で立ち上がる全国巡回展が決定した。国内の美術館は、そもそも欧米に比べて少ない事業予算で運営しているのに、来場者数の目標達成には厳しい目を向けられている。そんな状況下で無名のアーティストを選んだのは、小さな奇跡だった。

そうと決まれば、ルート・ブリュックと出会うべき人を、一人でも逃したくない。そのためには、展覧会が開幕する前にブリュックの名を世に知らせ、その魅力と奥行きを予(あらかじ)め伝えていく努力が必要だった。そこで、展覧会が始まる約5カ月前に、日本初のビジュアルブックを出すことにした。ブリュック作品に初めて出会ったときに、その色や形、模様や手触りを受け止める言葉が響き合う本。解説や学術性から解き放たれた、感覚的な本が理想だった。

フィンランドの関係者、学芸員や編集者、アートディレクターと話し合いを重ね、「蝶(ちょう)」「母と子」「響きあうもの」「時」「空間」などの九つのキーワードを導き出した。九つのキーワードごとに作品の図版を自由に選び出し、ふさわしい語り手に言葉を寄せてもらった。

「たとえるなら、詩を、建築的に、絵画にした人」(皆川明、「蝶」)
「その色は、たぐいまれなる品格を現している」(志村ふくみ、「色」)
「百年の時間を吸い込んでいるかのよう」(葛西薫、「時」)
「いつまでもみていたい」(酒井駒子、「響きあうもの」)

ルート・ブリュックを追いかけて

『はじめまして、ルート・ブリュック』 発行:ブルーシープ  定価:2,000円(本体)

20年以上も前からフィンランドで、いち早くブリュックと出会っていたデザイナーの皆川明さんを除いて、ほとんどがブリュックを初見だったため、出会いの驚きや喜びをそのまま語っていただけた。九つのパートは、アートディレクターの前田景さんによって、紙もフォーマットも異なる独立した小冊子としてデザインされ、9冊のZINEを束ねた1冊の『はじめまして、ルート・ブリュック』ができあがった。

ルート・ブリュックを追いかけて

ルート・ブリュックを追いかけて

ルート・ブリュックを追いかけて

本の締めくくりは、冒頭の北極圏への取材だった。ルート・ブリュックが家族とともに毎年夏に滞在したラップランドのサマーハウス。水道も電気はもちろん、道路すらもない湖畔の家で、彼女はどんな時を過ごしていたのか。ルート・ブリュックの長女でアーティストのマーリア・ヴィルカラと夫のティモの導きで、ルートが寝起きしていた小屋、散策した森の中や川岸、訪れた最果ての地と大切な友人、そしてラップランドの自然そのものを、4泊5日にわたってひたすらに体験し続けた。その様子を、写真家でもある前田景さんと今村玲子さんが、終章「ルートとタピオ」に、写真と文でドキュメントした。

ルート・ブリュックを追いかけて

ルート・ブリュックを追いかけて

北極圏への旅から4カ月後。ぼくは一人、ヘルシンキの市庁舎にあるルート・ブリュックの壁面作品「陽のあたる街(City in the Sun)」の前で立ち尽くしていた。大きさや形の違う、無数の白いタイルピースの組み合わせで描かれたヘルシンキの街。エネルギーを感じさせる赤、優しい橙(だいだい)、艶(つや)やかなピンク、水を思わせる青、樹木の緑。色のきらめき、タイルの突起の、不規則なふくらみ、凹(くぼ)み。大きい、小さい。上から差し込む自然の光が落とす影。感情の波が寄せては返し、なんども胸を締め付けた。

ルート・ブリュックは、野に一輪、人知れず咲いていた。簡単に摘み取ってはいけない。いつまでも追いかけて、いつまでもみていたい。

(写真:前田景)

ルート・ブリュック(Rut Bryk)
1916~1999年。アラビア製陶所・美術部門のアーティストとして、セラミックを中心に、テキスタイル、パブリックアートなどを制作。1951年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞し、世界的に活躍。ロマンチックで具象的な前期から、抽象的で力強い表現の後期へと移行する作風の変遷が見どころ。夫は世界的デザイナーのタピオ・ヴィルカラ。世界各国を旅し、イタリアやアメリカの都市、夏に滞在したラップランドなど、その場所の風景や自然に着想を得た。

 

展覧会

「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」展、開催中。
アート、デザイン、空間をまたぐ越境的な仕事を日本で初めて紹介する展覧会。代表作約180点を通じて、日本ではまだ知られざる巨匠によるクリエイティブの越境性とピュアなものづくりのありようを展観。

2019年4月27日~6月16日 東京ステーションギャラリー
2019年9月7日~10月20日 伊丹市立美術館・伊丹市立工芸センター
2020年4月25日~7月5日 岐阜県現代陶芸美術館
そのほか、全国計5会場での開催を予定

https://rutbryk.jp

文・草刈大介(ブルーシープ代表)
朝日新聞社に入社し、「ミッフィー展」などの絵本展、「加藤久仁生展」などの漫画やアニメーション関係、「ブルーノ・ムナーリ展」「アーツ&クラフツ展」などのデザイン関係、「マウリッツハイス美術館展」などの絵画展を担当。
2015年春に退社し、ブルーシープを設立。「スヌーピーミュージアム」「シンプルの正体」「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」「ルート・ブリュック展」などを担当。東京・乃木坂のBooks and Modern + Blue Sheep Galleryも共同運営している。

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