川島蓉子のひとむすび

<59>ビームス「フェニカ」と、新潟「鯛車」の出会い

地方の町や村に行くと、自然が身近にあって、おいしいものがたくさんあります。そういう“地方の当たり前”が、東京にいると当たり前でなくなっていると気づかされます。
“地方の当たり前”の中には、「土地に根づいてきた昔ながらの手仕事=クラフト」も含まれます。ビームスの「フェニカ」というレーベルのディレクターである北村恵子さんとテリー・エリスさんは、10年以上前から「フェニカ」という看板を掲げ、服に限らず食器や家具まで、クラフト商品を展開してきました。「私たちの役割は、いわば“クラフトとデザインの橋渡し”。地方を訪ね、職人さんと一緒にもの作りするのは勉強になるし楽しくて」と笑みを浮かべます。

たとえば、この連載の最初にご紹介した「インディゴこけし」は、伝統こけしの製作工房である仙台木地製作所と作ったものです。「藍=インディゴで絵付けしたら、こけしがモダンでさらに魅力的になるのではと思ったのです」と北村さん。最近のこけしブームの前のことなのですが、今でもロングセラーとして続いています。

<59>ビームス「フェニカ」と、新潟「鯛車」の出会い

ビームス フェニカには、北村さんとエリスさんが選んだ、暮らしにまつわるクラフトがそろっています。こちらは鯛車。これを引いてお盆のお墓参りに行くのが現地での習慣でした(撮影/鈴木愛子)

新潟県の旧・巻町(現・新潟市西蒲区)の鯛車もそのひとつ。そもそも鯛車とは、鯛をかたどったお盆提灯で、ろうそくをともして子どもたちが引いて歩いたもの。それが徐々に使われなくなり、作り方を知っている人、作れる人がいなくなっていました。

どんなものかというと、四角い台座の上に鯛が載っている形状。海をイメージした波柄が入った台座の上に、尾を高く振り立てた鯛が、口を開いて鎮座しています。色使いの艶やかさと、大きな目と口に彩られた表情が斬新でユーモラス。そばに置いておきたくなる愛らしさがあります。

これを何とかしようと「鯛車復活プロジェクト」を立ち上げたのが、地元で生まれ育った野口基幸さんと皆川俊理さん。「幼い頃の思い出にある鯛車をなくしてはいけない。この町を鯛車で真っ赤に染めたいと思ったのです」(野口さん)。2005年、地元で作れる人を増やそうと、「鯛車教室」を開いたところ、好評を得て少しずつ広がっていきました。

<59>ビームス「フェニカ」と、新潟「鯛車」の出会い

左から野口さん、北村さん、皆川さん(ビームス フェニカ提供。以下同)

そんな折、北村さんとの出会いがありました。出雲の日本民藝夏期学校に参加した北村さんとエリスさんが、講師として参加していた柳宗理氏と会談している様子を、皆川さんが撮影していたのです。その後、柳さんが亡くなられ、皆川さんが野口さんと一緒に、写真を届けがてら、北村さんとエリスさんを訪ねたのです。その際、「鯛車復活プロジェクト」の話をしたところ、ビームスでもやってみようと話が進んでいったのです。

クラフトの目利きである北村さんとエリスさん、故郷の良きものを残したいという野口さんと皆川さん、その出会いが鯛車の新しい途を拓(ひら)くことになりました。
一緒に全体のバランス感を見直したり、パッケージを作ったり、ろうそくではなく豆電球(その後、さらに改良を加えて電球色のLED)を入れる構造にしたりと、試行錯誤を重ねて商品化にこぎつけたのです。

「ビームスジャパン」(東京・新宿)では、毎年6月になると、この鯛車を販売するとともに、都内でもワークショップを行っています。海外の人も含めた参加者たちが、新潟の鯛車作りを楽しんでいるのです。

<59>ビームス「フェニカ」と、新潟「鯛車」の出会い

ブレッドナイフ。一点一点微妙にかたちが異なるのも手仕事ならでは。切れ味抜群です

ある時、野口さんと皆川さんがビームスに持参したのは、新潟の刀鍛冶(かじ)職人である袖山一敏さんが作った包丁でした。同じく刀鍛冶職人だった父親の教えを受け、70年以上にわたって磨いた技が詰まった包丁です。「鉄の打ち出しの武骨なたたずまいがおもしろい」と北村さんは感じ、「天然酵母パンなどが広まってきて、家でパンを切る人も増えているので、かっこいいブレッドナイフを作れないか」とエリスさんのアイデアが湧きました。「袖山さんがブレッドナイフを知らないというので、一般的なブレッドナイフの写真を渡して創作してもらったのです」(北村さん)。

野口さんと皆川さんから話を聞いた袖山さんは、工夫しながらオリジナルのブレッドナイフを作り上げました。それは、刀鍛冶職人が丹精込めて作った切れ味の良さが、見た目からも伝わってくる一品。「予想以上の出来栄えに驚いたのですが、たくさん作れるものではないので、品薄状態が続いています」とエリスさんもうれしそうです。

この他にも、木工製品を手がけるナガノ産業が作った桐のハットボックスは六角形のかたちが珍しいことに着目しました。桐は湿気や虫を防ぐことから、帽子に限らずストールやソックスなどの収納にも使えそうです。あるいは、十日町市で雪深い農閑期に作られていた「野鳥こけし」は、地元に生息している鳥をかたどった、本物っぽくはあるのだが、はく製とは異なるチャーミングな雰囲気の一品です。これらも「フェニカ」で販売されているのです。

<59>ビームス「フェニカ」と、新潟「鯛車」の出会い

野鳥こけし。全国的に有名な朱鷺(とき)をはじめ、十日町市の鳥が数種類そろっています

日本各地にあるクラフトを、今の暮らしに合うかたちにして、広めていく動きは、この例に限らず、全国にわたって出てきています。「フェニカ」と「鯛車復活プロジェクト」の出会いは、世界のさまざまなクラフトに触れてきたプロと、新潟独自のクラフトを残したいという野口さんと皆川さんの意思が合わさって、ユニークなモノ作りが行われ、確かな手応えを得ています。こういう魅力的な動きが、たとえ規模は大きくなくても、増えて続いていけば、東京も地方も、暮らしがより豊かになっていくに違いないと感じました。

■ビームス ジャパン フェニカ スタジオ<fennica STUDIO>
東京都新宿区新宿3-32-6 5F
http://www.beams.co.jp/fennica/
■鯛車復活プロジェクト
https://taiguruma.com/

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PROFILE

川島蓉子

伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。多摩美術大学非常勤講師。日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)、『すいません、ほぼ日の経営。』(日経BP社)、『未来のブランドのつくり方』(ポプラ社)などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。

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