花のない花屋

「専門学校入学日に退学」「彼と住むために家をでる」、それでも味方でいてくれる母へ

「専門学校入学日に退学」「彼と住むために家をでる」、それでも味方でいてくれる母へ

〈依頼人プロフィール〉
小林亜弥さん(仮名) 46歳 女性
三重県在住
会社員

母は、私が幼少の頃とても体が弱く、何度も入退院を繰り返していました。膵臓壊死(すいぞうえし)、膵臓摘出、胆管炎、腹膜炎……とても子どもを育てられる状況ではなく、私は3歳から5歳くらいまでの間、祖母の家にあずけられていました。

一緒に住めるようになったのは、幼稚園の最後の年くらいです。すると、母はそれまでの反動か、かなり過干渉、過保護になりました。裁縫の先生だったので、私が着る洋服はすべて手作り。しつけや教育にも厳しく、テストは80点以上をとらないと叱られ、何かあると「外で正座していなさい!」と怒鳴られることも。ピアノの練習をしているときは、横で定規を持ってじっとこちらを見ていました。

とはいえ、中学に入ると、私も母に反発することが増え、何を言われても勝手に自分で進めるようになりました。私も破天荒なところがあり、専門学校に入学したものの、入学式の日に退学して大学を目指すために浪人を始めたり、就職した後、突然恋人と同居すると言って家を出たり……。

でも、どれだけ母と衝突しても、結局母はいろいろと言いつつ、最終的には私の味方でいてくれました。

結婚して2児の母になり、離婚をしたときもそうです。実家に戻って母と一緒に暮らし始めると、相変わらず衝突することばかりでした。でも、シングルマザーとして働く私の代わりに、子どもたちの面倒を見てくれたのは母でした。

しかも、長女は5歳のときに脳疾患をわずらい、いつ脳出血を起こすかわからない状況に。1年で3回ほど入院し、その度に私は下の子どもを置いて、長女に付き添うことになりました。期せずして、私も子どもをおばあちゃんにあずけなくてはいけなくなったのです。

幸い長女は12歳で手術を受け、完治に向かいましたが、7年間におよぶ長い闘病生活の中、母は一度だけ涙を流したことがあります。「どうしてうちはこんなに苦しめられるの? 何も悪いことはしていないのに、あなたもあなたの子も、病気で親から離されるなんて……」と。

その後、私は再婚してステップファミリーとなり、今は母の家の隣に家族で住んでいます。いまだに母はパートで働く傍ら、子どもたちの送り迎えをしたりと、全面的に私たち親子を支援してくれています。

最近は、再婚相手に気を使っているのがわかり、母にはずっと苦労をかけているなあ……と申し訳なく思います。そこで、いつも支えてくれている母へ、これまでの感謝を込めて花束を作っていただけないでしょうか。

母の名は「キクコ」。その名の通り黄色のポンポン菊が好きです。できれば、ポンポン菊を使い、元気でカラフル、かわいらしい感じでまとめていただけるとうれしいです。

「専門学校入学日に退学」「彼と住むために家をでる」、それでも味方でいてくれる母へ

花束を作った東さんのコメント

今回、一度花束を作っていました。その時には明るめ・暗めの菊を採用したものでした。ですが、改めてこのエピソードを読んだ時に、明るめの菊だけをいれようと思い作り替えました。

エピソードのなかに「病気」というキーワードがいくつも出てきます。そこはビタミンカラーの黄色を入れることでエネルギーを感じてほしいですね。いつも、病院のお見舞いの際には黄色をおすすめするようにしています。優しさや柔らかい雰囲気が出ている花束になったのではないでしょうか。ピンポンマムをはじめ、スプレーマム、ドラセナで作り上げました。

「専門学校入学日に退学」「彼と住むために家をでる」、それでも味方でいてくれる母へ

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「専門学校入学日に退学」「彼と住むために家をでる」、それでも味方でいてくれる母へ

「専門学校入学日に退学」「彼と住むために家をでる」、それでも味方でいてくれる母へ

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

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PROFILE

  • 宇佐美里圭

    1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

  • 椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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