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<105>売れる本より「熱量がある本」を置きたい 「Hama House」

東京メトロ半蔵門線・水天宮前駅から徒歩5分。古くからの街並みや神社、オフィスビルが混在する日本橋浜町にある「Hama House」。全面ガラス張りの建物で、天井高が約5mもある開放的な吹き抜けと、真っ白な壁面にずらりと並ぶ本が目印だ。特に用がなくてもふらりと中に入ってみたくなる“引力”が感じられる。

この店を運営するのは、good morningsという会社。東京・丸の内や神田、宮城や千葉といった各地で人をつなぎ、場を盛り上げる地域おこしのプロジェクトを数多く仕掛けている。いままでは依頼者からの期待に応えるべく、いろんな場所でコミュニティーづくりを手がけてきた同社だが、はじめて「自分たちがやりたいこと」を具現化させようと、2018年9月にオープンしたのがこの店だ。本社オフィスも同時にここに構えることにし、上階にはスモールオフィスHama House、オープンキッチン、ミーティングスペースなども設け、人が交流しやすい環境を整えた。

「コミュニティーづくりを20年以上やってきて、つきつめたところ、コーヒーとビールと本さえあれば、その場所は盛り上がるということがわかったんです」

そう話すのは、同社代表の水代優さん(40)。中でも本は水代さんにとって欠かせないものであり、自分が一番好きなものを扱った「ブックカフェ」ならきっと楽しいはずだし、うまくいくはずだと考えた。それに、2002~03年ごろに東京・丸の内や神田でライブラリーカフェをプロデュースしたことがあり、選書の実績や、取次とのつながりもあった。

水代さんが本の世界にどっぷりとつかるようになったのは25歳の頃。それまでは、“ブラックを通り越す忙しさ”の働きぶりで、読書どころではなかったが、少しずつ時間ができるにつれ、本を読むようになったという。当初は小説とノンフィクション系の本が半々くらいだったが、次第にノンフィクションばかりを読むようになっていった。

店に並ぶ本の大半がノンフィクションなのは、水代さんが好きだからというのもあるが、文芸書よりも、食、文化、歴史、アート、理系などテーマが多岐にわたるノンフィクションの方が、多くの人の興味をカバーできると考えたからだ。

「本を読み始めてから5年くらいは乱読していました。本の内容って、すぐに役立つことはすぐに役立たなくなるというところがあるなと感じていました。一方で、ただ単に好きで読んでいた本の内容が、突然腹に落ちてくるような瞬間があって、そこからもっといろんな本を読むようになりました」

水代さんは常時約10冊を並行して読んでいるという。なぜなら朝、出かける時と帰る時、リビングでくつろいでいる時など、場所や気分によって読みたくなる本が違うと感じているからだ。それはまた、多彩なプロジェクトが同時に進行する仕事のやり方のようだとも感じている。

そんな水代さんは、「ページをめくるのが楽しくて止められないような、“異様な魔力を持つ本”に出合った時は、他の本を読むことをいったんやめて、その一冊に没頭してもいい」という自分ルールを決めている。ただし1年に3冊までというしばりつきだ。

「自分が勝手に決めたことなんですけど、何らかの制約をつけるとゲームのように面白くなるんです! 人との遊びの空間を作るのが僕の仕事なので、読書でもなんでもエンタメ化してもっと楽しくしようという意識が働いているのかもしれません」

水代さんのそんなこだわりは、同店の選書にも垣間見える。例えば食に関する本が何冊もあり、装丁が美しい本、手の込んだ本格的な料理の本、マニアックなジャンルの料理本といったものを揃(そろ)えている。ところが、実際のところ、よく売れるのは常備菜の本など、実用系の本が中心。水代さんは、店として売れる本を置くのであれば、ビジネス書を充実させればいいということにも気づいている。それでも水代さんは、売れるだろうと思われる本よりも“この本はすごい!”という熱量のある本を置きたいと考えている。

「本が売れて利益を出すことも大切ですが、どこか突き抜けた熱量や熱狂を大事にしたいんです」

水代さんが日本橋浜町という場所を選んだのも、すでに成熟し、多くの人が集う街よりも、街としての余白を感じたからだという。日本橋の中心部から少し離れているが、歴史や文化、伝統が息づいている。そして、食品メーカーのカゴメやクレラップでおなじみのクレハといった消費者に近い企業があり、新築マンションの増加に伴い、新しい住民も増えている。

「日本橋浜町はキャンバスでいえばまだ白いまま。このHama Houseという拠点にいろんな人が集まり、さまざまなプロジェクトが生まれることで、地域の人と一緒に日本橋浜町という場所の価値を高めていきたいです」

ヘルシーで新鮮な食材を使ったデリやオリジナルフレーバーのコーヒーにも、こだわりのほどがうかがえる。水代さんやそこに集う人たちが発する熱気、何かが生まれるかもしれないというワクワク感が、この店の”引力”になっているのかもしれない。

<105>売れる本より「熱量がある本」を置きたい 「Hama House」

おすすめの3冊

 

■おすすめの3冊

『食の未来のためのフィールドノート 上・下』(著/ダン・バーバー、訳/小坂恵理)
「農場から食卓へ」をうたう、ニューヨーク郊外にあるミシュラン三つ星レストラン「ブルーヒル・ストーンバーンズ」のシェフ兼共同経営者が、現代のフードシステムの問題に切り込み、未来の食のあり方に迫るノンフィクション。「これは2018年1冊目の止まらなくなった本。僕は仕事で地方の生産者さんのところに行き、現場のことがわかったつもりでいたけど、そうじゃないと冷や水を浴びせられた気がしました。未来の食のあるべき姿を提案してくれるだけでなく、さまざまな問題について、賛成と反対の両方の意見を聞いているところもいい。ぜひ読んでほしい一冊です」

『量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語』(著/レオン・レーダーマン、クリストファー・ヒル、訳/青木薫)
フェルミ国立加速器研究所の二代目所長としてアメリカの素粒子物理学界を牽引(けんいん)してきたノーベル物理学賞受賞学者によって書かれた量子物理学の本。「僕は理系のノンフィクションがものすごく好きなのですが、苦手なのが量子物理学。でも、翻訳者の青木さんが好きで、青木さんの訳書ならと思って読んでみたら面白かった! 外国の難しい本は翻訳者で選ぶのもおすすめですよ」

『HARD THINGS』(著/ベン・ホロウィッツ、訳/滑川海彦、高橋信夫)
シリコンバレーで最も注目されるベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツの共同創業者が起業家時代に経験した、壮絶な困難をどう乗り越え、成功を収めたかを記した一冊。「100人のスタッフを20人にまでリストラしなきゃいけないとか、投資家へのプレゼン中に妻が倒れたりとか、壮絶な経験ばかり。僕はビジネス書ってガイドブックのようなものだと思っているのだけど、この本は『おすすめの観光地』を紹介しているんじゃなくて、『ひったくりに遭った時どうしたか?』みたいな、まさに知りたいことを教えてくれたのがこの本なんです」

Hama House
東京都中央区日本橋浜町3-10-6
http://hamacho.jp/hamahouse/

写真 山本倫子

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。

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