東京ではたらく

コーヒーディレクター:山下敦子さん(33歳)

職業:コーヒー会社経営・コーヒーディレクター
勤務地:東京都台東区
仕事歴:1年目(コーヒ業界は11年目)
勤務時間:不規則
休日:不定休

この仕事の面白いところ:コーヒーを通してさまざまな人とつながれるところ
この仕事の大変なところ:全ての仕事をひとりでやらなくてはならないところ

昨年の9月に独立し、コーヒーに関わるあらゆる仕事をしています。コーヒーは日本人にとってもなじみ深い飲み物かと思いますが、お店で飲んだり、自分で豆を買って自宅で楽しんだりもできますよね。

私の仕事は世界中の熱意あるコーヒー生産者から本当に高品質なコーヒーのみを選び、それを日本の消費者へ届けることです。そしてそれを的確に焙煎(ばいせん)することはもちろん、「高品質なコーヒーとはなにか」ということをみなさまにお伝えするため、コーヒーセミナーやイベントなども行っています。

まだまだ独立したてなので、取引先は少ないですが、自分で焙煎したコーヒー豆を喫茶店やレストランに卸したりオンラインで受注生産したり、そしてセミナー講師の依頼を頂いたりと、細々とではありますが、おいしいコーヒー豆を届けられるよう頑張っているところです。

コーヒーディレクター:山下敦子さん(33歳)

香ばしいコーヒーの香りに満ちた山下さんの焙煎所。「一度に200g程度しか焙煎できない小さな焙煎機なので、一日中稼働させることもしばしばです」

コーヒーに興味を持ったのは高校生の頃でした。もともと母が大のコーヒー好きで、一緒に喫茶店に出かけたり、家でもよくコーヒーを飲んでいました。最初はコーヒーそのものというより、喫茶店という場所が好きで。ふらっとお店に入るといろいろな人に出会えて、一杯のおいしいコーヒーがあるだけで幸せな気分になれる。それってなんだかいいなあ、と思っていました。

ひとつのきっかけは学校のことでした。じつは私、高校時代は学校になじめず、結局中退してしまいました。でも、そんな経験をして見つけたのが「将来は同じような思いをしている生徒を助けたい」という夢。それで大検を取得し、大学では心理学を専攻。スクールカウンセラーを目指していました。

ですが実際心理学を学んでみて知ったのが、心理学というのは基本的に統計学を元に人の心や行動を分析していくという学問なんですね。

コーヒーディレクター:山下敦子さん(33歳)

ブランド名の「カフェオロ」とは、スペイン語で「金のコーヒー、素晴らしいコーヒー」という意味。「中南米の生産者は、生のコーヒー豆のことを愛情と誇りを持ってこう呼ぶんです」

もちろんそれも大切な学問であり、仕事なのですが、当時の私は、「少し理想と違うな」と思ったんです。自分は机の上で人間のことを考えるよりも、実際に生身の人と会って直接話がしたい。ささやかなことでもいいから、誰かに「今日は楽しかったな」と思ってもらいたい。大学で学ぶうち、そんな風に考えるようになりました。

そんな時にピンときたのが、自分が大好きだった喫茶店という空間でした。あんな風に、気軽に人が集まれて、楽しい時間を共有できる場所を作れたら。もちろんその頃は具体的なビジョンなんてまだありませんから、とりあえず興味が赴くままにコーヒーにまつわる本などを読んだり喫茶店でのアルバイトも始めました。

驚いたのは、それまで何げなく飲んでいたコーヒーに、ものすごい種類があったり、世界各国に産地があったりするんだということでした。豆が違えばもちろん味も違いますから、その世界は本当に広くて奥深い。知れば知るほど「農産物」としてのコーヒーに興味が向いていって、もっともっとその世界を深く勉強したいという気持ちが湧いてきました。

それからは心理学の勉強はそっちのけで(笑)、独学でコーヒーについて学ぶ日々。卒業後は少しでもコーヒーの世界に近づきたいと思い、レストラン事業を展開する京都の会社に就職しました。

コーヒーディレクター:山下敦子さん(33歳)

海外から届いた生豆を広げ丁寧に選別する。「欠けていたり、虫食いがあるのは取り除きます。こうした欠点豆を取り除かないと、味に影響が出てしまうだけでなく、見た目も美しくありません」

入社後はレストランのホール担当として仕事をしていましたが、頭の中はコーヒーのことでいっぱいです。一年ほど働いたところで、「もっと本格的にコーヒーに関われる仕事がしたい!」という気持ちが抑えられなくなり、会社を辞めて関西から上京する決意をしました。

と言っても、コーヒー業界にツテがあるわけでもありませんし、東京には知人が数人いる程度。100%の見切り発車でしたが、当時はとにかく「動かなくちゃ!」という気持ちだったんだと思います。

とりあえず母には「1週間くらい東京の友達のところに遊びにいく」と伝えて乗り込んだ東京。友達の家に居候しながら、毎日手当たり次第にコーヒー豆屋さんや喫茶店を渡り歩き、自分が本当においしいと思えるコーヒーを出している店を探しました。

約束の1週間が過ぎようとしていた頃に出会ったのが、下北沢にある小さな焙煎屋さんでした。豆を買って帰って淹(い)れ、飲んでみた時、とてもおいしいと感じたんです。

すぐさまお店に電話を入れ、働かせてもらいたいと伝えましたが、あいにく求人はありませんでした。それでも諦められず、すぐに履歴書を書いてスーツを着て店へ。その猪突(ちょとつ)猛進が功を奏して雇ってもらえることになりました。こうしてコーヒーの世界に本格的に足を踏み入れて、私の東京生活がスタートしました。

コーヒーを通して伝える、世界の豊かな文化

コーヒーディレクター:山下敦子さん(33歳)

生の豆を焙煎。刻々と変わる豆の香りや色に神経を集中させる

半ば無理やり雇ってもらった町の焙煎屋さん。最初は週に1回程度、アルバイトという形で働かせてもらっていたのですが、実際にコーヒー豆に触れられる仕事は刺激と学びに満ちていて、充実していました。

当時はとにかく「コーヒーのことはなんでも知りたい!」という前のめりの姿勢で、とにかく一生懸命働きました。その働きぶりを認めていただいて、徐々に出勤日数も増え、3年ほど経った頃には焙煎も任せてもらえるようになりました。

ですが、コーヒーの世界を深く学ぶにつれて「そのコーヒー豆をどんな人が、どんな場所で、どんな風に作っているんだろう?」という興味がひしひしと湧いてくるようになったんです。もっと生産国に近い仕事がしたいと思うようになっていきました。

その自家焙煎店は5年ほど勤め、退職しました。この時実はグアテマラにスペイン語留学に行こうと考えていたのですが、そんな時、偶然目にしたのが、「ダイレクトトレード」といって、商社を通さず直接生産国へ行き、高品質で本当においしいコーヒーのみを扱う会社。

実はコーヒーの世界に入った当初から憧れていた会社で、このチャンスを逃してはならないと、就職試験にチャレンジしました。

コーヒーディレクター:山下敦子さん(33歳)

パナマの生豆。「農園主にお会いできると思い入れはひとしおです。この味をきちんと伝えるぞという気持ちが一層強くなりますね」

運よく入社でき、生産国から1杯のコーヒーになるまで、コーヒーに関するあらゆることをこの会社で学びました。数年後にはハワイやタイのコーヒー農園視察を経験できたことは、何にも代えがたい財産になりました。それまでも資料や教科書などで世界のコーヒー農園や作り手のことは学んできたつもりでしたが、まさに百聞は一見にしかずです。

実際に産地に足を運び、作り手の人々と会って話し、どんな風にコーヒー豆が作られているかを目の当たりにすると、それまで持っていたコーヒーの世界が一気に奥行きを持って広がっていきました。

例えば、ハワイとタイでは同じ品種を作っていても畑の形状も気候も全く違います。さらに作っている人たちの暮らしぶりやライフスタイルも当然同じではなくて、そんな光景を見ていると、「ああ、こうやって個性豊かなコーヒー豆が出来上がっていくんだなあ」という実感が湧いてくるんです。

そして何より、作り手の方々が丹精込めて育てたコーヒー豆のその味を、損なうことなく消費者に届けたい。そんな風に強く思うようになりました。

コーヒー豆はワインとは違って、生産者が作ったものがそのまま消費者に届くというものではありません。先ほどお話ししたように、生の状態で届いた豆のほとんどは、日本で誰かの手によって焙煎され、さらに抽出という段階を経てから消費者の手に渡ります。

どれだけおいしい豆であっても、それを生かすも殺すも焙煎の腕次第という部分が多少なりともあるので、焙煎という仕事は責任重大です。

コーヒーディレクター:山下敦子さん(33歳)

焙煎中、小さな穴から豆を取り出して状態をチェック。色や香りの変化を見て、焙煎の温度や時間を調節する。経験がものを言う作業

そういう意味で、作り手の方々にじかに触れられたことは本当に素晴らしい出来事で、個人で焙煎をするようになった今は、より強く生産者の思いを感じるようになりました。

例えば、今仕入れている豆にパナマの農園さんのものがあるのですが、ここも作り手の方とお会いすることができました。とってもすてきなお父さんが作っている豆なんですね。私はそこから2種類の豆を仕入れているのですが、どちらも同じ品種のコーヒーなんです。でも、香りも味わいも全然違っています。

何が違うかというと、収穫した後に施す作業。ひとつはウォッシュといって、種を水洗いしてから乾燥させているんです。こちらは甘くてすごく優しい香り。もう一方はナチュラルといって、果実の状態でドライフルーツのように乾燥させてその後に種を取り出す製法で作られたもの。

果実のまま乾燥させただけあって、とてもフルーティー。果実の香りや甘みが豆に染み込んでいて、独特の酸味があるんです。

こうしたそれぞれの豆の個性を生かすには、それに合った焙煎方法が欠かせませんから、焙煎の温度や時間をいろいろと代えて、これだという方法を試行錯誤します。

コーヒーディレクター:山下敦子さん(33歳)

兵庫県出身の山下さん。「なんのツテもなく上京したのですが、たくさんの人に出会って、支えてもらいました。地元と違って東京は “自分で耕してきた場所”。これからもここで挑戦していきたいという思いが強いですね」

こんな風に、豆本来の個性や魅力を見極めて、それを最大限に生かせる焙煎方法を探す作業はとても楽しいですし、焙煎のだいご味です。その豆を作っている方々を直接知っていると、より強く「おいしい豆に仕上げるぞ!」と思いますね。そして、焙煎するだけでなくそのコーヒーの魅力をお客様一人一人に伝えるため、自らコーヒーを淹れたりセミナー活動を行うことは欠かせません。

独立してからは忙しくて、なかなか現地の農園に足を運ぶ時間が取れませんが、会社を退職した後は4カ月ほどかけて中米、キューバ、アメリカを旅して、色々な農園を見て回りました。

旅の一番の目的はグアテマラのスペイン語学校に通うことで、そこで2カ月間みっちりと語学を学びました。当時はまだ独立するかどうかは決めていなかったのですが、どんな形であれ、この先コーヒーの世界でやっていくには主要な生産国である中南米の言語は欠かせません。

本当は3カ月間グアテマラにいて帰国する予定だったのですが、せっかくだから他国の農園も見て回ろうということで急きょ予定を伸ばして。でもその1カ月間でメキメキとスペイン語が上達しましたね。「農園の方ともっと話したい!」という気持ちがあったからこそだと思います。

帰国後はまた別のコーヒー関連会社に就職しようかなとも思っていたのですが、やっぱり思い切って独立する道を選びました。日本に帰ってきて、「自分がやりたいのは、おいしいコーヒーを届けると同時に、生産国の自然や文化、そこに暮らす人々のことを伝えることなんだ」とはっきりとわかったからです。

コーヒーディレクター:山下敦子さん(33歳)

◎仕事の必需品
「グアテマラ留学時代に使っていたノートと、今使っている英語で書かれたスペイン語の教材。英語とスペイン語を同時に勉強できて一石二鳥なんです」

コーヒー関連の会社に入れば、おいしいコーヒーをたくさんの人に届けることはできるけれど、そのもっと奥底にある魅力を伝えるのは難しいかもしれません。それなら、小規模であっても、自分の思いを大切に届けていきたいなと思ったんです。

独立してもうすぐ半年。少しずつですが思いに共感してくださるお店も増えて、最近ではコース料理のデザートに合わせて私のコーヒーをペアリングしてほしいとシェフからリクエストをいただくことも。コーヒーは香りを楽しむ飲み物ですから、ワインと同じように、お料理やお菓子に合わせてコーヒーを選ぶという楽しみ方をしていただけるのはすごくうれしいですね。

種類によってワイングラスを替えるように、コーヒーもカップを替えることで香りや風味がガラッと変わるんです。これからはセミナーやワークショップを通じて、そういう新しいコーヒーの楽しみ方を発信していけたらいいなとも考えています。

あと、これはかなり先の夢になりますが、今、沖縄などで少しずつ始まりつつある国産のコーヒー作りにも注目しています。地球温暖化などの影響により、2050年ごろには現生産地でのコーヒー生産量の約60%は減少してしまうと言われています。新しいコーヒー生産地の開拓と、日本の新しい農業としてコーヒー生産はとても可能性のあるものだと思っています。

現時点でも日本でコーヒー栽培は行われていますが、コーヒーのプロフェッショナルが介入し共に高品質な国産コーヒー作りを行っていけば、日本でもおいしいコーヒーはできると確信しています。

東京はあらゆる文化の発信地です。新しいムーブメントに敏感に反応しつつ、世界中のコーヒー生産地や生産者を発信し、そこをつないでいける存在になることが大きな目標であり、私の夢なんです。

■カフェオロ

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。

ファイナンシャルプランナー:武田明日香さん(35歳)

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盲導犬訓練士:五百澤(いおざわ)朋子さん(31歳)

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