このパンがすごい!

駅前でリヤカー売り、バゲットもハムも自家製の極上サンドイッチ/シャポードパイユ

駅前でリヤカー売り、バゲットもハムも自家製の極上サンドイッチ/シャポードパイユ

寒い朝、通勤途中に交わされる笑顔

 白い息が出るほど寒い、冬の日の朝7時半、西千葉駅前に女の子が立っていた。かたわらには、リヤカー。その中には、バゲットのサンドイッチ。

「サンドイッチいかがですかー」

 通勤途中の人が足を止め、サンドイッチを受け取っては、笑顔になる。

駅前でリヤカー売り、バゲットもハムも自家製の極上サンドイッチ/シャポードパイユ

神岡修シェフと瀧川菜帆さん

 そこへやってきたのは、コックコートに身を包んだ眼鏡の男! やっぱりあの男だった。伝説のサンドイッチリヤカーがついに帰ってきたのだ。

 話は約10年前にさかのぼる。中野駅前に出没していたサンドイッチリヤカー。早朝から声を張り上げてサンドイッチを売っていたのは神岡修さん。自分の店をまだ持てなかったとき、知人のカフェを深夜に借りてサンドイッチを作り、駅前で売っていたのだ。その甲斐(かい)あって見事中目黒に出店、サンドイッチ専門店のオーナーになった。そんな神岡さんのことをかつて私はこう書いた。

「店もお金もなくてもガッツさえあればパン屋になれる。ネット通販で買った1万9800円のリヤカーだけでパン屋ができた事実は、私たちは自分がなりたいものになんにでもなれるのだという『希望』を指し示している」

 神岡さんがリヤカーを引く姿に私が見たもの。それを「リヤカースピリット」と呼びたい。

 店は人々に愛され、もはやリヤカーを引く必要はなくなった。というのに、7年間、地元の人に愛されてきた中目黒を離れ、千葉へ移転。聞けば、中目黒の厨房(ちゅうぼう)が手狭になって、厨房が広くカフェスペースもとれる千葉への移転を企(たくら)んだという。ずっと支えてくれたスタッフも巣立ち、たったひとりに戻ってのリスタートだったが……。

 開店に向けた工事中、店のドアを叩(たた)く若者がいた。

「アルバイトさせてもらえませんか?」

 近くの大学に通う小此木さんという人だった。

「リヤカー引いてみる?」

「はい、できます!」

 かくして、リヤカースピリットは継承された。同級生の瀧川菜帆さんを誘って、2人で交代しながら、週一の休み以外毎日、リヤカーを引いて西千葉駅前に立ち、サンドイッチを売ることになった。

「毎日買ってくれる人がいます。サンドイッチを食べて元気になってくれたらいいですね」と瀧川さん。神岡さんと2人笑顔で、とても楽しそうなのだ。冷たい風に煽(あお)られ、ついつい顔をしかめがちになっている自分が、なんだか恥ずかしくなった。

 インスピレーションの源は、菓子修業中のパリで出会ったバゲットサンドイッチ。国産小麦と「ホシノ天然酵母」を使って長時間発酵させた自家製バゲットに、自家製の具材をはさむ。

駅前でリヤカー売り、バゲットもハムも自家製の極上サンドイッチ/シャポードパイユ

エビ・アボカド・卵のオーロラソース。カフェスペースでワインといっしょに

 瀧川さんおすすめの「エビ・アボカド・卵のオーロラソース」。自家製マヨネーズは、それだけバゲットに塗って食べても十分成立するのではないかと思う。エビマヨ卵という最強トリオ。バゲットかりっ、エビぷりんっという食感二重奏。溶けるごとにどんどん育つ小麦の甘さが、アボカドのさわやかさを追い越していく。

駅前でリヤカー売り、バゲットもハムも自家製の極上サンドイッチ/シャポードパイユ

自家製ハムとエメンタールチーズ

 シャポードパイユといえば、私の中で自家製ハム。それを堪能できる「自家製ハムとエメンタールチーズ」は、塩が尖(とが)らずやさしい肉の風味に、チーズのミルキーさの組み合わせ。そこに、ばりばり割れるクロワッサンから、甘いバター感が加わって、飲み込んだあと喉(のど)でさらに極上の風味を感じる。

 神岡さんは有名洋菓子店の出身。クロワッサンは出身店のレシピをアレンジ、スキムミルクを入れて甘さに幅を出したお菓子屋仕様。ベーカリー出身ではない「お菓子らしさ」が神岡さんの仕事に覗(のぞ)く。

駅前でリヤカー売り、バゲットもハムも自家製の極上サンドイッチ/シャポードパイユ

合鴨とイチジクの赤ワインソース

「合鴨とイチジクの赤ワインソース」では、鴨(かも)から野生の香りが巻き起こる。それを、押しとどめることなく、甘さを引き出し、奥深くするイチジクの赤ワイン煮のソース。余韻がせつないほどにうつくしい、まさにおかず用のジャムだ。

 さすが、ジャムサンドは絶品。「きんかんジャムとクリームチーズ」は、鼻孔をくすぐるキンカンの香りに、冬の果物らしい苦味(にがみ)と小春日和のような甘さが同居する。クリームチーズが尖った香りを受け止め、小麦のミルキーさと、引き合わせてくれる。

 取材中、厨房には笑い声があふれていた。見知らぬ町で、ひとりきりの再出発にも笑って前を向けば、仲間が集まる。そんな神岡さんに、「リヤカースピリット」とはなにか? と問うた。

「バックパッカーのスピリットですかね」

 若き日、北海道から鹿児島まで歩いて縦断。食べ物もろくに食べられなかったとき痛烈にお菓子を食べたいと思ったことが食の仕事を志した原点だ。そのときかぶっていたのが、シャポードパイユ=麦わら帽子。どんな苦しいときも、路上から出発する気概があれば、きっと乗り切れるはずだ。

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■シャポードパイユ
千葉市稲毛区緑町1-21-3
043-356-4959
https://www.facebook.com/nishichibachapeaudepaille/
6:00~21:00(月曜休)
リヤカー販売(西千葉駅前) 6:30~9:20(火曜及び第一月曜休)

PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

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