東京の台所

<180>13歳上の夫と、DIYで終わらないあそびを

〈住人プロフィール〉
主婦/ブロガー・42歳
賃貸マンション・2K・JR山手線 浜松町駅(港区)
築年数51年・入居2年・夫(会社員・55歳)と2人暮らし

ゴキブリ頻出にテンション下がる

 京都生まれの京都育ち。5年前に結婚して大阪暮らしを満喫していた。13歳上の会社員の夫は再婚、ウェブライターをしていた彼女は初婚だ。
 2017年冬、突然、夫の東京出向が決まる。
「急いで見つけた会社に近くて予算に合うマンションは、築50年のボロボロで、暗くて狭い2K。長く誰も住んでなかったようで、排水口の臭いはすごいし、ふすまや台所の吊戸棚の中はシミだらけのゴキブリだらけ。最初に見たときは、テンションが下がりましたねえ」

 どこか愉快そうに、住人は述懐する。
 出向なので、何年かしたら大阪に戻る期間限定である。彼女は関西でしていたウェブの仕事を辞めざるを得ない。だったら、限られた東京暮らしの専業主婦ライフを楽しんでしまおうと、早期に腹をくくったら、がぜん楽しくなったらしい。

 与えられた条件の中で、自分たちで工夫して、楽しく快適に暮らそうという意気込みは、台所からじんじん伝わってくる。ハンドメイドの痕跡があちこちにあるのだ。台所に限らず、住まいのほとんどを自分たちの手でリフォームしている。間取りも棚もローコストに、かつ原状復帰できるような工夫をこらしていて、眺めているだけでこちらまで楽しくなる。

 まず、越す前に荷物を半分に減らした。家具は処分し、鍋釜類から器、カトラリーに至るまで必要な数を見直し、必要最低限にした。

 新居は、ふすまをすべて取り外した。押し入れ、台所の吊り戸棚の引き戸も外し、フルオープンに。
「台所に一切光が入らない間取りだったので、ふすまを外してとにかく明るく、2Kを大きなワンルームにしました。棚は、ゴキブリ対策で引き戸を外し、掃除しやすく、死角をつくらないようにしたのです」

 それでもやはり敵が出現するので、油や醤油、塩コショウなど調味料はすべて冷蔵庫にしまっている。
 戸棚の中や押し入れのシミが気になったので、100円ショップで買った白い木目柄リメイクシートでカバー。台所にもともと貼られていたレトロな水色のタイルとカントリー調のシートがマッチしている。
 結果、広々と明るく、掃除のしやすい開放的な空間に生まれ変わった。

共通の趣味が東京暮らしをハッピーに

 38歳まで独身生活を謳歌(おうか)していた彼女と、13歳上の彼。そのうえ、ふたりとも初めての東京暮らしで、戸惑いはなかったのだろうか。
「ふたり暮らしも東京も、楽しくてしょうがないです。よく東京砂漠っていうじゃないですか。もっとギスギスしているかと思ってたんです。でも、来てみたら最高! いい意味で、東京の人たちって他人に興味が無いんですよね。たとえばセクシュアルマイノリティの人がいても誰も好奇の目で見ないし、化粧品売り場で普通に働いていて、社会に自然に受け入れられている。成熟した街だなと思います。緑が多くて、街もきれいですし。高層ビル街でも、いたるところに緑地があって驚きました」

 浜松町というオフィス街近くに住んでおり、土日は銀座まで散歩をしたり、バイクで、千葉のイクスピアリの映画館や、平和島に食料の買い出しに行く。
 たまたまふたりとも大型バイクの免許を持っているので、土日の遠出も自由自在だ。
「映画を見るなら千葉のイクスピアリへ。食料買い出しなら平和島。バイクがあると東京暮らしはさらに楽しくなります」

 大型バイクともうひとつ、共通の趣味がある。前述の通り、住まいのDIYだ。
「彼はもともと収納家具などを作っていたのですが、ここに来て、ふたりともさらにDIYが好きになりました」
 ほら、これと、照れくさそうに見せてくれたのは赤と青のおそろいのつなぎだった。作業やツーリングのときに着るという。

 リノベーションはふたりの壮大な終わらない遊びです、と笑った。
 じつは彼女は身長168センチ。大阪時代の分譲マンションのシンクは、高さ90センチの特注品で、なんの不便もなかった。だが今台所は昔ながらの80センチ。腰が痛み、服もぬれるので、毎日開脚して皿を洗い、料理をしている。

 また、仕事をやめざるをえなかったので、日中、ミニマムな今の生活をブログにつづるようになったら、思いがけずフォロワーが増え、アフィリエイトで前職くらいの収入が得られた。

「ないもの」を数えていたらきりがない。毎日足を開いて皿を洗うしんどさなど凌駕(りょうが)する暮らしの楽しみを、彼女は自分で編み出している。
 期間限定だから、不便や足りないことを楽しめるのだろうか。いや違う。なぜなら、彼女は、大阪の広くて快適なマンションを売りに出してしまったのだ。

「ものって、減らせば減らすほど、住みやすくなっていくんですね。いまやうちは体、手、髪も同じシャンプー1本で洗っています。切らしたとき、あれこれ探さなくていいし、ストックは1本ですむ。どんどん生活が軽やかになってゆきます。大阪に戻ったら、次は事務所のような古いマンションを、台所から全て自分たちでリフォームしてみたいんです。そしてできるだけものを少なく、シンプルに暮らしたい」

 番外編で『大阪の台所』を取材することがあったら、ぜひのぞかせてもらおう。大人ふたりの壮大なあそびの現場を。

>>写真の続きは画面下のギャラリーへ

東京の台所バックナンバー

PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/

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