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<106>老舗出版社の「知」を受け継ぐ 「神保町ブックセンター」

100年以上の歴史を持つ、岩波書店。1913年に東京・神保町の小さな古書店として創業し、翌年に夏目漱石の『こゝろ』を出版、出版業に本格的に進出した岩波文庫や岩波新書、『広辞苑』などでおなじみの日本を代表する出版社の一つだ。

岩波書店の原点ともいえる古書店があった場所にはいま、「神保町ブックセンター with Iwanami Books」がある。2016年までは「岩波ブックセンター」という新刊書店が営業していたが、運営会社会長の急逝で経営が破たん。約2年、空き店舗の状態が続いていた。

神保町交差点すぐの一等地が活用されていないのはあまりにももったいない話。そこに、店舗や施設の企画・運営などを手がけるUDS株式会社が名乗りを上げた。

「僕たちの会社はまちづくりに携わっています。神保町の中心地であるこの場所をどう活用するかを考えた時に、やはり本は欠かせないと考えました。ただ、本の売り上げだけでは厳しい。そこで、カフェとコワーキングスペースを併設することにしたのです」

そう話すのは、UDSの永礼(ながれ)欣也さん(34)。同社は銀座や新宿でもコワーキングスペースを運営しており、ノウハウを持ち合わせていた。2018年4月にこの店をオープン。1階には書店とカフェを融合した「本喫茶」と、月決めでレンタルするワーキングスペース「LOUNGE」、3階には24時間利用できる、自分だけの専用デスク「DESK」、6~13人までの個室オフィス「OFFICE」(現在は満室)を設けた。また、2階には予約すれば誰でも使える会議室やイベントスペースも用意している。

1階の書店スペースは、「岩波ブックセンター」時代と同様に、岩波書店が現在刊行しているほぼすべての書籍を揃(そろ)えているのが最大の特徴。その数、約9000冊にも及ぶ。日本の多くの出版社は、書店が仕入れた本を返品できる委託販売制を採用しているが、岩波書店では返品不可の買い切り制を採用。そのため、書店によっては岩波書店の書籍の種類が限られているところが少なくない。だから、岩波書店の本がほぼ揃っており、自由に手に取れるというだけで、他にはない大きな強みを持っていることになる。

岩波書店の書籍だけでなく、神保町や本に関する書籍、人文系や思想書などを取り揃える。アドバイザーに下北沢の書店&イベントスペース「本屋B&B」共同経営者の内沼晋太郎さんを迎え、同店スタッフとともにイベント企画に当たっている。

「岩波書店創業の地にあって、その歴史の流れをくむ店ですし、神保町には大型書店がいくつもあるわけですから、差別化を図る意味でも、この強みを生かさない手はありません」

店内の本はカフェスペースで試し読みもできる。テーブルにつくと、岩波文庫のカバーを外した本体表紙でおなじみの唐草模様があしらわれたメニューが置いてある。文庫本をめくるようにメニューを見ると、サンドイッチやビーフバーガー、チキンカレー、ドリアなどのしっかりしたフードメニューをはじめ、スイーツ、ソフトドリンク、アルコール類とかなり充実したラインナップだ。

「カフェというよりは“喫茶店”だと考えていて、しっかりと食べられるメニューをたくさん揃えています。ランチは7種類ありますし、夜は飲みながら読書を楽しむこともできるんです」

学術書が多い岩波書店の本が充実しているからか、シックな雰囲気の店構えからか、来店者の年齢層は高めだという。

「僕の会社のオフィスは神宮前にあるのですが、神保町の街と落ち着いた雰囲気が気に入って、この店にいることが増えました(笑)。若いお客さんもカフェを利用してくださってはいるのですが、本を買う人は少ない印象です」

1980年代生まれの永礼さん自身、本から情報を得ることはあまりなかったと率直に語る。しかし、同店の運営に関わるようになり、本の存在が身近になった。

「岩波書店の本は古典的なものや学術書が多いこともあり、本から学べるものはたくさんあるなと感じるようになりました。岩波ジュニア新書や児童書もあり、若い人も手に取りやすい本もたくさんあるんです」

オープンからまもなく1年。今までも店内でトークイベントなどを開催してきたが、若い人が本を手に取るきっかけになるようなイベントをもっと仕掛けていきたいという永礼さん。

神保町の中心で老舗出版社が紡いできた知の数々が、喫茶店やコワーキングスペースを兼ね備えたユニークな拠点で、どのように受け継がれていくのか。その試みは始まったばかりだ。

<106>老舗出版社の「知」を受け継ぐ 「神保町ブックセンター」

おすすめの3冊

■おすすめの3冊
『こころ』(著/夏目漱石)
言わずと知れた文豪・夏目漱石の代表作のひとつ。かつて親友Kを裏切って死に追いやったという過去を持ち、罪の意識にさいなまれながら生きる「先生」と出会った「私」が綴(つづ)る物語。「今この店があるのは、この場所で岩波書店の創始者が古書店を始め、この本を出版したから。うちを代表する本です!」

『読書について 他二篇』(著/ショウペンハウエル、訳/斎藤忍随)
一流の文章家だったショウペンハウエルが放つ、読書をめぐる鋭い寸言が詰まった一冊。「若い人にもっと本を読んでもらいたいという気持ちからこの本を選びました。これを読むと、『読む』という行為はどういうことなのかを改めて考えさせられます」

『モモ』(著/ミヒャエル・エンデ、訳/大島かおり)
時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子モモの不思議な物語。「僕が小さい頃に読んだことがあって、懐かしくなって再び読み返してみたところ、当時と受け止め方や感じ方が変わっていて面白かったのです。児童文学ですが、大人が読めば違った目線で楽しめるのでぜひ!」

神保町ブックセンター with Iwanami Books
東京都千代田区神田神保町2-3-1 岩波書店アネックス
https://www.jimbocho-book.jp/

写真 山本倫子

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。

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