鎌倉から、ものがたり。

“旅する大家”の古民家カフェ「甘夏民家/雨ニモマケズ」(前編)

 鎌倉の長谷といえば、高徳院の大仏さまが何といっても有名だが、今日はそちらには行かず、山側の住宅街へ。創建710年、鎌倉で最も古いといわれる「甘縄神明宮」にいたる道は、表通りの喧噪がうそのように、清らかに静まり返っている。

界隈は川端康成記念館や由緒ある洋館が点在する、鎌倉でも屈指の文化地区。そんな一画に、横山亨さん(45)・孫鎬廷(ソン・ホジョン)さん(44)夫妻が運営するシェアハウス「甘夏民家」と、週末だけのカフェ「雨ニモマケズ」がある。舞台は、庭に甘夏が実る日本家屋だ。

晴れた週末のカフェには、陽光とともに、穏やかな時間が流れていた。その雰囲気に、外国旅行で入った店で、ほっとひと息つく感じを思い出す。

「観光地・鎌倉の中で、まさにそのような場にしたくて開いています。グループではなく、ひとりかふたりで、ゆっくりと過ごしていただきたい。ですので、SNS全盛の時代に、できるだけひっそりとやっています」

そう笑う横山さんは、不動産会社「Safari B Company(サファリ・ビ・カンパニー)」の代表取締役。甘夏民家のほかに五つの物件を持つ“大家業”のプロだ。

出身は山形県米沢市。植村直己さんら冒険家の生き方に刺激を受けて、高校卒業後から世界放浪の旅を繰り返した。インターネットが普及していない時代だったが、5年で回った国は数十カ国。旅が人生の一部、という思いは今も変わらず、「旅する大家」を名乗る。

20代後半で大手不動産会社に入社し、500軒以上の不動産売買と、1000軒以上のコンサルティングにかかわった。不動産業の面白さにハマると同時に、相続、破産、離婚など、家にまつわる人生のリアルな場面もたくさん見た。そこから、「家って何だろう?」という根本的な疑問にとらわれるようにもなった。

「家を買えば幸せになれる、と企業は宣伝しますが、現実はそんなにうまくは行きません。そう思いながら、土地や家を売り続ける自分が、会社の奴隷のように思えることもありました。僕はもともと放浪志向がある人間です。世の中を縛っている資本主義的な価値観から、何とか抜け出して自立したい。土地や家も、『売れればいい』ではなく、『ここに住んで本当によかった』といってもらえるものを売りたい。そのようなことを、真剣に考えるようになったのです」

とはいえ安定した会社員生活を捨てる決心は、なかなかつくものではない。その背中を押したのも、やはり旅だった。

「会社員時代の最後は、何のために生きているのか、わからなくなっていました。やっぱり旅の中に生きたい、と強く思うようになり、会社を辞めて、また世界放浪に出ることになったんです」

旅をはじめてから数カ月後、ノルウェーで出会ったコーヒーに衝撃を受け、その場でカフェを開くことを決意。帰国後に「出会った」古民家が「甘夏民家」だった。

「この家は今年で築80年になります。このような木造の民家が、鎌倉をはじめ、日本各地で取り壊され、姿を消していくことに、僕はかねてから心を痛めていました。出会った以上は、この建物を残したい。身の丈以上の投資でしたが、自分で買う覚悟を決め、そこから必死に編み出したのが、シェアハウス兼自宅兼カフェという仕組みだったのです」

シェアハウスの流行に乗って、儲けることが目的ではなかった。歴史ある民家を「暮らしながら守る」ことで、次の時代に引き継ぎたい。その一念をもとに、内装や庭の整備もみずから手がけ、2年をかけて形にした。

「甘夏民家」は現在、シェアハウス8室とカフェ「雨ニモマケズ」、行政書士でもある孫さんと、横山さんのそれぞれのオフィス、夫妻が暮らす部屋と、多くの機能で成り立っている。リノベートでは防音、断熱に予算をかけ、共用、専用部分を問わず、主にヨーロッパのヴィンテージ家具や壁紙を使った。

明治・大正時代に書かれた夏目漱石の作品は、下宿屋を舞台にしたものが多い。「甘夏民家」は、いわば「現代の下宿屋」。そこに「建物文化の継承」という、横山さんと孫さんの理念が加わったことで、21世紀的なあり方になった。(→後編に続きます

甘夏民家/雨ニモマケズ
神奈川県鎌倉市長谷1−11−35

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

土曜の夜は参加自由。ひろがる鎌倉「まちの社員食堂」

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古民家カフェで続く、朝の掃除とあいさつ 「甘夏民家/雨ニモマケズ」(後編)

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