朝川渡る

水曜日の青山くん(2)黄身の味噌漬け

 

>>水曜日の青山くん(1)マスタード・ドレッシングからつづく

「魚の一夜干しってほんとに干して作るんだね。東京のベランダでもできるなんてびっくりだよ」
 夫の智紀がうまそうにアジを頬張り、素直に目を丸くしている。視線の先には、窮屈なベランダにつるされた青いカゴが、朝日に揺れている。

 キッチンで、太陽マルシェのぬか床に青トマトのぬか漬け(青山くんに教わった四つ割りにして、種をとって漬け込むものだ)をしこみながら、全子(みなこ)は言った。
「黄身の味噌漬け、お弁当に入れといたからね」
「おー、やったー。じゃ、玄米ぎゅうぎゅう多めに詰めて」

 塩麹(こうじ)、魚の一夜干し、梅干し、らっきょう漬け。息子が幼い頃アトピーだったのをきっかけに、狭いコーポのキッチンでいろいろ手作りするようになったが、栄養価や添加物といったうんちくよりなにより、自家製は旨くて安上がりだというところに全子は一番感心している。

 その感心に、夫の智紀も共感していた。そもそも母ひとり子ひとりで育った彼は、保険外交員の母が忙しく出来合いのものが多かったので、新婚時代から何を作っても、無条件で喜ぶ。勤め先の印刷会社にも、全子の弁当を持参し続けている。「おいしかった」も、水を飲むみたいにさらっと言える。

 卵の黄身の味噌漬けが好物で、みりん少々でのばした味噌に埋め込んでおくだけなのに、酒のつまみに出しても弁当のおかずに添えても、機嫌がいい。夜は、「料亭みたいじゃん」と言いながら、発泡酒をわざわざグラスに注いで、それをあてに晩酌をちびちび楽しむ。「安上がりで優しい男だよね」とは、口の悪いよっこさんの夫評だが、言い得ているなと聞くたびに思う。

 智紀は子育ての戦友でもある。
 敦也は、生後まもなくからアトピー症状が重く出て、小児科や皮膚科、大学病院をふたりで奔走した。全子が綿入れによもぎを入れた布団や風呂に入れる木酢液をネットで取り寄せれば、智紀はカモミールで有名な宿のアトピー治療合宿を、仕事帰りの旅行代理店で見つけ出してきた。
 北でも南でも、アトピーにいいと聞けば、労を惜しまず足を運ぶ。息子のためなら何でも試そうとする彼は、よっこさんの言うとおり、間違いなく優しい。

 ただ、歳月を重ねるごとに添加物や農薬に関する知識が増えていく全子に、「それは敏感を通り越して、ちょっと過敏じゃない?」と、指摘することが最近は増えた。敏感になればなるほど、彼との間に食の知識の差ができ、それは意識の差ともなり、抗(あらが)いがたいもどかしさが感情の波間に蓄積される。

 今朝、智紀が食事を終える頃、いつものように留学中の敦也の話になった。食後のお茶と梅干しのようなもので、大した意味はないが、それがないとなんとなく食事が終わらない。
「結局、あいつのアトピーってなんだったんだろうね。小学校に入学する頃には、うそのように肌、落ち着いてたもんな」
「おかげで私たちも玄米菜食で健康になったし、パパも痩せたじゃない。敦也のおかげだよ」
 智紀はずずーっと玉ねぎと車麩の味噌汁を飲み干すと、何げなく言った。
「あれは自然治癒だな」

 台所を片付ける全子の手が止まったことに気づかず、なおも続ける。
「体力がついてきたから、アレルギーの抗体もできて強くなったんだろうな」
「それはそうかもしれないけど、7年間の私の努力も忘れないでよ? 毎日、野菜やお肉の産地や栽培や飼育法や、調味料なら製造のしかたまで確認して、納得いくものだけで料理したんだから。そこはもっと評価してよパパ」

 敦也が海を渡り、夫婦きりになっても、パパママの呼び名を変えるタイミングを計りそこねている。
「うん、そだそーだ。ママはよく頑張った。んでさ、敦也もアメリカじゃん? もう薄味の野菜や乾物の煮物ばっかでなくてよくない? 俺、白い飯食べたかったんだよね」

 うすうすはわかっていた。だが、いかにも我慢していたような言い方が癪(しゃく)に障る。悪意にもとれるような言葉を雑に発する無神経さは、親しい仲でもときに棘(とげ)になる。

「玄米、やだったの? 噛(か)むと甘いし、痩せて一石二鳥だって、パパ言ってたじゃない」
 うん……。どちらにも取れる返事をして智紀は、残りの茶色ご飯を頬張り、もぐもぐしながら席を立った。出勤時刻だ。

 やるせない気持ちをどうにか丸め、背中に声をかけた。
「梅ジュース、会社に持ってく? 敦也がいないのに去年と同じ量作っちゃったから余りそうなの」
「いいや。休憩室のコーヒー飲むの、息抜きになるから」
 私の梅ジュースじゃ息抜きにならないのか。心の中で毒づく。と、玄関から独り言が聞こえた。
「コーヒーくらい好きに飲ませてくれよ」

 長く一緒にいると遠慮がなくなるという夫婦によくある話で、まだぎりぎり流せる。だが、これから夫婦きりの時間が長くなり、棘を次々と無意識に刺されたら我慢の堰(せき)が崩れそうだ。
 全てをわかってもらおうなどとは、しょせん傲慢であると全子は承知している。人はそう簡単には変われない。彼も、自分も。

 だからといって伝えあうことを諦めていいのか。自分の我慢をやりすごし続けられるのか。さりとて自分には夫にぶつかるエネルギーは残っているのか。人はそう簡単に変わらないとこの結婚生活で十分知っているのに。

 ベランダで赤い靴下が揺れている。早く水曜日にならないかな。別にあなたに飲んでもらわなくていい。私の梅ジュース、すっごくおいしそうに飲んでくれる人がいるの。
 茶色い米粒がこびりついた夫の茶わんを洗う。

「文化鍋じゃなくて炊飯器で炊く飯がいいな」と珍しく智紀が強く主張した3年前あたりから、キスをしなくなった。電気でなく、火加減をみながら炊く昔ながらのスタイルにこだわる全子は聞く耳を持たなかった。子どもに、火を使って煮炊きをする料理を知っておいてほしい、なんでもスイッチひとつで解決する暮らしはよくないと言い返した。

 たしかにそうだね、うんわかったよと彼はいつもの調子で明るく受け入れ、それ以降、暮らしに対する意見や希望を言わなくなった。
 だから、白米が食べたいという要望に少し驚いたのだ。自分はぷちぷちした食感の玄米が好きだ。これがないと便通も悪くなる。なにより酒好きで糖質過多の智紀の健康も気遣っての玄米である。

 ふと、よっこさんの言葉が頭をよぎる。
「同卓異食は離婚の元。私がそうだったからね」

 晴れない靄(もや)を感じながら皿洗いと洗濯物干しを終え、ダイニングテーブルに添削の解答用紙を広げようとしたとき、電話がなった。
「横山さんのお宅ですか? 太陽マルシェの黒木と申します。宅配を担当している」
 快活な水曜日の声が、初めて自らの名を告げた。

>>第3話へつづく

*皆さまのご感想や、「朝川渡る」体験のご投稿を、お待ちしております。

バックナンバー
朝川渡る

PROFILE

  • 央橙々

    小説『セカンド・ラッシュ』(『サンキュ!』ベネッセコーポレーション)にて作家デビュー。

  • 井上佐由紀(写真)

    1974年福岡県柳川市出身。東京都在住。写真家。九州産業大学芸術学部卒業。写真スタジオ、アシスタントを経て独立。現在はライフワークとして生まれたばかりの赤子の目を撮影しています。うどんとコーヒーがすき。
    コレクション:フランス国立図書館、サンフランシスコ近代美術館
    http://inouesayuki.com/ph/

水曜日の青山くん(1)マスタード・ドレッシング

トップへ戻る

水曜日の青山くん(3)柚子胡椒

RECOMMENDおすすめの記事