東京ではたらく

盲導犬訓練士:五百澤(いおざわ)朋子さん(31歳)

職業:盲導犬訓練士
勤務地:横浜
仕事歴:5年目
勤務時間:シフト制
休日:不定期

この仕事の面白いところ:決まった答え・正解がないところ
この仕事の大変なところ:自分の判断が相手の命に関わるという緊張感の中で、想像力と決断力を求められること

公益財団法人日本盲導犬協会で盲導犬訓練士として働いて5年目になります。私が今やっている仕事をするためには二つの資格が必要なのですが、「盲導犬訓練士」とは犬を訓練する技術についての資格、もうひとつの「盲導犬歩行指導員」は、視覚障害者の方に盲導犬と歩く技術を指導するための資格です。

盲導犬訓練士になるために、まず日本盲導犬協会に付設された盲導犬訓練士学校を受験し、そこで3年間かけて勉強、盲導犬訓練士の資格を取得しました。その後は職員として働きながら実務経験を積み、盲導犬歩行指導員の資格を取りました。

私は職員になってから4年で盲導犬歩行指導員の資格を取得したので実務経験は5年目ですが、訓練士学校を含めると8年目ということになります。

訓練士は通常、3~5頭ほどの犬を担当します。私は歩行指導員としての業務もありますので、訓練をしながら共同訓練や認定後の盲導犬ユーザーへのサポートも行っています。盲導犬の候補となる犬は、1歳になるまではパピーウォーカーという飼育ボランティアさんの元で過ごし、トイレなどのしつけを含め、人との暮らし方や様々な社会経験を積ませていきます。この期間は盲導犬として大切な「人が好き」という部分を育てる大事な時期でもあります。

盲導犬訓練士:五百澤(いおざわ)朋子さん(31歳)

神奈川県にある訓練センター。盲導犬と視覚障害者(ユーザー)が一緒に訓練を行うための宿泊設備があり、盲導犬を希望する人は、新規であれば約1カ月ほどセンターに宿泊しながら、その期間に犬の飼育方法から歩行まで様々なことを学ぶ

そして1歳になる頃に訓練センターに戻り、私たちのような訓練士が本格的な訓練を始めます。

「犬の訓練」と聞くと、人間の言うことを聞かせるという一方的なイメージを持たれるかもしれません。日本盲導犬協会では「犬の教育」という考えのもと、人間に絶対的に「服従」するというのではなく、犬が自分の頭で考えて判断し、行動できるように教えていきます。

例えば道に障害物があったとして、それを右から避けた方がいいか、左から避けた方がいいか。視覚障害者(ユーザー)は目で見ての判断がしにくいため、事前に犬に指示を出すことができません。そのため、曲がり角や段差で停止したり、障害物をよけたりするという作業は、犬が環境を見て判断し行動することが求められます。ユーザーは犬と自分をつないでいるハーネスから犬の動きを読み、状況を判断していきます。

こんな話をすると、「犬が自分で考えて判断するなんて、できるんですか?」と驚かれることがありますが、はい、できます。もちろん最初からできるわけではありませんので、そこを訓練士が教えていくというわけです。

では、どんな風に教えていくかと言いますと、最初は遊びからなんですね。おもちゃを使った遊びやシット(座れ)・ダウン(伏せ)などの指示を通して、もっとも基本的な指示である「グッド(Good)」と「ノー(No)」の意味から教えていきます。

盲導犬訓練士:五百澤(いおざわ)朋子さん(31歳)

犬の訓練の様子。五百澤さんが犬舎をのぞくと、待ってましたとばかりに犬が飛び出してきた。「犬たちにとって訓練は遊びの延長なんですよ」

たとえば遊びの中で犬が楽しそうにしているときに「グッド」と言いながらよくなでてあげます。そうしていくと、犬は「グッド」=「楽しいこと」「褒めてもらえること」だと理解します。

一方の「ノー」ですが、これは決して頭ごなしに叱りつけるわけではなくて、「違うよ、もう一度考えてごらん」という意味。犬は楽しいことが大好きなので、「どうしたら楽しいことがおきるかな? どうしたら褒めてもらえるかな?」と考えるようになります。

例えば初めて段差で停止することを教える時は、まずは段差の前でこちらが犬を止めてよく褒めます。これを何回か繰り返すと「ここに来ると褒めてもらえる」と覚えて、段差前に来た時に犬が自ら止まろうとします。訓練士はそうやって犬が自分で考えるように仕向けて、考えたことをよく褒めていきます。

犬たちは「視覚障害者が転んでしまうといけないから、段差の前で止まらなきゃ!」なんて考えたりはしませんし、できません。「とにかく段差の前で止まると褒めてもらえる、楽しい!」と思って、徐々に段差の前で立ち止まるようになるんですね。

ですので、犬たちにとっては「段差探しゲーム」をしながらお散歩しているような感覚。犬が楽しく歩いてくれて、結果的に視覚障害者が歩行中の危険を回避できるというわけです。

実際の視覚障害者との歩行では、人が的確なタイミングで指示を出せるとは限りません。犬が段差前で止まろうと減速していることに気付かず「ゴー(Go、進め)」の指示を出してしまうことだって起こりえます。そんな時でも自分で考えることができるように教えていくと、犬は自信を持って段差で止まることを選択するようになります。

盲導犬訓練士:五百澤(いおざわ)朋子さん(31歳)

ハーネスをつけての訓練。ユーザーはハーネスから伝わってくる犬の動きから、周囲の状況を読み取り判断し歩行する

犬が正しく作業を学んだかどうかは、訓練士がアイマスクを着けて実際に歩行しながら確認します。訓練の進捗(しんちょく)段階によって何度か行いますが、最終的には訓練士も知らないコースを歩いたりもします。実際の場面に近い状況でも、犬が自分で考えて行動できるかを見ていくんですね。

こうした訓練は訓練センターの敷地内で行うこともありますし、実際に街に出て行うこともあります。犬によっては訓練の初日から街に出ることもありますし、緊張しやすい犬は静かな住宅地から始めたり、気が散りやすい子であればまずはセンター内でハーネスをつけない訓練から行ったりすることもあります。

すべての訓練には決まったカリキュラムがあるわけではなくて、それぞれの犬の性格に合わせて進めていきます。そういう意味で、訓練士には犬の性質や個性を見極める力がとても大切。そこがこの仕事の面白い部分でもあります。

現在の盲導犬の訓練では、10頭訓練して盲導犬になるのは3~4頭くらいと言われています。私たちは「盲導犬になれなかった犬」ではなくて、「盲導犬にならなかった犬」というふうに言うのですが、それは決して残念なことではないんです。

例えば医師と教師、どちらが優れているかを比較できないように、犬にだって優劣なんてないんです。ただ「向いていなかった」だけ。盲導犬の仕事をストレスなく、楽しんでできる性格の犬をしっかりと見極めていくことが、私たちの役割なんです。

盲導犬が与えてくれる、外を歩く“勇気”

盲導犬訓練士:五百澤(いおざわ)朋子さん(31歳)

日本盲導犬協会の訓練では「おやつ」のご褒美は与えない。「グッド!」と言われることが最高のご褒美であり、楽しいことなのだと教え、最終的には訓練士以外の人の指示も理解できるようにする

盲導犬の訓練士を志したのは大学卒業後、大学職員として働き始めて1年ほど経った頃でした。実家でゴールデンレトリバーを飼っていたこともあり、小さな頃から動物は好きでした。でも動物に関する仕事に就きたいという具体的な夢は持っていなくて。ただ、小学生くらいの頃に盲導犬や訓練士を紹介するテレビ番組を見て、「いいな」と思ったことは覚えています。

高校を卒業して、あまり深く進路について考えることなく大学の文系学部に進学。私は人と違うことをする勇気がなく、極力世間の大多数の人と同じような人生を歩みたいと思うタイプだったので、その頃はとくに疑問にも感じていませんでした。

就職活動の時期はちょうどリーマン・ショックの頃で、空前の就職難。片っ端から企業の面接試験を受けましたが、なかなかうまくいかなくて。当時、とくにやりたいことがなかった私は、その代わりに「自分ができる仕事」を一生懸命探そうとしていたんだと思います。

今ならわかるのですが、これから社会に出て行こうとしている学生に「できる仕事」なんてないんですよね。それでだんだん追い詰められて、究極に悶々(もんもん)としていた時に、ポンっと頭に浮かんだのが盲導犬訓練士でした。

あまりにとっぴな考えに、自分でも「これは完全な現実逃避じゃないか!」と思いました(笑)。でもその後、幼なじみにそんな話を冗談交じりにしたら、「小さい頃からなりたいって言ってたじゃない」と言うんです。

盲導犬訓練士:五百澤(いおざわ)朋子さん(31歳)

同じ犬種(ラブラドールレトリバー)でも性格は実にさまざま。「盲導犬に向いている子、そうでない子がいて、当然なんです」

私自身はそんな記憶はなかったのですが、幼なじみがそう言うんだったら、自分では無理と勝手に諦めていただけで、もしかしたら本当にやりたいことってこれだったのかもと思えてきて(笑)。いったんは大学の事務局に就職したのですが、その間に盲導犬訓練士学校の募集を見つけて受験することにしました。

これは仕事をしていて強く感じるのですが、この仕事は「動物が大好き!」という情熱だけでは務まりません。というのは、犬の訓練の先には必ずユーザーという「人」がいるから。視覚障害者についての理解と知識がなければ盲導犬の訓練はできません。私は訓練士であり、さらに歩行指導員としても働いていますが、犬と関わる時間と同じか、それ以上に人と関わる仕事なんです。

ユーザーのお話をじっくり聞いて一緒に考え、犬とユーザーの両者がストレスなく安全な生活を送れるようにサポートするのが私たちの大切な仕事です。人とのコミュニケーションが重要になってきますので、動物だけでなく人と関わることが好きということも大切なのかと思います。とはいえ、私もまだまだユーザーとのコミュニケーションには悩むことがたくさんあるのですが……。

歩行指導員としての仕事は、まず盲導犬を希望する視覚障害者の方に犬を貸与するかどうかというところから始まります。共同訓練と呼ばれる犬との訓練に入る前に、まずはご本人の歩行や生活スタイルを確認し、盲導犬を持つことでその方の生活の質が上がるかどうかを考えます。

盲導犬訓練士:五百澤(いおざわ)朋子さん(31歳)

盲導犬訓練士には犬に関する知識だけでなく、視覚障害者の抱える問題への理解や心のケア、医療や福祉などの見識が欠かせない。センターにあるライブラリーには自由に閲覧できる資料がそろっている

視覚障害者の歩行手段は盲導犬以外にも、白杖(はくじょう)や目が見える方と一緒に歩くという3種類があります。盲導犬を持たなければ歩けないわけではなく、自分に合った歩行手段を選択できるということが大切なんです。

盲導犬、白杖、見える人と歩く、どれにもメリット・デメリットがあります。例えば、白杖には犬のように世話の手間がない、白杖は物に当たって確認するが盲導犬は物に当たらずに歩けるなど。よりその人に合う歩行手段を適切に選択していくことで、初めてQOL(生活の質)が向上します。そのためには盲導犬を取得する前に白杖の歩行訓練を提案することもあります。

ユーザーの中には、見えなくなってから恐怖心や歩くことへの億劫(おっくう)さなどから家にこもりがちになってしまっていた方もいます。以前担当したユーザーにもそのような方がいました。共同訓練を通して歩行技術は身につきましたが、「大丈夫かな? うまくいかないことが起こった時にまた引きこもってしまわないかな」と少し気にかけていました。

でも、数カ月後に様子を見に行くと、よく日焼けされて、見違えるように健康的になっていらっしゃったんです。「あれ、この方、こんなに顔色よかったかな?」って驚いたほどです(笑)。おまけに「散歩コースをうまく歩けなかったからもう1周してきちゃった」と言われた時には、うれしさと安堵(あんど)感から大笑いしてしまいました。

盲導犬訓練士:五百澤(いおざわ)朋子さん(31歳)

路上で訓練中。段差の前で停止している様子。五百澤さんが指示しなくても、犬が自分で判断して段差前で停止できた。こうした練習を繰り返し行っていく

歩行技術が向上したということだけでなく、迷っても一人じゃないという気持ちにさせてくれる盲導犬の存在が、その方の「歩きたい」という気持ちを、少しだけ後押ししてくれたのかもしれません。「近所のスーパーに行くのが楽しい」と話している姿を見ると、この仕事をしていて良かったなと思いました。

私は職員になってからずっと仙台の訓練センターに勤務していて、昨年横浜に異動してきました。関東で訓練をする中で感じたのは、盲導犬というのは、東京や横浜などの大都市ほどその力を生かしやすいのではないかということです。

もちろん地方や郊外でこそ生きてくる盲導犬の良さもあります。ただ、地方や郊外では公共交通機関はあまり整っておらず、一番近い最寄り駅でも自宅から車で行かなければならないというケースもあります。そうなると、盲導犬を生かせる場面が減ってしまうこともあります。

さらに農地が広がるような地域では通行人がまばらですから、もし視覚障害者が道に迷ったりした時に誰も助けてくれる人がいないんです。

盲導犬訓練士:五百澤(いおざわ)朋子さん(31歳)

◎仕事の必需品
「犬と一緒に街を歩くことが多いので、夏場はサングラスが必須。日焼け止めは冬でも塗っています」

盲導犬はタクシーではありませんから、目的地を伝えればそこまで案内してくれるなんてことはありません(笑)。安全に目的地に着くためには、ユーザーがある程度道を知っているか、周囲から情報を得る必要があるんです。

そういう意味で大都市というのは視覚障害者にとってありがたい場所です。どんな場所にも大抵は人がいますから、道を聞いたり、助けてもらったりすることができます。歩行訓練をしていても声をかけたり、援助を申し出てくれたりする方はたくさんいるんですよ。

都市部には視覚障害者に限らず多種多様な人々がいて、そこに住む人にとってもそれが当たり前の日常。自分と違う人を受け入れる寛容さ、キャパシティーがあるところも東京や横浜のいいところかなと思います。

今後の目標ですか? たくさんありますが、ひとつは自分の専門分野を持ちたいということです。例えば視覚だけでなく聴覚や肢体にも障害を持っている方や、ご高齢の方など、盲導犬を希望する方の中には複合的な問題を抱えている方もいらっしゃいます。そういう方々でも盲導犬を持てる可能性は十分にありますので、そこをサポートできるような専門知識を身につけていけたらと考えています。

あとは永遠の課題であるコミュニケーション能力をさらに磨くこと。自分が思う正論をユーザーに押し付けるのではなくて、その人その人にとってのベストなやり方、納得できる形を一緒に探っていきたいなと思います。犬とユーザー、お互いが楽しく快適に、そして安全に生活できる方法を見つけていける訓練士・歩行指導員になりたいですね。

■日本盲導犬協会

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。

コーヒーディレクター:山下敦子さん(33歳)

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通販会社バイヤー:竹内敦子さん(31歳)

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