花のない花屋

病室での「じゃがビー」を忘れない……。天国で母と再会する父へ花束を

病室での「じゃがビー」を忘れない……。天国で母と再会する父へ花束を

〈依頼人プロフィール〉
落合美月さん 22歳 女性
栃木県在住
大学生

8歳の頃、私は母をがんで亡くしました。当時はその事実があまり理解できませんでしたが、思春期になってだんだんと母のいない寂しさを感じるようになり、心の穴をうめるように父に甘えて育ってきました。

父は仕事一筋で厳しく、母がいる頃は週に1、2回しか会わないこともざら。友達との会話で、「昨日の夕食のときにお父さんが……」というのを聞いて、「お父さんと一緒に夕食を食べられるんだ!」と驚いたくらいです。

そんな調子だったので、幼い頃は父に愛情をかけてもらっているとはそれほど感じていませんでしたが、年齢が進むにつれて父の存在がとても大きくなっていきました。いつの間にか、「なにがあっても父がいるから大丈夫」と思える、心の中の柱になっていました。

そんな父に異変があったのが、私が大学1年の頃のこと。夏休みに実家へ帰ると、そこにいるはずの父がいませんでした。家にいたおばあちゃんに聞くと、「実はがんで入院している」と……。母が亡くなってちょうど10年目の出来事でした。「また大切な人がいなくなってしまう」という恐怖で目の前が真っ暗になり、しばらく事実を受け入れることができませんでした。

それでも勇気を振り絞って病室にお見舞いに行くと、入り口のネームプレートに父の名前が……。それを目にしたとたん、「本当に病気になってしまったんだ」と涙があふれてきました。それと同時に、今度は私が支えていかなきゃ、と使命感がめばえたことを覚えています。

医師に宣告された余命は半年。「来年はない」と思い、それからは入ったばかりのサークル、バイト、留学すべてを断念し、父とできるだけ一緒に過ごすことにしました。

結局、私の大学時代は実家と大学の往復でした。慣れない車いすを押したこと、病室で毎日のように父の好きな「じゃがビー」を食べたこと、検査結果が悪いと、泣きそうな顔をする私を明るく元気づけてくれたこと、就職活動中の私を応援し、面接前は「がんばれ」とメールをくれたこと、体が動かなくなることがわかっていたので、前もって私の内定祝いを買いに行ってくれたこと、車の運転が苦手な私が病院から家に無事に帰れるか心配して、亡くなる数時間前までメールをくれたこと……すべてがもう戻ることのできない宝物のような時間です。

結局、父は昨年の12月、3年半の闘病の末亡くなりました。余命半年と言われた父が懸命に生き抜いた姿は私たち家族の誇りです。

そこで、病気と闘った父へのおつかれさまと、天国での母との再会を祝う気持ちを込めて、父にお花を作っていただけないでしょうか。

父はもの静かで芯の通った性格で、厳しい反面、とても心配性で愛にあふれた魅力的な人でした。父の戒名にも入れた「山茶花(サザンカ)」を中心に、落ち着いたあたたかみのある、まるで父そのもののような花束にしてもらえるとうれしいです。父は建築士で、海外旅行が趣味。ちょっと変わったものも好きだったので、変わった植物も入れていただけますでしょうか。

病室での「じゃがビー」を忘れない……。天国で母と再会する父へ花束を

花束を作った東さんのコメント

病気と闘い天国でお母様との再会を果たすお父様へ、感謝の気持ちを込めた、鮮やかなピンクのサザンカの花束です。

依頼者のお父様は、「静かで芯の通った性格で、厳しい反面、とても心配性で愛にあふれた魅力的な人」とのことでしたので、そんなお父様をイメージして、ストレートに表現してみました。

花材は、サザンカ、エピデンドラム、ガーベラ、エアプランツ、ハラン。

依頼者の方はお若いのにしっかりされていて感心いたしました。

病室での「じゃがビー」を忘れない……。天国で母と再会する父へ花束を

病室での「じゃがビー」を忘れない……。天国で母と再会する父へ花束を

病室での「じゃがビー」を忘れない……。天国で母と再会する父へ花束を

病室での「じゃがビー」を忘れない……。天国で母と再会する父へ花束を

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

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PROFILE

  • 宇佐美里圭

    1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

  • 椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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自分のことは二の次。いつも他人を優先して生きてきた母に花束を

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<301>「母に笑顔が戻りますように」うつ発症も乳がんの私を支え続けてくれた母に花束を

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