パリの外国ごはん

私はいまパリのチュニジアにいます。「Chez Bob de Tunis」

私はいまパリのチュニジアにいます。「Chez Bob de Tunis」

日替わり料理を頼んで出てきたもの。テーブルクロスが一気に旅気分を盛り上げる

取材で訪れたあるサンドイッチ店で、取材中に話が盛り上がり、シェフがオススメの店をいくつか教えてくれた。その中に、チュニジア食材店があった。イートインもできるその店の名物は“フリカッセ”と呼ばれるチュニジアではとてもポピュラーなサンドイッチで、揚げパンに具を挟むのだそうだ。「それ以外にも揚げ物や煮込み料理もあるよ」と聞き、すぐにその店を見に行った。

まだクリスマス前だったけれど、早くにバカンスに入ったのかシャッターが閉まっていた。看板にcacherと書かれている。cacherは、casher、kascherなどと綴(つづ)られることもある、ユダヤ教の法にのっとった清浄な食物を提供することを意味する言葉だ。ということは、定休日も土曜だろう。

年末からずっと日本で過ごし、2月に入ってパリに戻った私は、帰った翌日、シェ・ボブ・ドゥ・チュニスに行った。ランチタイムを過ぎた店内に、お客は誰もいなかった。「まだお昼食べられますか?」と聞くと、店主と話していたマダムが「大丈夫よ、好きなところに座って」と私に言った。

私はいまパリのチュニジアにいます。「Chez Bob de Tunis」

付け合わせ類が並ぶ、店内入って左手のショーケース

そしてフランス語ではない言葉で、少々大きめの声で店主に何か伝えた。店主はどうも耳が少し遠いようだ。聞くやいなや店主はいきなり言い始めた。「いまあるのは、ここにある揚げ物と、フリカッセ、それに今日はメルゲーズを入れた料理があるよ」。

寒くて、サンドイッチの気分ではなかった。店の奥の台に、大きな鍋が置かれている。「じゃあ、今日の料理をいただきます」と伝えると、ムッシュは黙って、店内奥に消えた。マダムは店主に声をかけて帰って行った。

店の中程にあるテーブル席に座ると、店主が奥から出てきて、オリーブなど冷たい総菜の並ぶショーケースの裏側に入り、なにやらよそい始めた。

私はいまパリのチュニジアにいます。「Chez Bob de Tunis」

ケースの中、右にあるのがフリカッセに使う揚げパン

店内奥の壁の高いところに取り付けられたテレビからは、競馬中継が流れていた。右手の壁には、チュニジアの選手だろうか、ボクサーの写真が何枚も飾ってある。左側の壁に、黒板メニューがあった。いちばん下にplat du jour (今日の料理)と書かれている。でも値段は消えていた。テーブルにはタイルを模した柄の、ビニールコーティングの施されたクロスがかかっている。

私はいまパリのチュニジアにいます。「Chez Bob de Tunis」

きっとチュニジアに行ったらこういう食堂があるにちがいないと思わせる内装

店主が、レモンやカブ、オリーブの盛られた小皿をテーブルに置いた。途端にそこは、チュニジアの食堂になった。パリに帰ってきたばかりなのに、突然、チュニジアに旅したようだ。異国情緒満載だった。

すぐに煮込み料理も運ばれてきた。トマト味をベースにした煮込み料理らしい。このパンは一体どこで売っているのだろう?と、パリで目にするのは初めてじゃないかと思える表皮も色も薄く、白い身がびっちりのパンを半分に分けたものも持ってきてくれた。

店主に写真を撮っていいかと尋ね、「私はいまパリのチュニジアにいます」、そう心の内でつぶやいてから、パシャパシャと急いで撮って、冷める前に煮込み料理を口に運んだ。

私はいまパリのチュニジアにいます。「Chez Bob de Tunis」

まず最初に出てきたお通し。お漬物的存在の小皿

具が面白い。ソラマメにマッシュルーム、たまねぎ、じゃがいも、ピーマン、赤唐辛子も青唐辛子も入っている。そこに、メルゲーズ・ソーセージとゆで卵が加えてある。辛みはそれほどなくて食べやすい。違和感を覚えない味。スプーンは必要なく、フォークで事足りるくらいにとろっと煮込んであった。まだチュニジアに行ったことはないが、“現地に行くとこういう食堂あるよね”と確信できるような料理とテーブルと額に入った写真がいっぱいの壁と蛍光灯の店内で、そこには一体感があった。

冷たい総菜の盛られた皿にも手を伸ばす。まずはカブから。酢漬けかと思ったが、酢の味はしなくて、塩漬けのようだ。隣にあるレモンの塩漬けコンフィの味が移ったのかレモンと一緒に漬けているのかわからないが、少しレモンの味がした。トマト、たまねぎ、きゅうり、ズッキーニを合わせたサラダは、さっぱり。塩味も薄い。カブの下にあるどろっとした野菜の汁を合わせたようなものは辛みが効いていた。キムチではないけれど、少し発酵しているような印象だ。総じて、漬物盛り合わせ。

私はいまパリのチュニジアにいます。「Chez Bob de Tunis」

この日の料理

煮込みは優しい味で、ジャガイモと卵が入っているおかげで、しばらく食べ進めてもパンを欲しなかった。それでも、このみっちりと身のつまったパンを味見したくて、煮込みの汁に浸して食べた。汁気がついても崩れない。そして、味はどこにも主張がない。

たとえば初めて訪れる国の旅先の宿でこういう、これといった主張のない味の料理が毎日出てきたら、きっと私は毎晩、その料理を食べに夜は宿に戻るだろうなぁと思った。なぜか知らないけれど、一度でなじめる味と言うのだろうか。私が食べている間じゅう、店主が、競馬中継に気を取られっぱなしなのもよかった。この放って置かれる感じが、旅先のそれだった。

私はいまパリのチュニジアにいます。「Chez Bob de Tunis」

メニューはこの黒板だけ

帰り支度をしながら、テレビの中のレースがひと段落するのを待った。いつの間にかテレビから目を話した店主が、マフラーを巻いている私に「その大事なもの、忘れないようにね」と、椅子に置いたままのカメラを見ながら言ってきた。

お会計を済ませると、ちょうどそこに、男性がひとり入ってきて「フリカッセをください」と注文した。例の揚げパンサンドイッチだ。漬物類が次々に挟まれ色鮮やかになっていく。その様子に目を奪われながら「毎日あいているのですか?」と店主に聞いたら「やってるよ。でも、土曜は休みだよ」と答えた。

私はいまパリのチュニジアにいます。「Chez Bob de Tunis」

宗教上、土曜日が定休日です

Chez Bob de Tunis(シェ・ボブ・ドゥ・チュニス)
10, rue Richer 75009 Paris
01 45 23 51 79
8時~18時
土休

PROFILE

  • 川村明子

    東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食にまつわる活動を開始。現在は執筆のほか、パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けている。著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、昨年末に『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)を出版。
    noteで定期講読マガジン「パリの風と鐘の音と。」始めました!

  • 室田万央里

    無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。
    17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。
    モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。
    イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
    野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
    Instagram @maorimurota

■川村さんからのお知らせ

12月27日に新刊が出ました。初のエッセイです。便利と少し距離を置いたパリの暮らしを食の観点から書きました。

『日曜日はプーレ・ロティ -ちょっと不便で豊かなフランスの食暮らし-』(cccメディアハウス)

ちらのページに、目次や「はじめに」の章が掲載されています。ぜひご覧ください!

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