book cafe

<107>「ずっと持っていたい本」が並ぶ葉山の店「BOOKSHOP Kasper」

「綿密に計画するのは苦手なので、まずはやってみてから考えることにしています」

JR逗子駅から車で約10分、国道134号線沿いにある「BOOKSHOP Kasper」。オーナーの青木真緒さん(40)は、自然が豊かな神奈川県葉山町でブックカフェ兼ギャラリーを営むに至った自分をそう振り返る。

会社勤めを2年で辞め、1年間ベルリンに留学したのは14年前のこと。古書店街の近くに居を定め、足繁く通ったという。店主がコーヒーを出してくれたり、「何読んでるの?」と話しかけたりしてくれたことが、うれしい思い出として心に刻まれた。

写真やアートが好きだった青木さんは、留学中に自分がいいと思った本を買い集めて帰国した。「オンライン書店なら自分にもできるかも」と思いつき、手元にある本を試しに販売しはじめたところ、オンライン書店主が実際に本を売るイベントから声がかかるようになった。さらには、イベントへの出店がきっかけで、藤沢市にあるギャラリーから、「本をテーマにしたイベントをやってほしい」と依頼されることに。これが縁で、オーナーから空いている部屋でお店を開かないかと誘われた。

「お誘いがあり、図らずもリアルなお店をやることになったんです」

オンライン書店は洋書のみだったが、藤沢のギャラリーでは日本の本を扱い始めた。2011年の東日本大震災を契機に、自分の生き方を考えるようになり、身近なものに目が向くようになったからだ。また、同時代に本やアートを作る人の話に耳を傾け、その作品を広く伝えたいという気持ちに気づいたともいう。

当時は横浜在住で2人目の子どもがおなかにいた。出産後、保育園に乳児を預けて藤沢のギャラリーで仕事を続けることは困難に思えた。

「もしもこのまま本屋を続けるなら、やり方を変えなくてはいけないと思ったんです」

そこで青木さんが選んだ選択肢は、自分の店を持つこと。出身地の横須賀にもほど近い葉山で、ブックカフェとギャラリーを作ることに決めたのだ。

「この仕事を続けることを一番応援してくれているのは夫。『やるなら本気でやらなくてはいけない』と背中を押してくれました」

一家で葉山に引っ越し、2016年3月にオープンした店は、二つの空間で構成されている。引き戸を開けて店内に入ると、本や雑貨が並ぶ壁面の本棚があり、窓側には小さな椅子が5脚。ここで陽の光を浴びながら、ドリンクや焼き菓子を味わうのはさぞ心地がよさそうだ。本は、「ずっと持っていたい本」を基準に、青木さんが選書。絵本、料理本、アートや写真の本、詩集、エッセイなどが揃(そろ)う。

「『今日は、本を買うつもりじゃなかったのに』といって、ここで見つけた本と一緒に帰ってくださるとうれしいですね」

奥の部屋はギャラリースペース。こちらも青木さんが、「この人にぜひ」というアーティストに声をかけ、3週間ごとに企画展を行っている。この店を開いてみて一番驚いたのは、店を訪れる人たちのアートへの関心の高さ。SNSなどで発信すると、わざわざ遠方から来客も珍しくないという。

「葉山は決して来やすい場所ではないのに、ここまで足を運んでくださり、さらには、『この作品を持って帰りたい』と言ってくださる方の多さに驚かされました。売れなくて当たり前と思われがちですが、私はいつも売れることを目指していて、そのことが作家さんへの一番の支援と思いながらやっているので、作品を買ってくださるということは、その思いが通じたということなのでとてもうれしいです」

ブックカフェやギャラリーを訪れる客は、地元の人と遠方の人がほぼ半分ずつ。藤沢の間借り時代とは異なり、一家で移住して拠点を構えたことで、公私共に人との交流の輪が一気に広がったという。

「私がすごく気に入っている本を置いていたら、『近所に住んでいるんですけど、この本を編集したのは私なんです』と言われたり、近所で料理教室を開いている料理家さんが同じ高校出身だったり……。意外なつながりの連続に助けられています」

かつて青木さんがベルリンで通っていた書店のように、今、青木さん自身が居心地のよい空間を葉山の地に根付かせている。

<107>「ずっと持っていたい本」が並ぶ葉山の店「BOOKSHOP Kasper」

おすすめの3冊

■おすすめの3冊
『The Red House in The Woods』(画/Kent Iwemyr)
スウェーデンに住む、76歳の画家の画集。「スタッフと一緒にニューヨークに買い付けに行き、ギャラリー巡りをしていた時に、この画家の作品に出合いました。ダークなんだけどどこかかわいくて、『こんな絵見たことない!』と気に入って、そのギャラリーにあった画集を3冊買ってきたんです」

『幸せについて』(著/谷川俊太郎)
まもなく87歳になる詩人・谷川俊太郎さんが、幸せについて、今、考えるすべてを語った1冊。「この本を出版しているナナロク社は以前からずっと好きでした。実はこの本の関係者がお店の近くに住んでいて、子どもが同じ保育園に通っていてびっくりしました! 『幸せについて』というテーマも、いまを生きる人にとって関心が高いと思うので、これを選んでみました」

『ほんとうの空の下で』(著/ノグチクミコ)
福島県浪江町の山里で暮らしていた、おじいさんと年老いた犬の物語。「ノグチさんがおじいさんの生きざまに胸を打たれ、数年かけて完成させた絵本です。ノグチさんとはオンライン書店時代のイベントで知り合ったのですが、その後、ギャラリーで展示をお願いしたアーティストとも間接的につながりがあり、偶然の出会いに驚きました。丁寧に描かれたこの作品は文字がなく、心に深く突き刺さります」

BOOKSHOP Kasper 
神奈川県三浦郡葉山町一色1462-5
http://www.kasper.jp/

写真 山本倫子

>>写真の続きは画面下のギャラリーへ

PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。

<106>老舗出版社の「知」を受け継ぐ 「神保町ブックセンター」

トップへ戻る

<108>大切なのは、自分が「いいな」と思えること 「kuutamo」

RECOMMENDおすすめの記事

Recommended by Outbrain