このパンがすごい!

看板がなくて無人!? アート作品のようにパンを陳列する謎すぎるパン屋/3ft

看板がなくて無人!? アート作品のようにパンを陳列する謎すぎるパン屋/3ft

ギャラリーのような内部

パン屋はどこだ? バスを降りて途方に暮れていると、まったく何気(なにげ)ない交差点の一隅にそれはあった。

看板がなくて無人!? アート作品のようにパンを陳列する謎すぎるパン屋/3ft

外観

目を凝らして見れば、つるっとした打ちっぱなしのコンクリートの壁に開口部があり、階段がついている。ギャラリー? 看板もなにもなくて、確証も持てないまま近づいてみると、壁に「3ft」と文字が。

看板がなくて無人!? アート作品のようにパンを陳列する謎すぎるパン屋/3ft

打ちっぱなしの壁に「3ft」。店を示す看板はたったこれだけ

3、4段の階段を上り、つづいて階段を下る(じゃあ、なんのための階段?)。内部は……なにもない!? いや、ある。打ちっぱなしの壁、床。壁際のテーブルには、1種類につきたった1個ずつ、アート作品のように陳列されている(ドーム状の透明な覆いをかぶせられて!)。吹き抜けの高い天井を見上げると、窓から光が落ちてきていた。安藤忠雄作の美術館? しかも無人。

看板がなくて無人!? アート作品のようにパンを陳列する謎すぎるパン屋/3ft

パンはカプセルの中に

とまどいながら立ち尽くしていると、どこかに通じる隙間の中から女性が出てきて「ご予約の方ですか?」。名前を告げると、ネット予約したパンを手渡してくれた。お金を支払おうとすると、「カードしか使えません」。現金使えないのか!

後頭部を鈍器で殴られたあと、平手打ちを5、6回かまされたぐらいの、それはそれは衝撃的なパン。どれもこれも、パンという名の飲み物だった。

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瑞々しい

看板がなくて無人!? アート作品のようにパンを陳列する謎すぎるパン屋/3ft

トマトマト断面

「瑞々(みずみず)しい」(という名前の)生地でできた「トマトマト」。持てば水枕、つまめば糊(のり)、口に入れればういろうのごとし。驚異的な加水ゆえに口に入れた瞬間、固形物であることをやめ、トマトポタージュになる。

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たわわ 1/4

「たわわ」は、溶け味の魔力がやばすぎる。たんぱくはとろけ、ぎりぎりパンの構造を支えるのみ。レーズン、くるみ、オレンジ、そしていちじくが混然一体となり、煮立てたおかゆのようにとろとろで滋味深く、まろやか。皮から旨味(うまみ)がちょちょぎれ、くるみのお焦げと相まってすばらしい。

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お角

「お角」という名の食パンは、耳がざくざくにクラッシュする。バター感の明度はクロワッサンに迫る。気泡の蜂の巣は瞬間的に唾液(だえき)を吸い込み、驚異的な吸水と合流し、旨味の奔流となって喉(のど)へ流れ落ちる。バター感、小麦の旨味、発酵の香りが順繰りに訪れてはぐるぐるまわるメリーゴーラウンド状態。

頭の中は「?」でいっぱいだった。なにをどう考えたら、こんなパン屋ができあがるのか? まだ30歳のオーナーシェフ、中村隆志さんに話を聞いてみる。

看板がなくて無人!? アート作品のようにパンを陳列する謎すぎるパン屋/3ft

中村隆志シェフ

――なぜ吹き抜けからトップライト?

「海の底のイメージです」

――なぜハード系しか作らない?

「ソフト系のパンはまわりのパン屋さんがたくさん作っているから」

――なぜ見本だけ置いて、パンを店に並べない?

「乾燥しちゃうのが気になって」

――なぜ何屋だかわからないような店を?

「以前はここから少し離れたところにある、ビルの3階で販売してました。店名もつけずに。お客さんからは『名前のないパン屋』と呼ばれてました。最初の2カ月、お客さん誰も来なくてやばいと思いました(笑)」

このように、中村さんの発想はすこぶるぶっ飛んでいる。

製法もまたしかり。5種類もの発酵種を管理。前述の「たわわ」であれば、そのうち4種類もの発酵種を使って複雑な風味を作り出す。100%前後の大量の水分をふくませた生地(通常は60~70%)を、常温、あるいは17℃という高めの温度で一晩発酵させる。雑菌が繁殖しないぎりぎりの温度帯は、酵素が盛んに、小麦の中のデンプンやたんぱく質を分解、糖分やアミノ酸が作られるので、豊かな香りや味わいが期待できる。生地は溶け、水分と相まって、飲み物のようなスペシャルな口溶けになるというわけだ。

その代わり、発酵状態は日ごとにぶれ、パンをふくらませるのも大変だ。成形を見せてもらった。焼く前日の発酵の前段階で行う。窯に入れる当日は分割・成形を行わないから、発酵でオーバーナイトする間にできる気泡が潰れず、そこにたっぷりふくまれた風味をそのままパンへと持ち越せるわけだ。成形法自体も少し変わっている。丸めるというより、生地を折りたたむ感じ。

「生地が上に伸びるように、たたんで導いてあげる。締めながらしっかり成形しないと翌日まで生地がもたないんです(酵素が働いて生地が溶けるから)」

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栽培を依頼している小麦の生育をチェック

取材のあと、不意に「このあと時間は空いてますか?」と聞かれた。見せたいものがあるようだ。車で10分ほどのところにある、広々とした農地。ここで、中村さんは、知り合いの生産者に協力を仰ぎ、小麦を生産している。野心的な試みだ。南紀をドライブ中に発見した、和歌山県の在来種「おませ小麦」の種を譲り受けた。将来、この小麦を使ったパン屋を開くのが夢だという。どこまでもぶっ飛んだ発想。でも、私は確信する。中村さんの視線の先に、パンの未来はある。

>>続きは画面下のギャラリーへ

■3ft (サンエフティー)
和歌山市堀止西2-1-1
073-426-8089
9:30~15:00(売り切れ終了、不定休)
https://www.3ft.site

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

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