上間常正 @モード

伝統を重んじた前衛的なデザイナー、カール・ラガーフェルドの死

伝統を重んじた前衛的なデザイナー、カール・ラガーフェルドの死

ラガーフェルドの生前最後のショーとなった2019年オートクチュールコレクション=2019年1月、パリ/Reuters

火曜日(2月19日)に伝えられた、ファッション界の帝王とも言われたデザイナー、カール・ラガーフェルドの訃報(ふほう)は、長く続いたひとつの時代が終わったことを象徴するような出来事に思えた。彼は、かつては最も革新的だったが賞味期限切れになっていたシャネルのスタイルを、鋭い時代感覚と美意識で再起動させた。そのオーラはとても魅力的だったが、それはパリを中心とする西洋的な規範とファッションシステムの枠内で、その枠が限界にきていることを示しているように思えるのだ。

パリ・コレを見始めた頃、パリのブランドのショーはどれも何だか古臭く感じる中で、シャネルだけは特別のオーラを感じさせた。そのため、イッセイミヤケやコムデギャルソン、またマルジェラらベルギーの前衛派ブランドのショーを見る時と同じような緊張感を強いられた。パリの最も古いオートクチュールブランドなのになぜだろうかと不思議だったが、そのわけが分かってきたのはずっと後になってからだった。

伝統を重んじた前衛的なデザイナー、カール・ラガーフェルドの死

2004/05年秋冬コレクションのキャットウォークで=2004年7月、パリ /Reuters

カール・ラガーフェルドは1933年、ドイツのハンブルク生まれ。絵が天才的にうまかったがファッションデザイナーを志し、10代後半にパリのオートクチュール組合の洋裁学校に入学した。モロッコから来た同じ年頃のイヴ・サンローランも一緒だった。在学中に国際デザインコンクールのコート部門で優勝、ピエール・バルマン、次いでジャン・パトゥのアトリエで修業した後、イタリアのフィレンツェに遊学して美術史を学び、ドイツとは異なるヨーロッパの文化や伝統に親しんだ。

パリに戻り、フェンディやクロエのデザインを手掛けて活性化させたが、その本領を最も発揮したのは1983年から始めたシャネルの仕事だった。彼はあらかじめシャネルのスタイルを徹底的に研究した上で、それとラップやストリートファッションなど最新のポップカルチャーを抜群のミックス感覚で組み合わせた。そのことで、シャネルの最も保守的な顧客のニーズも満たしつつ冒険的な若いイメージを同時に表現できたのだと思う。

彼は自身の基本スタイルをも同時に表現することも忘れてはいなかった。シャネルの2009年秋冬コレクションでは、ダンディズムの祖として信奉していた19世紀初頭の英国人貴族ジョージ・ブランメルに影響された自身のいつものスタイルを、黒いツイードのシャネルスーツに引用して評判になった。

伝統を重んじた前衛的なデザイナー、カール・ラガーフェルドの死

シャネル09年秋冬コレクションから=大原広和氏撮影

彼のトレードマークといえば、ブランメル風の黒いロングジャケットと銀髪のポニーテール、濃いサングラスとステッキだった。ショーのフィナーレではいつもその装いで、モデルを引き連れて舞台を歩く姿をもう見ることはできない。

彼の仕事はそんな風に、ココ・シャネルと彼の時代、伝統と現代性、女性と男性……といった幾つもの壁を自由に軽々と行き来する試みだったと考えることもできる。しかも彼は自身の名のブランドも含めて4つのブランドのデザインをこなしていた時期も長かった。それぞれのブランドは異なる基本スタイルがあって、彼はそのスタイルを忠実に使い分けていた。こんな仕事ぶりは空前絶後のことで、同じようなデザイナーは多分もう現れないだろう。

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2013年春夏プレタポルテコレクション=2012年10月、パリ /Reuters

東日本大震災の翌年の2012年にシャネルのメガショーのため来日した際に初めてインタビューした中で印象的だった言葉をいくつか覚えている。ドイツなまりがほとんどない美しいフランス語なのにあまりに速すぎてよく聴き取れなかったせいもあるのだが、その一つは「私は常にココ・シャネルに立ち返ることにしている。だが同時に私は変化が好きで、何にも縛られたくないのです」

来日は大震災で沈む日本市場へのてこ入れだったのだろうが、彼自身の日本への思い入れもあったと思う。しかしそれ以上に、あの震災が日本の産業社会の時代の区切り目だったこと、そしてカール・ラガーフェルドという天才的ともいえるデザイナーの死がくしくも一致しているように思えてならない。

伝統を重んじた前衛的なデザイナー、カール・ラガーフェルドの死

シャネルのブティックには白い花を携えたファンが次々訪れた=2019年2月19日、パリ/Reuters

PROFILE

上間常正

ジャーナリスト、ファッション研究者。1972年、東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社。記者生活の後半は学芸部(現・文化くらし報道部)で主にファッションを担当。パリやミラノなどの海外コレクションや東京コレクションのほか、ファッション全般を取材。2007年に朝日新聞社退社、文化学園大学・大学院特任教授(2019年3月まで)としてファッション研究に携わる。現在はフリーの立場で活動を続けている。

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