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<108>大切なのは、自分が「いいな」と思えること 「kuutamo」

 会社勤めを思い切って辞め、お金も手間もかけてやっとオープンさせた自分のカフェ。でも何かが違う……。そんな違和感を覚えてしまったとしたら、あなたならどうしますか?

①一度始めてしまった以上、なんとかして続ける
②大変なことになる前に、店をたたむ
③今の店をやめて、納得のいく店を立ち上げ直す

 この中で最もハードルが高そうな③という選択肢を選んだのが、JR高円寺駅から徒歩5分、環七沿いにある「kuutamo」のオーナー・古谷佳子さん(50)だ。実際のところは、①を経て③を選ぶことになるのだが。

「前のお店をやっている時は、周囲の期待に応えたい、お金をかけた分、稼がなきゃいけない、人件費を確保しなきゃいけない、ってことばかり考えていて、自分の店なのにずっともやもやしていました」

 最初のカフェを練馬区中村橋でオープンしたのは2016年のこと。シングルマザーの古谷さんは、子ども2人との生活のために懸命に働いていたが、勤め先で責任ある立場への異動を打診されたことが転機になった。

「漠然と自分の店を作ってみたいという思いはありましたが、もし異動の話を受ければ、その先の起業や独立はおそらく無理。『このまま会社勤めを続けていくのが私の人生?』って思ってしまったんです」

 既に大学生になっていた子どもたちに相談したところ、「これからは好きなことをやったら? だめでもなんとかなるじゃん」と背中を押してくれた。人がくつろげて、誰かと誰かが出会えて、本がたくさんあって、自分にとっても居心地のいい場所を作りたいと考えた時、カフェに行き着いた。

「内装もすてきで、格好いいお店になったんですけど、素人ゆえ半ば他人にお任せ状態になっていた上に工期が大幅に遅れたことから、大前提だったはずの本棚が作られず、少し違うかもという気持ちが片隅にありました。考えていたよりも席数が多く、人を雇って店を回さないとお店は続けられない。1年目はとにかくがむしゃら。もちろんお客さんが来てくれて、いろんな人と出会えて楽しいこともあったんですけど……」

 2年目に入って少し余裕が出た頃、もともと本が大好きだった古谷さんは、店に古本を置き、販売してみることにした。興味を持った客におすすめの本を紹介し、買ってくれるお客さんがいるとうれしくなった。やがて、店で読書会など本にまつわるイベントも始めるように。そうこうするうちに、「やっぱり私は人に本をおすすめして、売ることがしたいんだ」という自分の思いをはっきりと自覚するようになっていた。気づけば、借りている店舗の3年目の更新時期が迫っていた。

「自分の店なのに、ずっともやもやしながら店を存続させるために毎日店をあけて、売り上げを気にしながら続けられるのかと考えた時、自信がなくなっていました。ちょうど慣れていたアルバイトの人たちが他の仕事が忙しくなったり就活が始まったりしまして、また新しい人を採用して、となるとますます動きづらくなります。これは最後のチャンスかもと思って、思い切って移転しよう! と。でも、ちょっと無謀でした(笑)」

 そうして昨年9月にオープンさせたのが、現在の店だ。高円寺を選んだのには理由がある。古谷さんが生まれて間もない頃まで、両親がここで書店を営んでいたからだ。内装は専門業者に頼まず、友達や子どもたちの力を借りて仕上げた。切り盛りするのは古谷さんひとり。店をあける時間帯も、自分の無理のない範囲内に決めた。ときには体調を崩す日もあれば、気になるイベントに参加したいこともある。そんな時は、「この日は定休日にします!」とはっきり宣言することにした。

「このあいだ、はじめて来たお客さんに、『店長さん、自由そうですね』って言われたんですけど、自由オーラが出てるみたい(笑)。心身ともにすっごく楽になりました!」

 店内にはお気に入りのアンティークの本棚に、自分がいいなと思う小説やエッセイ、歌集などの古本や、直販で仕入れた新刊を揃(そろ)え、人に販売スペースを貸す本の委託販売などを行っている。

「自分が好きなものだと偏りがちなので、委託があると私も新鮮でちょうどいいんです。古本の値付けも、お客さんがちょっと興味を持ったら気軽に買えるくらいを意識しています。ここがきっかけで本好きな人が増えたらいいなって思って」

「kuutamo」という不思議な響きの店名はフィンランド語で“月明かり”の意。

「フルタイムで忙しく働いていた頃、仕事帰りの月明かりが好きだったんです。興奮している時は心が落ち着き、悲しい時は気持ちがあがる。心をフラットにしてくれる月のような、静かなお店にしたいって思いがありました」

 常に何かに追われ、違和感にもやもやしていたものの、中村橋で始めたカフェの経験があったからこそ、ようやくたどり着くことができた小さな店。月明かりのようなやさしさに満ちた空間で、古谷さんはのびのびと自由に店を営んでいる。そして、今日もその明かりに誘われた人が店の戸を開けようとしている。

<108>大切なのは、自分が「いいな」と思えること 「kuutamo」

おすすめの3冊

■おすすめの3冊

『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』(著/益田ミリ)
カフェの店長2年目のすーちゃん(36)には、どうしても好きになれない人がいる。クラス替えも卒業もない大人の世界で、人は嫌いな人とどう折り合いをつけて生きていくのかを描いた4コマ漫画集。「たぶん益田さんとは同世代ということもあり、すごく“あるある”で分かるんですよ! 嫌いになってしまう自分の心が狭いのかと思ったりして。でも、無理してつないだご縁は先につながらない、ということは私もこの歳になってようやく気づきました」

『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』(著/木下龍也、岡野大嗣)
男子高校生ふたりの7日間を、若手男性歌人2人が短歌で紡いだ物語。「現代短歌って食わず嫌いだったんですけど、木下龍也さんがきっかけになってハマりました。若い男性が詠むものは、わからないことがあるから、その部分を想像するところが面白いのかも。木下さんの歌集は店内に揃えていますので、ぜひ手にとってみてください」

『銀二貫』(著/高田郁)
舞台は商人の町・大坂天満。主人公の松吉は仇討ちで父を亡くし、自分も討たれかけたところに、偶然居合わせた寒天問屋・井川屋の主人・和助に銀二貫で救われた元武士の息子。生きるために井川屋の丁稚(でっち)となり、商人の道を歩む成長物語。「時代小説といえばお堅いイメージがあって、あまり読んでいなかったのですが、高田さんの作品はすごく読みやすいですよね。商人の心持ちや、商いとは何かということがすごく勉強になるし、泣けます!」

kuutamo
東京都杉並区高円寺北2-1-22
http://kuutamo.tokyo/

写真 山本倫子

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。

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