5分間の物語。

東京五輪も視野。16歳のクライマー・伊藤ふたばの五感と5分間

長く感じたり、短く感じたり、「5分間」という時間の流れは人によってとらえ方が様々。では、その道の専門家が感じる5分間とは……。人間の感覚を表現する五感とともに、印象的な5分間をふりかえる。

小学2年生の頃、少女はお父さんのクライミングシューズに興味を持った。面白い形をしている。なんの靴? どんなスポーツ? 私もそれ、やってみたい!

彼女はそんな風にクライミングを始めると、すぐにこのスポーツのとりこになった。当初から父も驚くほどの才能を見せ、小学3年生で競技として取り組み始めると、翌年には大会で優勝した。

ただただ登るだけでも楽しいし、なにより上から見る景色が好き。最初は絶対に無理と思えた課題でも、何度も挑戦して完登できたときはすごく嬉しい。勝利の快感も知った。それに、応援してくれる人が自分の活躍と成果に涙を流してくれるなんて、こんなに幸せなことはない。そう思った。

東京五輪も視野。16歳のクライマー・伊藤ふたばの五感と5分間

奥多摩の岩場でトレーニング

伊藤ふたば、現在16歳。今や日本の女子トップクライマーのひとりに数えられる。国内外のユースの大会を何度も制し、2017年1月のボルダリングジャパンカップでは、第一人者の野口啓代や2018年世界王者の野中生萌らを抑えて見事に優勝した。昨年はついに、そうした先輩たちとともに世界最高峰の舞台、W杯にも参戦。シニアデビュー1年目には厳しい洗礼を受け、「結果が出ない時期」が続いたけれど、11月のクライミング・アジア選手権のボルダリング種目を制すなど、復調してシーズンを終えた。

東京五輪も視野に入れる注目の若きクライマー、伊藤ふたば。文字通り、世界の壁に挑む16歳の五感と5分間──これまでのキャリアにおける忘れられない300秒──を訊(き)いた。

東京五輪も視野。16歳のクライマー・伊藤ふたばの五感と5分間

練習前には入念にストレッチ

【視覚】

見ることは、クライミングで一番重要なことのひとつです。大会ではオブザベーションといって、競技の前に壁を見る時間が設けられます。ホールドの持ち感を想像したり、どう登るかとラインを見極めたり。

決勝の前には全員でオブザベーションをして、ほかの選手と相談したり、参考にしたりしてもいい。そこはクライミングの独特な良さかなと思います。相手はライバルですけど、一緒に話し合ったり、教え合ったりする存在でもあるので。

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岩を見つめて登るラインを考える伊藤

【聴覚】

最近までスランプじゃないですけど、結果が出ない時期があって、落ち込むこともありました。そんなときにはRachel Plattenの『Fight Song』をよく聴いて、元気を出していましたね。

でも試合の前に聴くのは、(これではなく)ずっと同じ曲。Cro-magnonの『Kemu-Ni-Maku』(アルバム『Ⅲ』収録)です。私が小学4年生の頃に『The Stone Session』(音楽レーベル『Jazzy Sport』が運営する盛岡のクライミングジム兼レコードショップ)ができて、それ以来ずっとそこで練習しているので、音楽も大好きです。

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意識を集中させることも重要

【嗅覚】

私が使っているチョークは、東京粉末の『エフェクト』というものなんですけど、すごく良い香りがするんです。この匂いをかぐと、「よし登ろう!」って気分になります(笑)。

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小さな穴を頼りに岩壁に挑む

【触覚】

ホールドによっては、ちょっとずれるだけで持てなかったり、逆に持ちやすくなったりするものもあります。触ったときに「来た!」って思うこともあれば、「ちょっとダメそう」って感じることもあるんです。

だから、手探りの感覚はとても大事。私、考えすぎるとうまくいかないことが多いので、思考よりも感覚が重要なんです。指先の感覚も、練習を重ねていけば、研ぎ澄まされていくものだと思います。

東京五輪も視野。16歳のクライマー・伊藤ふたばの五感と5分間

岩肌の感触を確かめる伊藤

【味覚】

チョコレート、とくにガトーショコラが大好き。もちろん体重も気にしているので、普段はあまり食べないようにしていますけど、大会中なんかは糖分をとって、元気になっていますね(笑)。

東京五輪も視野。16歳のクライマー・伊藤ふたばの五感と5分間

「久々に岩場で練習できて嬉しい」と伊藤

【最も印象的な5分間】

(2018年8月の)ミュンヘンでのボルダリングW杯準決勝の4課題目の5分間です。ボルダリングは1つの課題に対して制限時間があり、そのなかで何回のトライで登れたか、登れなかったか、ゾーンを獲得できたか、できなかったかと細かいルールがあります。準決勝は4つの課題があり、そのうち2つは成功、3つ目は失敗。最後の4つ目の課題を登れたら、決勝に残れそうな状況だったんです。ゴール(完登)はできたんですけど、ゴールのホールド(突起物)をつかむ時間が1秒遅くて、ゴールと認められず、結局、決勝には進めませんでした。本当にたったの1秒の差だったので、ものすごく悔しかった。もうちょっと早く登り始めていればよかったと悔やみました。

制限時間があることは当然理解していましたが、それよりも「登ること」を意識しすぎていたと思います。このスタイルで絶対に登れると判断する力があれば、もうちょっと早く登り始めることができたはず。トレーニングも実戦を意識して、制限時間内で登れるようにしています。

東京五輪も視野。16歳のクライマー・伊藤ふたばの五感と5分間

好天の岩場にはほかの愛好家たちの姿も

ミュンヘンでは初の国外でのW杯決勝がお預けとなり、大きな悔しさを味わった。しかし彼女はそれを糧に、大きな目標に向かってまた新たな一年をスタートさせる。夢は「W杯年間総合優勝」、「世界選手権優勝」、「五輪金メダル」の3冠達成だ。東京五輪まで、およそ1年半。伊藤ふたばにとって重要なシーズンが始まった。

東京五輪も視野。16歳のクライマー・伊藤ふたばの五感と5分間

16歳のピュアな笑顔

text by Yoichi Igawa
取材・文/井川洋一

photo by Rai Shizuno
写真/志津野雷

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「普通の女の子」としての生活を……。元バレーボール日本代表・木村沙織さんの五感と5分間

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