わたしの みつけかた

<7>母性を求めて。インドへの旅:クリシュナのポーズ

<7>母性を求めて。インドへの旅:クリシュナのポーズ

撮影/篠塚ようこ

ヨガの先生兼スタジオ・オーナーであり、作家でもあるリザ・ロウィッツさんの自伝的小説 “In search of the Sun” からご紹介する連載。

体外受精などの妊活に取り組んでいたエピソードがつづられた第6回は、養子縁組を申し込むところで終わりました。今回は、養子縁組の知らせを待ちながらヤキモキすることにうんざりしたリザが、いったん、休憩の旅に出る話です。

母性を探して

子どもを授かろうと10年間努力して、かなわなかった時。ヨガをしていたおかげで、その人生の挑戦自体をまるでヨガの行法のように捉えることのできる私がいた。

他に選択肢がないなら……と養子縁組を申し込んだけど、それも可能性が低いことは分かっていた。もしかしたら一生、母親にはなれないのかもしれない。これだけ努力して、痛みも味わって、がっかりさせられ続けたことに、もう耐えられなくなっていたし、何より、わたし自身を大切にすることができなくなっていた頃。

インドへ行ってみたら? と省吾が提案してくれた。母なる国インド。もし一生子どもを持てないとして、別の形で母なる愛を経験することはできる? もしそれすら無理だとしたら、それも受け入れて、手放して、今の人生をそのまま愛することができる?

失うものは何もないし、荷物をまとめて、インドに向かう。インド、コーラムにあるアシュラムで訪れる人、一人ひとりを抱擁することで知られるマーター・アムリターナンダマイー・デーヴィ、別名アンマに会うために。

ピンク色のコンクリートで覆われた巨大なアシュラムの講堂では、アンマからの祝福を求めて、何千人もの人が待つ間に瞑想(めいそう)をしたり、寝たりしていた。すでに心が落ち着き、希望が湧き上がってくるのを感じる。

白髪交じりの、たっぷりとした茶色の髪をしたアンマは、50代だろうか。まるでおばあちゃんのような柔らかい空気をまとっている。頭には銀の飾りを被り、青と赤のたっぷりとしたローブが床まで広がっている。

たくさんの信者に囲まれて、何時間もお手洗いに立つことなく、腕を広げて人々を抱きしめ続けている。周りには、感極まって泣き出す人、アンマにすがり付いて離れないので、ついには引きはがされる人もいる。

アンマから発せられるエネルギーの中に座ってみる。静謐(せいひつ)で、どこまでも続きそうな空間の中に溶けていく。

タミル語をはじめ、多くの言語で「母親」を意味する名を持つアンマは、今まで会った誰よりも「母親的」な存在だと感じた。一人ひとりを引き寄せ、腕の中に招き入れる。むき出しの傷を負った人でも、最高級のシルクのサリーを着た人でも、同じように。誰もが、彼女の智恵や哲学なんかはどうでも良いから、ただその腕の中で愛情を感じたいと願っているようだった。

これだ、と思った。母の愛。誰かのために身をなげうつこと。無条件の思いやりと愛情を与え続けるアンマを見つめていて、私の中の感情があふれ出してくる。今この空間全体が、柔らかい繭の中に包まれているような感覚。

周りに押しやられるようにしてステージの上までくると、白い綿の服に身を包んだボランティアのスタッフから、抱擁されている間に願いごとをするように、と教えられた。でも自分の番がくると、何を言おうとしていたのかぽっかり抜けてしまって、ただ「母親になりたいんです」とつぶやくことしかできない。

アンマはその柔らかく暖かな体に私を包みこみながら、耳元に口を寄せて歌ってくれた。「ドゥルガー、ドゥルガー、ドゥルガー」、鼓膜が振動して、その振動が全身を、いやそれどころか部屋中に伝わっていく。

ドゥルガーは、戦いの女神。女性の力の象徴。虎にまたがって、18の腕に手ごわい悪鬼を倒すための武器を携えた最強の女戦士。

クラクラした頭で、よろよろと人混みをかき分け、もといた場所に戻った。私だけにあの言葉をつぶやいてくれたの? それとも誰にでも同じことを言っているの? でももうどっちでも良い。
ホテルに着いて、波の音を子守唄に眠りにつくときも、アンマの柔らかく温かい腕をまだ感じていた。

誰もが母

翌日からは、コバラムの南にあるアーユルヴェーダの治療院で、より授かりやすい体になることを願って1週間の滞在コースを予約していた。たとえかなわなくても、リラックスできればそれでも十分だと思っていた。

担当の医師には、本来の体のバランスを取り戻すには、ヨガと瞑想、そしてオイルマッサージを毎日続けること、と言われた。ココナツの葉で覆われた小屋で、セサミオイルにまみれてうつぶせに横たわる私の背中の上を、天井からつり下げられたひもにぶら下がりながら、若い女性が足裏でリズミカルにほぐすように歩いて行く。血行が良くなり、固まった筋肉が解けていく。

全て終わると、神の果物、ココナツを丸ごともらって、飲んだ。朝ごはんは手作りのパンと野菜カレー。体の内側からエネルギーがふつふつと湧き、リラックスしてくるのを感じる。初日でこんなに良い気分になれるなら、あと6日経ったらどうなっちゃうんだろう? ここは天国だわ。

まだ8時前。浜辺まで歩いてみた。漁師たちが、イワシのような小さな魚を網で採っている。その脇には、ついでに捕まって、捨てられてしまったフグが何匹もかたまっていた。トゲトゲの体を膨らませ、やってくる危険に対抗しようとしている。海に戻ることもできずに。日本だったら高級魚だけど、この毒を持つ魚は、ここでは厄介ものみたい。

何百匹もの魚が呼吸困難に陥りながら横たわる様子は地獄だわ、と思いながら歩いていると、大きめの1匹に足を取られそうになった。悲しげな瞳でまばたきしている。つま先で軽く転がしながら、海に戻してあげようとしたけど、寄せる波に打ち返されてしまう。手で持とうとすると、トゲが立ち上がる。と思ったら、おさまった。

弱っているのか――それとも私の意図を察してくれたのか。なるべく大きな弧を描く様にして、海に返した。安全なところまで戻っていけるよう、泳ぎ去って行くのを見つめた。根拠はないけど、あの魚は子を宿していたのではないかな?と思う。きっと生き延びて、卵を産みたいと願っていたはず。

部屋に戻って、考えていた。もし新しい命を迎えたいと願うなら、今ここにいる全ての命を大切にしなきゃ。

お昼ご飯の時に新聞を広げると、私がアンマに会いに行った日の事件が載っていた。ナイフを持ってアンマに向かってきた男性がいたそうだ。ナイフはすぐに取り上げられて、その人は捕まったけど、混乱を起こしたくなかったアンマは、そのまま朝5時まで抱擁を続けたのだそう。

大きな会場だから、前方で見ていた人たちだけが気づいていた。だからあの日、みんなあんなに感情的になっていたんだ。アンマは攻撃した人を許すコメントを残している。「生まれてきた者は、いずれ死ぬ。この事実を認識して、私は私のすべきことを続けるだけ」と。

誰もが母。
そのことを忘れそうになるとき、自分を傷つけようとした人さえも、慈悲の心で包んだアンマを思い出す。
少し分かってきた気がする。信じられる。
誰もが私の母であると同時に、私も彼らの母である。
ドゥルガー、ドゥルガー、ドゥルガー……

 

 

ヨガティップス:三日月のポーズ・クリシュナのバリエーション
~インドゥダラーサナ~

インドの伝統的な芸術や踊りの中でたくさん登場する、まるで踊りのワンシーンを切り取ったかのようなポーズです。流れるようで美しく、また遊び心に満ちています。

息を吸い込みながら、肋骨(ろっこつ)の内側の筋肉をゆるめ、体側が広がるのを意識します。次に息を吐きながら、三日月のかたちを意識して、弓張りを強めましょう。バランスをとりながら、身体の作り出すかたちを楽しみます。

もっと遊びを加えたいのなら、吐く息に合わせて親指と人差し指を絡めて、呼吸をしながら、智恵と静寂を象徴するチン・ムドラーの手印を結びます。あなたの創造性を呼び起こすでしょう。

*Message from Leza
“When something doesn’t come easy, it’s often a test. ”
(何かがうまくいかない時、ほとんどの場合は自分が試されているのです)

(訳 吉澤朋)

PROFILE

  • リザ・ロウィッツ

    2003年設立、東京・五反田にあるヨガスタジオ「Sun & Moon Yoga(サンアンドムーンヨガ)」主宰。
    カリフォルニア大学バークレー校を卒業後、サンフランシスコ州立大学にて文芸創作の修士過程を修了。来日し東京大学や立教大学においてアメリカ文学の講師として教鞭を執る。
    現在は執筆活動の傍ら、子供に大人、ガチガチに体の硬いビジネスパーソンからアカデミー賞受賞俳優まで幅広い層の生徒へ向けてヨガ、マインドフルネス、瞑想を25年以上に渡って伝えている。
    20冊以上の著作の中には受賞作品も多数。現在も定期的にヨガのクラスやワークショップを国内外で開催し、独自のヨガの世界を発信している。

  • 吉澤朋

    東京都の国際広報支援専門員を経て、現在はライター・文化を伝える翻訳者。子宮筋腫を患ったことをきっかけに自分の身体・健康と向き合うようになり、リストラティブヨガと出会う。
    自身も国際結婚の体験者であり、「女性になること」を楽しみ中。

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