鎌倉から、ものがたり。

築131年の蔵で、最先端のものづくり。「ファブラボ鎌倉」

 鎌倉駅の西口、住宅街を通る今小路に、どっしりとした風格ある蔵がある。黒漆喰(しっくい)を塗った戸前(扉)が町に向けて開かれ、前を行くたびに「隠れ家カフェだろうか……」と、気になっていた。

 実はここは、内部に3棟を擁する賃貸の建物で、通り沿いの「壱号室」には、カフェではなく「ファブラボ鎌倉」が入居している。

 ファブラボとは、3Dプリンターやレーザーカッターなど、デジタル工作機材を揃(そろ)えたものづくり拠点のこと。前世紀に大資本が独占していたものづくりを、ITの進化とともに市民に開放していく、という新しい価値観を内包する場所である。

 ライフスタイル革命の先進地である欧米では、地域活性の装置のひとつとして、ファブラボが設置されることがトレンドになっている。「ファブラボ鎌倉」は2011年に、「ファブラボつくば」(茨城県つくば市)とともに、日本ではじめてオープンした先駆けの場所だ。

「先端のものだから東京都心の方が合っていたのでは? とよく聞かれたのですが、アムステルダムでは15世紀に建てられたお城のような元測量所、フランスのグルノーブルでは洞窟の中に、というように、地域の資源に先端のテクノロジーを組み合わせて、両方の価値を打ち出そう、という考え方がもともとあるんです。鎌倉は歴史、文化はいうまでもなく、住民の方たちの感度が高い。新しいものに対する好奇心が旺盛で、それらの動きに寛容です。ファブラボを展開するには、ぴったりの場所だと思っていました」

 こう語るのは、ファブラボ鎌倉を運営する一般社団法人「国際STEM学習協会」代表理事の渡辺ゆうか(40)さんだ。

 神奈川県で生まれ育った渡辺さんには、自身をファブラボ活動に結びつけるふたつの体験があった。

 ひとつは、高校卒業後に進学したカリフォルニア州のコミュニティカレッジ。そこでは、10代だけでなく、20代から60代、70代、それ以上と、文字通り幅広い年代が、それぞれの興味に沿った学びを自由に行っていた。

「年代だけでなく、人種もバックグラウンドも多種多様。下半身不随で車いすの教授が授業をしていたり、目が見えない方を、ヒッピー風の服を着た女の子がサポートしたりする光景は、ごく普通でした。帰国後は、日本の文化や人とデザインの関係性を包括的に勉強したいと考えて、『環境デザイン学科』がある美術大学に入学しましたが、ユニークな人が集まる美大でも、周りは同じ年代、同じ人種で、最初は逆にとまどいましたね」

 もうひとつは、30歳のときに遭遇した交通事故。足や腰にダメージを負ったために、リハビリには2年の月日がかかった。

「自分自身が車いす、松葉杖の生活になり、日本の町がハンディを持った人に、どんなに開かれていないか、身に染みて感じました。息をするのも痛く、苦しい時間でしたが、行動が制約されていても、海外の人に日本語を教えたり、地元の図書館で絵本の読み聞かせボランティアをしたり、近所の友人とお茶を飲んだりと、身の回りで楽しいことを見つけられました。地域を見守る”おばちゃん”のような生活をしたことで、地域で生きる意味をあらためて発見でき、視野も広がった。ですので、今ではそのことに感謝しているくらいです」

 デジタルテクノロジーというと、私たちはつい身構え、敬遠してしまいがちだが、ファブラボ鎌倉では、3Dプリンターやレーザーカッターの使い方、3Dデータの作成法などを、普段暮らしの延長で、かつクリエイティブに学べるよう工夫されている。プログラムの内容は、まさしく渡辺さんの思いの反映だ。

 たとえば入門編のひとつ「朝ファブ」は、朝9時に集合して、建物と周囲をみんなで掃除をすることが入り口。掃除を介して建物と町への親近感は増し、参加者同士のコミュニケーションもぐっと円滑になる。

 5カ月をかけて進めるプロジェクト「FUJIMOCK FES(フジモック フェス)」では、参加者がみずから富士山麓(さんろく)で間伐材を伐採。その木材を素材にして、ファブラボ鎌倉でオリジナルの作品を仕上げて、最後にプレゼンを行う。

 これまでにできあがったものは、スマートミラーのようなIoTグッズから、特大まな板、木皿のような日常的なもの、そしてサーフボードなど十人十色。

 鎌倉以外からの参加者も多く、また年代も幅広い。その様子を見ていると、「カリフォルニアのコミュニティカレッジを思い出します」と、渡辺さん。

 ここではまた「蔵」という建物が持つ特別な雰囲気も、人々の交流に大いに貢献している。

「結の蔵」と名づけられた築131年の建物は、秋田県にあった酒蔵を移築したもの。鎌倉の景観を形作る邸宅が、周囲で次々と取り壊されていく現状に一石を投じたいとして、大家の田中芳郎さんが「100年の時間軸で投資を回収すればよい」と、2004年に移築した。そんな大家さんが願った入居者像が、「同じ志を共有できる『特定多数』」というものだった。渡辺さんは語る。

「地域を大切にするいい方々と、ここで出会いたい。その思いは、ずっと変わりません。でも、『層』を固定するのではなく、世代、仕事、国籍も、なるべくワケのわからん感じでやっていきたいな、と」

 ファブラボと古い蔵の組み合わせは、その独自性で世界への発信力を持つ。日本の町と地域の守り方としても、示唆に富んだ場所なのだ。

ファブラボ鎌倉 FabLab Kamakura
神奈川県鎌倉市扇ガ谷1丁目10−6

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

古民家カフェで続く、朝の掃除とあいさつ 「甘夏民家/雨ニモマケズ」(後編)

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湘南最後の蔵元で、ビールもハムもパンも。「熊澤酒造」

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