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パリがミラノが「帝王」しのぶ ラガーフェルドさん、最後のコレクション

パリがミラノが「帝王」しのぶ ラガーフェルドさん、最後のコレクション

シャネルのフィナーレではモデルも泣いていた=パリ

 5日まで開かれた2019年秋冬パリ、ミラノ・コレクションで、先月に85歳で亡くなったデザイナー、カール・ラガーフェルド氏を悼む動きが広がった。

シャネル、モデルも涙

 ラガーフェルド氏が1983年から手掛けたシャネル。最後の作品が並んだ5日のショーは、澄んだ鈴の音と観客の黙祷(もくとう)から始まった。次いで、ラガーフェルド氏の「やめておけ、うまくいかないだろうから、と皆に言われたから(ブランド再生の)申し出を受けたんだ」といった肉声が流れた。
 会場のパリ・グランパレは、冬山リゾートのイメージ。ロッジや木立が並び、パウダースノー状のランウェーがしつらえられた。ツイードのビッグコートや、明るい色のシャネルスーツ、全身真っ白のキルティングのコーディネートなどラガーフェルド氏らしい軽やかで品のあるフェミニンスタイルが並んだ。
 フィナーレでは、涙をこらえきれなくなったモデルも。新デザイナーで、氏の右腕だったヴィルジニー・ヴィアールもちらりとしか出てこなかった。ショー後、喪失感からか、多くの観客はしばらく席を去らなかった。
 25年間担当したクロエのショーでは、氏の過去の作品や本人の写真が当時語られた言葉と共にカードとして配られた。パリの街では、あちこちに氏の全身を写したポスターが飾られるなど、「モードの帝王」をしのんだ。(編集委員・高橋牧子)

パリがミラノが「帝王」しのぶ ラガーフェルドさん、最後のコレクション

フェンディのショー会場に映し出されたラガーフェルド氏の姿=ミラノ

フェンディ、54年の絆

パリがミラノが「帝王」しのぶ ラガーフェルドさん、最後のコレクション

ファッションショーの来場者に配られた、ラガーフェルドさんがフェンディのために描いたデッサンのコピー。左上に「Fendi」、右下にイニシャルの「KL」と記されている

 フェンディのデザイナーも務めていたラガーフェルド氏。ミラノで2月21日に開催されたショーを見ることなく亡くなったが、本人は作品の出来栄えを死の数日前まで電話で気にかけていたという。駆けつけた人々からは惜しみない拍手が送られた。
 フィナーレ後、会場は暗転し、デッサンをするラガーフェルド氏の姿が映し出された。フェンディでの仕事は1965年から54年にわたり、創業家の3代目シルビア・フェンディは「カールとフェンディの絆はファッション界で最長のラブストーリーだった。最後まで気配り、忍耐を見せていた姿に心動かされた」とコメントした。
 「さあ、次が始まるぞ!」。セルジュ・ブランシュウイグCEOによると、ラガーフェルド氏はショーが終わるたびにそう語り、常に新たなコレクションを見据えていたという。(後藤洋平)

常に寛大、勤勉だった
 ファッションデザイナーの高田賢三さんの話 71年の僕のショーで、定員の3倍の観客が来て、安全管理のために中止になった。ガクッと気落ちしている時にカールが来て、「これだけ人が集まるなんてすごいことだよ」と励ましてくれたのがきっかけで親しくなった。常に寛大で先見の明があり、尊敬できて、勤勉なデザイナーでした。

天才的アレンジャー
 服飾評論家の深井晃子さんの話 シャネルを若々しく生き返らせ、21世紀につなげた功績は大きい。ブランドのDNAを守りながら、ミニ丈やジーンズなどストリートの感覚をとり入れ、若い人からも注目を集めた。クリエーターというより、天才的なアレンジャー。伝統的な技術の伝承にも力を入れた。まさにファッション界に君臨する帝王だった。

<ショーの写真は大原広和氏撮影>

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時代への鋭いメッセージ 19年秋冬パリ・コレクション

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