ファッションはどこへ向かうのか? 【対談】モデル・冨永愛×朝日新聞編集委員・高橋牧子 (後編)

最先端のトレンドを生み出してきたファッション業界。ここ数年、ダイバーシティー、エシカル、サステナブルといったキーワードが重要な意味を持つようになり、さらに、技術革新やSNSの影響力もまた変化の波を起こしている。トップモデルとしてジャーナリストとして、ファッション業界をウォッチし続ける二人、冨永愛さんと朝日新聞でファッションを取材する高橋牧子編集委員が見る、今のファッションのリアル。(構成=中津海麻子)

前編から続く

テクノロジーの進化が、ファッションにもたらす可能性

高橋 ファッションの世界に新しいジャンルの人や業種が関与するようになり、これまでとは違う盛り上がりを感じる……とおっしゃっていましたが、私もその点については、本当にここ数年で大きく変わったと感じていて。

冨永 3Dプリンターに代表されるテクノロジーの進化や新しい素材の開発はもちろん、IT、バイオ、AIといった、一見ファッションとは関係のないジャンルや業種までが関わってきていますよね。デザインだけでなく、ショーの演出の部分もおもしろくなっているな、と。今回のコレクションでも、イリス・ヴァン・エルペンは興味深かった。彼女は早くから3Dプリンターを取り入れたり、新しい素材を自ら作り出したり、実験的なことに果敢に取り組んでいて。

ファッションはどこへ向かうのか? 【対談】モデル・冨永愛×朝日新聞編集委員・高橋牧子 (後編)

イリス・ヴァン・エルペン 2019年春夏パリ・オートクチュールコレクション(撮影・大原広和)

高橋 3Dプリンターをいち早く取り入れたのは、シャネルでした。でも、1回でやめてしまった。バレンシアガは型を作るところまでは使うけれど、そこから先は手作業にこだわっている。新しいテクノロジーが注目を集める一方で、職人が何十時間もかけなければできないような、非常に凝った手仕事も増えています。「それらを複合することこそが新しい」というような意見も出てきたり。今後どうなっていくか、未知数なところはありますね。

冨永 実は最近、国内にあるファッション関係の学校を訪れています。これからの時代を作っていく若い子たちが学ぶ現場を見たいと思って。先日もエスモード・ジャポンの卒業制作発表会に行ってきたのですが、その場で校長先生がおっしゃっていたのが、「3Dプリンターにしてもバイオにしても、進歩する科学技術をどれだけ学生のうちに学び、活用できるようになるか。そのことに彼らの未来がかかっている。卒業して業界に入ってからは実験的なことはなかなかできないから」と。

若い彼らのコレクション、おもしろかった。ビジネスには全くつながらないけれど、自分の表現したいことを形にしたいというエネルギーがすごいんです。そして、その表現の要素として3Dプリンターとかを自然に、普通に取り入れているのです。今回、パリでも色々な人と話をしたのですが、長くこの業界にいるとどうしても「あの時代はよかった」「今はおもしろくない」とルックバックしてしまいがち。でも、今の人たち、これからの若い人たちは先しか見ていない。トレンドは回ると言われますが、回りながらも確実に進化していて、過去に戻ることは絶対にない。だから私は、今の人たちの感覚を見習ってもっと先を見ていきたい。そう思いました。

世界における日本人デザイナー

高橋 日本のデザイナーという視点で見ると、パリコレでは十数年前まで、全体の5分の1を占める20ブランド程度は日本のブランドだったのですが、今は8ブランドしか出ていないのです。

冨永 めっちゃ減ってる。

高橋 そう。とはいえ、アンダーカバーやサカイなどすでに世界で人気がありますし、マメやアキコオガワのように自分の生い立ちややりたいことを核とするクリエーションがありながら、自分で服も作れるデザイナーも増えてきています。海外のジャーナリストが言うには、日本には独自のファッション感覚や個性があり、さらに文化的な背景もある。だから日本人デザイナーには注目している、と。実際、海外ブランドと日本ブランドのコラボが活発ですよね。たとえば、ヴァレンティノがアンダーカバーとコラボ。正直、まったく異質だと感じていましたが、東京であったメンズコレクションを見て、2つのブランドに共通性があることに驚きました。ヴァレンティノがアンダーカバーにある「今の日本らしさ」を求めたのだと思いました。

冨永 多様性の時代に「日本」という要素はきっと求められるのでしょうね。

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ヴァレンティノ 2019年秋冬パリ・メンズコレクションは、アンダーカバーとコラボ(撮影・大原広和)

高橋 ただ、危惧することもあるんです。「トレンドがない」と言われて久しいけれど、この2年ぐらい、日本にぱったりトレンドがなくなったような気がして。東京は民衆レベルで世界でも屈指のファッション感覚があったはずなのに、ものすごく無頓着に。先日も若い女の子にトレンドのバッグについて聞かれたので答えたら、「じゃあ似たようなデザインのを買います」って(笑)。

冨永 生きること自体に余裕がなくなっていて、ファッションどころじゃなくなってる側面はあるかも……。でも、私はやっぱりファッションには夢があると信じているし、そこはちゃんと伝えていきたいですね。

ショーはスマホ片手。拍手が起こらなくなって……

高橋 同じく伝える立場として痛感しているのが、メディア環境の劇的な変化です。やはり、スマートフォンの普及は大きいですね。かつてはどのブランドのショーでも、たとえ5分でも会場で見なければ記事が書けなかった。ところが今はショーが終わったらすぐにライブで発信されるし、メディアだけでなく観客も発信できてしまう。ショーを見ていてもみんなスマホを手に撮影に夢中で。

冨永 拍手が起こらなくなりましたよね。

高橋 本当にそう。フロントロウの顔ぶれも様変わりしましたよね。かつてはファッション界の大御所や大手メディアのエディタークラスが占める……という明確なヒエラルキーがあったけれど、最近はインフルエンサーがどんどん増えてきていて。

冨永 「フロントロウ合戦」って言うんですよね。私はずっと「歩く側」だったけれど、今回のパリコレでは「見る側」としてフロントロウに席を用意してもらったのですが、ちょっと席をはずすと誰かがちゃっかり座ってて。イス取りゲーム!?みたいな(笑)。日本みたいにきちんとオーガナイズされていないからだったけれど。

ファッションはどこへ向かうのか? 【対談】モデル・冨永愛×朝日新聞編集委員・高橋牧子 (後編)

冨永愛さん(撮影・馬場磨貴)

高橋 そうして最前列で撮影された画像や動画が瞬時に世界中に発信されるわけです。かつては新聞でも雑誌でも、どんなモデルがどんな服を着ていたかといった説明を記事として掲載したわけですが、今はいちいちそれを書いてもしょうがない。一目瞭然なので。紙メディアは、読者の手元に届くまでに時間がかかります。雑誌は長ければ1カ月後ですから。かつては速報性が言われた新聞も、ネットにはかなわない。でも、SNSやネットの情報は玉石混交。だからこそきちんと記者の目というフィルターを通して取材・編集し、信頼性を担保した記事には意味があるとは思っています。

冨永 確かにSNSが強い影響力を持つようになり、一般の人も発信できるようになった。SNSには情報は山ほどあるけれど、でも、ペラペラだなぁ、表面的だなぁって。私はインスタグラムを利用していますが、心がけていることがあります。それは「寄りすぎないこと」。SNSにあふれる情報は誰もが目にし、手にすることができるわけですから、同じところに身を置いたら私が「冨永愛」である必要がなくなってしまう。「冨永愛」として何を見て何を発信するのか――。そこはブレないようにしていきたい。そんなこともあって最近、SNSに使う時間を減らし、その時間で本を読んだり色んな人に会って話を聞いたりするようになりました。そこから得る知識や情報の方が、ずっと有意義に感じられるんです。

ファッションはどこへ向かうのか? 【対談】モデル・冨永愛×朝日新聞編集委員・高橋牧子 (後編)

高橋牧子編集委員(撮影・馬場磨貴)

これから果たしていきたいこと

高橋 これまで多くのデザイナーの取材をしましたが、「こういう思いがあるから、こういうデザインになる」と、全てに理由があるのだと知りました。それを伝えることで、作り手とその服を着る生活者の間をつなげたい。また、時代や社会情勢とファッションはとても密接に関わっています。たとえば、ファッションは「炭鉱のカナリア」のような役割もあり、戦争が起こりそうな不穏な状況には花柄のデザインがあふれると言われています。ファッションを見続けることで、私が伝えられることを私なりに伝えていきたいと思っています。
発信し伝える立場として、さらにはモデルとして、冨永さんはこれからどんなことに取り組んでいきたいですか?

冨永 探している途中、というのが正直な気持ちです。モデルをはじめ、ファッションに多様性が求められている時代に、だからこそ「冨永愛が冨永愛であり続けること」が大事だと思っていて。そのためには、繰り返しになりますが、振り向くことなく「ファッションの未来」をしっかりと見ていきたい。それが、私を育ててくれたファッションへの恩返しになる。そう信じて歩いていきます。

冨永愛さん着用
ドレス、ベルト、シューズ/アライア 電話:03-4461-8340
リング/カルティエ 電話:03-4461-8620

冨永愛(とみなが・あい)
17歳でNYコレクションにデビューし、一躍話題となる。以後約10年間にわたり、世界の第一線でトップモデルとして活躍。その後、拠点を東京に移し、モデルのほか、テレビ、ラジオ、イベントのパーソナリティーなど様々な分野にも挑戦。チャリティー、社会貢献活動や日本の伝統文化を国内外に伝える活動など、その活躍の場を広げている。
冨永愛オフィシャルサイト http://www.tominagaai.net/

高橋牧子(たかはし・まきこ)
朝日新聞社ファッション担当編集委員。パリやニューヨーク、東京など国内外のデザイナーコレクションや街の流行、ファッションビジネスなどを取材。ファッションと時代との関わりを追求している。連載「やせすぎモデル問題・美の基準とは」「モードの舞台裏」「ファッションってなに?」など。

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