上間常正 @モード

ファッションの天才・マックイーンの貴重なドキュメンタリー映画

ファッションの天才・マックイーンの貴重なドキュメンタリー映画

(c)Salon Galahad Ltd 2018

 ファッションデザイナーで「天才」といえば、まず頭に浮かぶのはアレキサンダー・マックイーンだろう。生き方は破滅的なのに文字通り天から授かったとしか言いようのないような才能があって、音楽ではモーツァルト、詩ならランボー、絵ではゴッホといったタイプ。心の奥には深い闇と孤独を抱えていて、早死にだったことも共通している。

 では、マックイーンとは具体的にどんな天才だったのか。彼は1969年3月、ロンドンの下町で5人兄姉の末っ子として生まれた。父親はタクシーの運転手で、育ちでいえばファッションや芸術とはほとんど無縁だった。だが16歳で紳士服の仕立て店で働き始め、93年に初めて発表した服はとても反抗的で前衛的なのに、カッティングやバランス、色のバランスが完璧でとてつもなく美しかった。

 どうしてそんなことができたのだろうか? パリでショーを開くようになってからは本人をよく見かけたが、残念なことにインタビューなどで話をする機会がなかった。4月5日から全国ロードショーで公開される「マックイーン:モードの反逆児」は、マックイーン本人や家族、関係者らが登場する必見の貴重なドキュメンタリー映画だ。

ファッションの天才・マックイーンの貴重なドキュメンタリー映画

(c)Salon Galahad Ltd 2018

 マックイーンは、ロンドンのいくつかの仕立て店で最高の技術を身に付け、当時評判だったイタリアのロメオ・ジリの門をたたく。ジリは彼のデザインの才能を見いだすが、一年も経たないうちにロンドンへ戻り名門セント・マーチンズ美術大学の門を叩き、結果として大学院で学ぶことになった。ヴォーグ誌の編集者だったイザベラ・ブロウが卒業制作の服を見て全部買い取ったことが評判になり、それがマックイーンのデザイナーとしての出発点になった。

 映画は5部仕立てになっていて、第1部では母親ジョイスが反抗的だったが独自の美的才能があった彼の少年時代について語る。イザベラ・ブロウは貴族階級の出身で彼とは対照的な育ちだったが、「モダンでクラシカル、美とバイオレンス。今まで見た中で一番美しかった」と振り返る。彼女は盟友としてマックイーンを支えたが、2007年、がんで闘病中に自ら命を絶った。

ファッションの天才・マックイーンの貴重なドキュメンタリー映画

(c)Salon Galahad Ltd 2018

 第2部では、デビュー当時のマックイーンが登場して「生地もすべて失業手当で買った」と無邪気に語る。スタッフたちもノーギャラで「彼が魅力的だったから」と話す。ショーはいつも激しい賛否を巻き起こした。95年に発表した5回目のコレクション「ハイランド・レイプ」は、引き裂かれたドレスやジャケットで放心したようなモデルたちの姿が、女性蔑視だと特に厳しい非難を浴びた。

 だがこのコレクションは、彼の父親が生まれたスコットランド高地の人々が英国から受けた残忍な扱いを表現していた。そして同時に逆境でも屈しない女性の強さをそれに重ねていた。彼の甥(おい)は語る。マックイーンが8歳の時に姉が夫から死ぬほど殴られているのを目撃したが、何もできなかったという。彼の心の奥にはそんな闇も潜んでいた。

 マックイーンは96年にパリの老舗ブランド・ジバンシィのデザイナーに抜擢(ばってき)された。第3、4部はその頃の彼をスタッフらが語る。アトリエの作法と彼の荒々しいやり方は水と油で、最初のコレクションは酷評された。彼は深く傷付きドラッグに溺れるなど最悪の日々を過ごした。だがクリエーションは壮絶なまでに磨き上げられた。仕事中の彼の鋭く澄んだ青い瞳、そして時には楽しげに時には息詰まるような緊張感が印象に残る。

ファッションの天才・マックイーンの貴重なドキュメンタリー映画

母親ジョイスと (c)Salon Galahad Ltd 2018

 2000年秋、ジバンシィを傘下に置くLVMHグループの競争相手であるグッチグループから「クリエーティブ面での完全な指揮権」を保証した誘いを受けて契約する。彼にとってLVMHとの関係は「創造性を束縛するもの」だったからだ。2001年春夏コレクション「ヴォス(VOSS)」は、その束縛に対する激しい攻撃のような奇怪で衝撃的なショーだった。

 第5部では、それもつかの間でさらに過酷な宿命が。彼は自身の仕事を認めない頑固さに苦しみ続けた。イザベラ・ブロウの死、そして常に彼を擁護した母ジョイスの死は決定的なダメージになったのだろう。2010年2月、マックイーンが40歳で自ら命を絶ったのは、そのジョイスの葬儀の前日だった。

 映画を見て、マックイーンの数々のコレクションの思い出がさらに深みを増してよみがえってきた。そしてやはり彼は天才で、彼の死は大量生産化した20世紀ファッションが終わることへの一つの大きな墓標なのだったのだと思う。

マックイーン:モードの反逆児
4月5日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、六本木ほか全国公開
公式サイト:http://mcqueen-movie.jp
(c)Salon Galahad Ltd 2018

PROFILE

上間常正

ジャーナリスト、ファッション研究者。1972年、東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社。記者生活の後半は学芸部(現・文化くらし報道部)で主にファッションを担当。パリやミラノなどの海外コレクションや東京コレクションのほか、ファッション全般を取材。2007年に朝日新聞社退社、文化学園大学・大学院特任教授(2019年3月まで)としてファッション研究に携わる。現在はフリーの立場で活動を続けている。

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