東京ではたらく

訪問看護師:佐々木直美さん(35歳)

職業:訪問看護師
勤務地:東京都内
仕事歴:3年目
勤務時間:9時~18時
休日:土日(緊急担当の時以外)

この仕事の面白いところ:色々な人の人生に触れ、お話を聞けるところ
この仕事の大変なところ:利用者さんのプライベートな空間に入って作業するため、人間関係に関しては慎重さが求められるところ

都内で訪問看護師として働いて3年になります。訪問看護師とは利用者さんのご自宅に直接お伺いして、体調のチェックや治療の継続、病気を悪化させないための生活のサポートなどを行う看護師のことです。私はホームセキュリティなどでおなじみのセコムという会社に所属していて、そこで展開している訪問看護サービスのスタッフとして働いています。

スタッフにはそれぞれ受け持ちの利用者さんがいて、私の場合は今は15名ほどです。お宅に訪問する頻度は週に1~3回ほどで、利用者さんの状態によってまちまちです。

ご自宅では点滴の交換をしたり、寝たきりの利用者さんであれば床ずれのケアをしたり、状態次第ではその場から主治医に電話をして指示を仰ぎ、場合によって注射などの処置も行います。そのほか、体を拭いたり、爪を切ったりと、ご家族だけで毎日行うには負担がかかってしまいがちな介護の部分もサポートさせていただいています。

担当利用者さんの訪問看護以外の業務としては、1カ月に一度くらいのペースで回ってくる待機当番というものがあります。私が務めている会社では24時間365日いつでも対応するというのが基本ですので、当番の看護師がいつでも駆けつけられるように待機しています。

訪問看護師:佐々木直美さん(35歳)

訪問先には自転車で通う。制服は白衣ではなくチェックシャツとパンツ。「白衣の人が出入りしているとご近所さんも心配されるでしょうし、私も気が楽ですね」

待機当番は1週間ありますので、その週は気を張り詰めっぱなしですが、その分、当番以外の時は土日に休みを取れますし、定時で仕事を終えることができますので、お子さんを持っている方でも仕事を続けやすいのかなと思います。

今の仕事に就く前は文京区の大学病院に10年ほど勤めていました。看護師になりたいと思ったきっかけは、たぶん母の影響が大きかったと思います。母も看護師で、小さい頃から病院で働く母の姿をよく見ていました。

夜勤で家にいないことも多く、「大変な仕事なんだろうな」ということは子供ながらによくわかっていました。でも、当の母はあまり疲れた顔を見せることはなくて、いつも楽しそうに働いていたように思います。

よく覚えているのは近所のスーパーに一緒に出かけたとき、以前入院していた利用者さんやその家族から「あの時はありがとうね」と声をかけられていた母の姿。そんな様子を見るにつけ、「たくさんの人に感謝されて、母ってすごい!」と思いましたし、なんというか「自慢の母」だったんですね。それで物心つく頃には母と同じ看護師になりたいと思うようになっていました。

訪問看護師:佐々木直美さん(35歳)

血圧や心音など体の状態をチェック。点滴の交換や床ずれを防ぐための体位交換なども行う。上手に言葉を話せない利用者さんの声にも注意深く耳を傾けて体の調子を確認する

岩手県の短大で看護師と保健師の資格を取りました。卒業後、就職先に東京の大学病院を選んだのは、ひとつは「東京で働く」ということへの純粋な憧れからでした。岩手県の病院でも看護師の募集はあったのですが、やっぱり「東京の看護師さんはかっこいいなあ」と思っていて。

学生時代に地元の病院で実習を受けたのですが、病院には何人か東京で働いた経験のある看護師さんがいらして。私の思い込みかもしれませんが、やっぱりそういう方はどこかオーラが違うというか、輝いて見えたんですよね。

もうひとつは、いろいろな科がある大きな病院の方が様々な経験ができて、勉強になると思ったから。どうせ働くなら大学病院でしっかり学んで早く一人前になりたいと思っていました。あとはお給料面もやっぱり差があって。「ここはこんなにボーナスがもらえるんだ!」なんて、正直そこに惹(ひ)かれた部分もありました(笑)。

でも当たり前ですけど、お給料が高いということは、それだけ忙しいということなんですよね。ちょっと考えたらわかりそうなことですが、学生時代にはそこまで頭が回っていなくて(笑)。実際に働き始めたら目が回るほどの仕事の多さに本当にびっくりしました。

訪問看護師:佐々木直美さん(35歳)

「人の話を聞くのが大好き」という佐々木さん。訪問先のおばあさんからも孫のように可愛がられていた

1年目はあらゆることが新鮮でした。病院の寮に入ったのですが、マンションタイプということで普通の一人暮らしと変わらない生活。初めての東京暮らしに心が踊って、家具を色々買ったり、お料理を始めてみたり、それはそれは興奮しました。

仕事面でも驚きの連続で、1年目に配属された外来では、「東京って、こんなに色々な人がいるんだ!」とびっくり。身なりのしっかりした社長さんみたいな人もいれば、本当に手ぶらでふらっと来ちゃうような人もいたり。地元の病院では顔見知りのおじいちゃん、おばあちゃんがほとんどでしたから、私にとって東京は“人種のるつぼ”みたいな感じでした。

2年目からは病棟に配属になったのですが、そこで驚いたのは日々の業務の多さでした。あっちで急変している利用者さんがいると思ったら、こっちでは別の利用者さんの血液などをすぐに検査に回さなきゃいけないとか、とにかくいろいろな仕事を同時進行でやらなくちゃいけない。ここは戦場じゃないのかと真剣に思ったほどです。

そんな感じで毎日が過ぎていくので、じっくり腰を据えて利用者さんひとりひとりのお話に耳を傾けるということはできません。私にとってはそれが一番の衝撃というか悲しいことでした。

訪問看護で学んだ、人の「生き方」と「旅立ち方」

訪問看護師:佐々木直美さん(35歳)

「訪問先の利用者さんの多くは皆さん人生の大先輩」と佐々木さん。どんな人生を歩んできたか、この先どう生きたいかなど、利用者さんの病状以外のことに耳を傾ける時間を大切にしている

「看護師になったら、利用者さんの話をたくさん聞こう」。そんな理想を抱いていた私にとって、立ち止まることすらままならいような激務の日々は辛いものでした。例えばもうすぐ退院を迎える利用者さんがいたとしても、「お家に帰ったらどんな風に過ごすの? 何か不安はないですか?」なんて、たったひと言をかけることすら難しくて。看護師の理想と現実のギャップにはずっとモヤモヤとした気持ちを抱いていました。

転機となったのは家族の病気でした。大学病院に勤めて10年ほどたった頃、父と祖母が脳こうそくで倒れ、続いて母に乳がんが見つかったんです。せめて土日だけでも実家に帰ってあげたいと思ったのですが、大学病院に勤めているとなかなかそれも難しくて。これはちょっと働き方を変えなくちゃいけないのかな、と考え始めたとき頭に浮かんだのが、訪問看護の仕事でした。

調べてみると訪問看護師の需要は結構高くて、転職は比較的スムーズに決まりました。大学病院時代に比べたらお給料は下がりましたが、その分土日は休めますし、基本的には定時で帰れるので予定が立てやすく、おかげで家族との時間も持てるようになりました。

でも、一番の変化はやっぱり仕事の内容です。利用者さんのご自宅にお邪魔するわけですから、最初はやっぱり戸惑いが大きかったですし、どんな風に利用者さんやご家族と接したらいいのか全然わかりませんでした。

訪問看護師:佐々木直美さん(35歳)

豊島区にある訪問看護ステーションが職場。ここを起点に1日4~5軒、担当の訪問先を回る。大きなバッグの中には血圧計などの医療器具が入っている

さらに普段は看護師ひとりで訪問をしていろいろな処置をしますから、責任も重大です。病院勤務時代にも責任は感じていましたが、何かあればすぐに医師が飛んできてくれますし、先輩看護師に相談することだってできます。その違いはものすごく大きくて、初めの頃はやっぱり不安でしたね。

その半面、病院時代とは違って、利用者さんやご家族ひとりひとりとじっくりお話ができるということには大きな喜びを感じました。

病状のことはもちろんですが、「昔はこんな仕事をしていたんだよ」とか利用者さんのこれまでの人生の物語を伺ったり、ときには私の悩みを聞いてもらうことなんかもあって(笑)。「ああ、やっと自分が思い描いていた看護師の仕事ができるようになった」と思いました。

ただ、利用者さんやご家族のお気持ちが痛いほどわかる分、難しい場面も多くなりました。例えば、ご高齢で骨がもろくなっている利用者さんがいらっしゃったのですが、もし転んで骨折してしまったら二度と立ち上がれなくなる危険性があると。医師からは歩行を制限するように指示が出たのですが、その利用者さんはお散歩がとっても好きな方だったんですね。

普段からそういうお話を聞いている私としては、心のどこかで「このまま寝たきりで亡くなってしまうのは忍びないなあ、何か他にいい案がないのかなあ」と思うのですが、いち看護師の判断だけで「少しくらいなら歩いていいですよ」とは言えません。

訪問看護師:佐々木直美さん(35歳)

利用者さんに異変を認めたときは主治医に電話して指示を仰ぐ。「病院と違って訪問先には自分ひとりしかいませんので、見落としがないかどうか、あらゆることに気を配ります」

そんな時はもどかしい気持ちもありますし、何よりどうしたら利用者さんやご家族の思いを一番いい形でかなえていけるのだろうかと思います。

在宅での看護、介護には訪問を担当する医師や看護師のほかに、全体のケアプランを立てるケアマネジャーやホームヘルパーなど、様々な人が関わっています。だからこそ連携が何より大切なのですが、治療や看護以外に、利用者さんやご家族の「気持ち」の部分をどうやって共有して一緒に方針を立てていけるか、その部分をもっと積極的に考えて、自分からも動いていけたらというのが目下の課題です。

訪問看護に携わって学んだことですか? それはもう数え切れないほどありますが、ひとつ挙げるとしたら「人の亡くなり方」です。訪問看護を利用される方の多くは、依頼をする時点で在宅でのお看取(みと)りを考えていらっしゃるので、私が担当させていただいた利用者さんはほとんどの方がご自宅で最期を迎えられました。

それまで病院で亡くなる方しか見てこなかったわけですが、病院では最後の最後までできる限りの治療をしようとするんですね。それもひとつの医療の形ですが、個人的には病院で亡くなるというのは、すごく機械的だなと感じていたんです。

訪問看護師:佐々木直美さん(35歳)

寝たきりの旦那さんを一人で介護しているおばあさん。佐々木さんが部屋に入ると、待ってましたとばかりにおしゃべりが始まった。「私と奥様の話を聞いて、普段は静かな旦那さんが笑うこともあるんですよ」

点滴やモニターなどたくさんの管につながれて、最期を迎えるその時には、医師やご家族も、利用者さんではなくてどうしても心電図のモニターの方に目がいってしまうんですよね。それは少し悲しいなという気持ちもあって。

ただ、在宅で積極的な処置を施さずに「自然な死」を迎えるというのも、それはそれで利用者さん自身が苦しいんじゃないかとも思っていたんです。でも驚いたことに、これまで見てきた利用者さんの多くは、最期は本当に穏やかで。点滴もせず、少しの痛み止めを使いながら、眠るように旅立たれました。

忘れられないのはある外国人のおじいさまで、最期は老衰で亡くなられたのですが、それまで意識が朦朧(もうろう)としていたのですが、息を引き取る直前にしっかりとした口調で奥様に「I LOVE YOU」と言って亡くなったんです。その様子をみて、「ああ、人が自然に亡くなる時は、こうしてちゃんと自分で人生にかたをつけていくんだな」と思いました。

他にも、週末にお見舞いに来るお孫さんの顔を見てから亡くなった方や、大好きなお寿司をおなかいっぱい食べた後、すぐに亡くなった方もいらっしゃいました。そんな姿を見たご家族は「ああ、きっと満足したんだね」なんておっしゃって、とても穏やかにお見送りされる姿も印象に残っています。

訪問看護師:佐々木直美さん(35歳)

◎仕事の必需品
「冬場に暖房をつけていないお宅があったりするので、そんなときは持参した靴下でこっそり防寒します(笑)。なにはともあれ聴診器は肌身離さず持っています」

今後の目標は「看護師らしくない看護師になること」です。一般的な感覚だと、家に看護師が来るというのは結構なことというか、ご家族にとってもその状況を受け入れるには覚悟がいると思うんですよね。それに「看護師さんってなんだか厳しそう……」っていうイメージもきっとあるでしょうし(笑)。

だからこそ、そういう看護師のイメージを覆す存在になりたいというか。ご家族といい関係を築いて、病気のこと以外もなんでも話してもらえる存在になりたいですし、訪問看護に気負いを感じずに利用してもらえたらいいなと思います。

実際、最近では訪問先のご家族から、「あのスーパー安かったわよ」とか、「木曜日は特売日なのよ」なんてお話をしてもらえるようになって、それはとてもうれしいですね。

これからも東京で働くかどうかですか? う~ん、そこにはちょっと意地もあるのかもしれませんけど(笑)、私はできる限り東京で働いていたいですね。東京では今後も在宅看護が増えて来るでしょうから、そこにやりがいを感じる部分ももちろんあります。

でも一番は、東京でひとりで生活している自分が好きだから。何といっても憧れて出てきた東京です。ときに大変なことがあったとしても、やっぱり私はここで頑張っていきたいなと思ってしまうんです。

http://www.nurse-secom.com/

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。

校正者:小出涼香さん(27歳)

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食品商品企画:山口文菜さん(30歳)

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