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あなたは本当に、あなたなの……?『壺中に天あり獣あり』

あなたは本当に、あなたなの……?『壺中に天あり獣あり』

撮影・馬場磨貴

人生は無数の選択にあふれている。どの会社に就職するか、誰と結婚するかといった大きな選択から、昼食になにを食べるかといった小さな選択まで、私たちは数え切れないほどの選択をし、最終的にはみんな等しく人生を終える。まるで選択をするために生まれてきたかのように思えるほどだ。

「台本通りに生きない」ことは可能か

けれど、私たちのする選択が、あらかじめ誰かに決められていた選択だったとしたらどうだろう。私たちの人生が、誰かに創作された小説だったとしたら? 私たちは、私たちの背後に存在する作者に抗(あらが)うことはできないのか? 私たちがする無数の選択も、右に進むか左に進むか迷いながら決めた分岐する道も、実はただの一本道だったとしたら? 若き純文学の書き手である金子薫さんの作品は、そんなことを考えさせてくれる貴重な小説だ。

2014年に刊行されたデビュー作『アルタッドに捧ぐ』では、主人公が書いた小説の中の登場人物が、台本に従属することなく燃え尽きるかのように死に、第2作の『鳥打ちも夜更けには』では、鳥打ちという職業に抗おうとした登場人物が最終的に処刑されるなど、「台本通りに生きない」人物がいきいきと描かれている。

この2作品の共通点は他にもある。それは登場人物が植物や動物を飼育している点だ。作中で幾度となく描かれる飼育の場面は印象的で、「飼育していると思い込んでいる側が、実は誰かに飼育されているかもしれない」と思わせるような描写がちらほらと見受けられる。

小説の中で登場人物を自由に操る小説家は、実は誰かが書いた小説の登場人物で、その誰かも他の誰かが書いた小説の登場人物で……というように、私たちが生きる世界の外側をイメージさせる。そんな金子さんの小説は、マトリョーシカのような小説だと言えるかもしれない。

迷宮の克服、あるいは――

あなたは本当に、あなたなの……?『壺中に天あり獣あり』

『壺中に天あり獣あり』金子 薫 著 講談社 1728円

2月28日に刊行された金子さんの最新刊『壺中に天あり獣あり』は、無限の迷宮を彷徨(さまよ)い続ける光(ひかる)と、迷宮の中でブリキの動物を磨き、修理しながら玩具屋で働く言海(ことみ)の物語だ。

光は幾度となく迷宮の脱出を試みるが、やがて迷宮の克服に頓挫する。そして、迷宮の中に、豆電球や照明で人工的な夜や朝が模された広大なホテルを発見し、自らそのホテルの支配人になることを思いつき、迷宮の中から従業員になってくれそうな人を集め、ホテルの運営をはじめる。

迷宮の脱出を目指すか、それとも、迷宮の中に有限の世界を創り、無限の世界から目を背けるか(忘れたフリをするか)、読者はこの2択の難問を作者から突きつけられる。そしてこの問いは、台本通りに生きることに抗うか、それとも、台本通りに生きるか(台本の存在を忘れるか)という2択とほぼ同じ問いだと言えるだろう。

あなたは本当にあなたなの? あなたの言葉は本当にあなたが発した言葉なの? あなたが誰かに設計された存在ではないと自信を持って言えるの? 金子さんによる強烈な揺さぶりが読者の足元を脅かし、不安な気持ちにさせるはずだ。

本作のラスト、光の下した決断がどのようなものだったかは読んでからのお楽しみだが、たとえその決断があなたの期待に沿ったものでなくとも、「私たちはなんのために生きるのか」という普遍的な問いと向かい合える、かけがえのない貴重な時間を過ごせるはずだ。

(文・北田博允)

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北田博充(きただ・ひろみつ)

二子玉川 蔦屋家電のBOOKコンシェルジュ。出版取次会社に入社後、本・雑貨・カフェの複合書店を立ち上げ店長を務める。ひとり出版社「書肆汽水域」を立ち上げ、書店員として自ら売りたい本を、自らの手でつくっている。著書に『これからの本屋』(書肆汽水域)、共編著書に『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)がある。

コンシェルジュから本の贈り物(3)「会社をやめた私。何を軸に生きていけばいい?」

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その違和感を、大切に。『「働きたくない」というあなたへ』

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