居酒屋店主らが作った盆踊り。松陰神社前『アリク』廣岡さんのコミュニケーション術

デジタルの進化が進み、世の中がどんどん便利になっている昨今。めんどうなことはすべてロボットが私たちの代わりにやってくれるという時代もくるのでしょうか。もちろん、歓迎すべき未来ではありますが、一度、足を止めて考えたいこともあります。

この時代にあって“てまひま”かけて毎日を過ごしている人がいます。便利の波に乗らない彼らの価値観のなかには、私たちが忘れがちなこと、見落としがちなことが少なくありません。そんな“我が道を貫く”専門家の元を訪れ、生きるためのヒントを得る企画。今回、お話をうかがったのは、松陰神社前にある居酒屋『マルショウ アリク』の廣岡好和さんです。

居酒屋店主らが作った盆踊り。松陰神社前『アリク』廣岡さんのコミュニケーション術

コの字型のカウンターに13席、生牡蠣をつまみにお酒を楽しめる、松陰神社通り商店街にある『マルショウ アリク』。街を代表する居酒屋の一つである店では、カウンターの中にいる廣岡さんを通してお客さん同士の会話が飛び交う姿が良く見られます。気がついたら、閉店時間を過ぎることもしばしば。それどころか、騒ぎすぎてご近所さんに怒られることも。まるで子供のような、無邪気な居酒屋。2014年のオープンから約5年、今日も多くのお客さんが押し寄せるアリクを訪れました。

お店のお客さんと一緒に作った盆踊り『松陰神社音頭』

2017年、アリクに集まるクリエーターらと『松陰神社音頭』を作った廣岡さん。居酒屋が盆踊りを作るだなんて、そう聞く話ではありません。うかがってみると、典型的な盆踊りを踏襲したリズムに、松陰神社前エリアに関する歌詞を乗せた楽曲は、松陰神社前で暮らす紅白出場歌手が作曲に参加したとか。その本気度は想像よりも高く、子供の遊びではないことがすぐにわかります。

居酒屋店主らが作った盆踊り。松陰神社前『アリク』廣岡さんのコミュニケーション術

「盆踊りは、踊る側と見る側に分かれていなくて、自分で行動にうつして楽しめます。そして、上手も下手もなく、他人と競うこともない。自分の中で音楽と踊りがループして、無邪気な時間をすごせる点がすごいなと思ったんです」

廣岡さんたちが参考にしたのは、徹夜踊りで有名な岐阜県の「郡上おどり」。郡上市が盆踊りを受容していて、400年ものあいだ夏の風物詩として続いている歴史ある盆踊りです。

「大人が無邪気になれる時間は少ないでしょう? 僕たちは、普段から無邪気な気持ちを抑えて、“こうすべき”という暗黙の了解のうえで生活しているけれど、人それぞれで沸点は違うわけで、ある日ぽんっと爆発しちゃうこともあるから」

居酒屋店主らが作った盆踊り。松陰神社前『アリク』廣岡さんのコミュニケーション術

とはいえ、祭りは、地域が培ってきた伝統あるもの。“新曲”を踊るといっても、そう簡単にはいきません。道路を挟んで2つにまたがる町内会を説得したり、古くからいる町内会長を口説いたり。クリアしなくてはならない課題が噴出。

「なぜ、一つの店が勝手に作った盆踊りを街で踊るのか……など、火の粉はいろいろあがりました。ただ、僕たちがラッキーだったのは、既存の盆踊り大会がマンネリ化して新しい風を求めていたタイミングに重なったこと、おみこしを運営するメンバーが世代交代していて、価値観を共有できたこと」

さらに、アリクが深夜まで騒いで近所の苦情が出たときに、周辺住民を抑えてくれた商店街のキーパーソンと、それ以来、話をよくしていた。そういった人たちの協力があって、アリクからほど近い小さな公園で盆踊りが開催されることに。

「初めてやる盆踊りは最高に面白かったです。参加者の誰もが知らない曲を、全員が見よう見まねのゼロスタートで踊るので(笑)。演奏はバンドの生音で、小さな公園でやるから、人がぎゅうぎゅうとひしめきあいながら踊ることに。カオスでしたね」

いち居酒屋が考案した盆踊りが地域の祭りで踊られる。その現場の真ん中にいたのが、千葉県出身の廣岡さんだったのです。

 

移住者が、新天地を故郷にする方法は?

松陰神社前に暮らして9年、アリク開店から4年。廣岡さんは、幼少期を千葉県郊外のマンモス団地で過ごしました。そこは、家族が家を買うまでの一時的な住まいという雰囲気があったそうです。自身が大人になった時、自分の故郷がそのマンモス団地だとは思えないというコンプレックスを抱えていました。

「松陰神社前出身ではない人たちが集まっている街でもあります。新しく入ってきた住人が生活をし、そして、子どもが生まれて、ここを“故郷”にして育っていくのを目の当たりにして、ふと思ったんです。僕はここで生涯を“移住者”として暮らすのか? でも、この街で30〜40年と子育てをしながらアリクを運営するとしたら、ここを故郷と呼ばずして何と呼ぶのか? 故郷は複数あって良いのではないかと思いました」

廣岡さんは、自身が松陰神社前を故郷と言い切れるようになったら、周りの移住者たちも“この街が好き”という気持ちを誇りと感じ、さらに住人同士の距離も縮まるのではないかと考えたのです。

居酒屋店主らが作った盆踊り。松陰神社前『アリク』廣岡さんのコミュニケーション術

「お客さんが好きだ」と語れる廣岡さんの素直さ

「廣岡さん自身の魅力が、多くのお客さんをアリクにひきつける」と評されるアリク。ですが、廣岡さんの見方は異なります。

「そうではありません、僕が、お客さんのファンなんです。僕がその人のことを好きで、それが相手にきちんと伝わっているから、何度もお店に来てくれるのだと思う。僕の思いが一方通行の場合もあるけれど、2~3回と来てくれる人とは、お互いに好きになれたということだと思っています。そうなるために、僕の情報はきちんと伝えるし、数ある飲食店の中からアリクを選んでくれたことを素直にうれしく思っています」

ファンとのなれなれしい間柄、とは全く違う。カウンターで一人無口に飲んでいるお客さんがいたら、それを“無言”というメッセージと捉えて、ほどよい距離感を。1年ぶりに来たお客さんなら、1年間楽しみを取っておいてくれたと捉えてお出迎え。

居酒屋店主らが作った盆踊り。松陰神社前『アリク』廣岡さんのコミュニケーション術

廣岡さんのすごいところは、「自分はこの街が好きだ」「お客さんが好きだ」と、奇をてらって表現しがちなことを、まっすぐに伝えられること。その言葉にお客さんは安心し、心酔し、応援するのです。

「あなたのファンになりたいと伝えるようにしています。そういう思いは、言わないと伝わらないから」

初めて訪れたお客さんが常連になり、盆踊りの話で盛り上がっては、紅白出場歌手が作曲を担当。街の人が開催を交渉したかと思えば、多くの住民が小さな公園に集まる。その中心には、いつもアリク・廣岡さんがいるのです。

■マルショウ アリク
東京都世田谷区世田谷4-2-12
03-6432-6880

(文・石川歩 写真・野呂美帆)

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