花のない花屋

<307>「死んだ方がラクなのに……」、苦労のなか一人で子供を育てあげた母へ

<307>「死んだ方がラクなのに……」、苦労のなか一人で子供を育てあげた母へ

〈依頼人プロフィール〉
田島英子さん 44歳 女性
埼玉県在住
会社員

建築塗装会社を営んでいた父は、46歳のときに病気で他界しました。母は45歳、私はまだ中学生、二人の兄たちは高校生でした。

母は、父が残した会社の社長になり経営を引き継ぎましたが、時はバブル。仕事はたくさんあったものの、父の死が引き金になり、10人ほどいた社員はどんどん他の会社に引き抜かれ、残ったのは一人。しょうがなく母が現場に出て人手不足を補いました。

そんな中、母はB型肝炎を患い、入退院を繰り返すように。母が入院している間は兄弟3人で家事をまわし、私たちは大人のいない家で生活していました。

母はインターフェロンの副作用がつらく、いつも体がだるかったようですが、体調に関係なく仕事はどんどん入ってきます。母がやらなくてはまわらなかったので、病院の個室を事務所のようにし、点滴をうちながら仕事をしていました。とにかく、残された家族が生きていくために、生活していくために、精いっぱいでした。

「子どもたち3人を一人前にしなくては」。そう口癖のように言っていた母。家にいるときは、毎晩仏壇の前で「がんばらなきゃね」と父に語りかけるようにつぶやいていました。ただ、一度だけそんな言葉のあとにこう続けたことがあります。「子どもがいなければ、死んだ方がラクなのに……」。耳にしてしまった私は、涙があとからあとからあふれてきました。

B型肝炎で全身に黄疸が出ていながらも、働き続け、一人で子育てをしていた母。いろいろな重圧が重くのしかかっていたのでしょう。

私は「昔を振り返るのが嫌い。前だけを向いていたい」といつも言っていますが、それはあの頃のことを思い出したくないからかもしれません。当時の母と近い年齢になった自分が冷静に振り返っても、いまだに涙が出てくるほど悲惨な毎日で、母の苦労を思うととても耐えられません。

父の死から30年以上が経った今は、二人の兄が会社を継ぎ、母は70歳で引退、犬と猫とのんびり暮らしています。ようやくできた自分の時間で家庭菜園をしたり、お友達と旅行をしたり、5人の孫の成長を見守ったり……ようやく心安らぐ日々を送っているようです。

母はこの4月で77歳を迎えます。最近は年をとり腰が曲がって小さくなってしまいましたが、生きているうちに、もう一度改めて「育ててくれてありがとう」を言いたいです。そんな気持ちを込めて、東さんに誕生日の花束を作ってもらえないでしょうか。

母は、昔は壮絶な男社会を生き抜いた威勢のいいおばさんでしたが、今はすっかり“おばあさん”です。穏やかな老後の日々に似合うような、やさしい「野の花」でアレンジしてもらえるとうれしいです。ピンクが好きなので、ピンクや紫などをメインに、うっとりしあわせな気分になれる「春の色」でまとめてもらえますでしょうか。

<307>「死んだ方がラクなのに……」、苦労のなか一人で子供を育てあげた母へ

花束を作った東さんのコメント

優しくて強さのある、かつ、頑張ってこられた方に本当に感謝の気持ちを伝えたいと思い作りました。生きていくと、悪いこともあるじゃないですか。でも、それを超えたことでいまがあり、この花があると思います。自分が母親に花を贈るとき、どんな花が喜んでもらえるのだろうか……とも考える機会になりました。花は同じ生き物。花を通じてできるコミュニケーションの良さを再確認いたしました。

ピンクの優しい色だったり、香りの良いものを選びました。花材はスカビオサをはじめ、ブルーレースフラワー、フリージア、スイートピー、マトリカリア、ルピナス、チューリップです。

<307>「死んだ方がラクなのに……」、苦労のなか一人で子供を育てあげた母へ

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(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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「将来は自分がお兄ちゃんと弟の後見人になる……」、今は看護師として働くめいへ

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