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<111>きっかけはマラソン、人と人をつなぐ場所 「NENOi」

 東京・早稲田にある「NENOi」の店主・根井(ねのい)啓さん(40)が、10年勤めた会社を辞め、オーストラリア・メルボルンを訪れたのは7年前のこと。ランニングが趣味で、主な目的はメルボルンマラソンへの出場。約3カ月の滞在期間に、現地在住の友人に会ったり、語学を学んだりと、人生をリフレッシュするような旅だった。

 そこで、一つの出合いがあった。それはビクトリア州立図書館。オーストラリア最古の図書館で、大きな吹き抜けと回廊、フロアの中心から放射状に伸びる長机が特徴で、いつも多くの人でにぎわっていた。

「図書館というと静かにしなきゃいけないイメージがあるのですが、いつもピアノコンサートなどのイベントが開催されていました。図書館は文化が集まり、発信する場所であり、人と人とがつながる場だということに気付かされました」

 根井さんはそう振り返る。帰国後、別の企業に就職したが、深夜零時から会議が始まるような、多忙を通り越した激務の毎日。そんな時に妻が妊娠し、将来について考えるようになった。そして、家族と過ごす時間をもっと大切にしたいという思いが強まった。

「あの図書館を思い出して、人と人をつなぐ場所を作りたいと思ったんです。そこに本やおいしいコーヒーやビールがあると、それも人とつながるきっかけになるんじゃないかと」

<111>きっかけはマラソン、人と人をつなぐ場所 「NENOi」

早稲田通りに面したところにある、「NENOi」

 場所は、以前住んでいたことのある早稲田にした。近くに大きな神社や公園があり、多くの人が行き交う場所だったからだ。知人に「大学が近く、学生が多いところは刺激があっていいよ」と言われたのも頭の片隅にあった。

「まぁ、オープン当初は、期待していたほど学生さんは来なかったんですけどね(笑)」

 2017年10月にオープンした店は、ガラス張りで自然光が差し込む明るい空間。真っ白な壁に、真っ白な本棚。根井さんが選書した約1000冊の本と個人や少人数で自主制作して作る小冊子“ZINE”、雑貨が置かれている。本は新刊が8割、古書が2割ほど。食、旅、アート、文化、サブカルチャー、漫画などの多彩な本が明確に分けられているのではなく、本棚の中でゆるやかにつながっている。絵本や児童書が多いのも特徴だ。

<111>きっかけはマラソン、人と人をつなぐ場所 「NENOi」

白い空間に、自然光が差し込む

「本は昔から好きでしたが、本好きは上には上がいますし、出版業界で働いた経験もありません」

 と言うものの、棚をながめていると、「どんな本だろう?」と手にとってみたくなる本が揃(そろ)っている。こちらが一冊手に取るたびに、その内容や面白さをていねいに解説してくれる根井さん。その姿からも、本当にいいと感じたものを厳選し、お客さんにもぜひ知ってもらいたい! という熱意がしっかりと伝わってくる。

 人と人とがつながる場所にしたいという根井さんの思いは、店で開催しているイベントにも現れている。いま、月1回のペースで定期的に開いているのは、詩に関心のある人たちが語り合う「詩する詩人の会」、「英語絵本の読み聞かせ」、手頃な値段で日本酒を飲みながら、本について語らい、もちろん店内の本を買うことだってできる「角打ちナイト」、そして初心者大歓迎のランニングイベント「RUNNING & BEER & BOOK」だ。

<111>きっかけはマラソン、人と人をつなぐ場所 「NENOi」

いろんなイベント、やってます

「自称・日本一ゆるいランニングイベントで、店の近くを3kmほど走ったあと、店内でビールを飲みながら本について語れる会です。以前、友人に『走る人って本読まなそうだよね』と言われたことがあり、ラン好きでも本が好きで話せる場があってもいいんじゃないかと思って。走ったあとのビールもおいしいですし」

 本屋でランニングとは異色の組み合わせのようにも聞こえるが、ひと汗かいたあと、本に囲まれて冷えたビールを飲みながら、本について語り合うのはとても楽しそうだ。棚の片隅には、ランニング関連の本もしっかり並んでいる。

「走っていると体の中にどろりと溜(た)まったものがスッキリとなくなっていくような感覚で、次第に何も考えなくなるのがすごくいいんです」

 オーストラリアでランニングと本が根井さんに一つの気付きを与え、それを少しずつ形にしてきた根井さん。ランと本は一見つながりがなさそうだが、不思議なご縁を感じずにはいられない。この白い空間は、人と人をつなげる場所として大きな可能性を秘めている。

■おすすめの3冊

<111>きっかけはマラソン、人と人をつなぐ場所 「NENOi」

『でんしゃでいこう でんしゃでかえろう』(作・絵/間瀬なおかた)
山の駅から海の駅に向かうでんしゃ。雪景色からトンネルを抜けると風景が一変! 鉄橋を渡り、海辺の丘へ。「ある家族が駅から電車に乗るのですが、雪のある場所からトンネルと場所が変わるごとに、電車の走る音も変化して、声に出して読むのが楽しい絵本です。また、トンネル部分に穴があいている仕掛けもあって、とても楽しい一冊です。裏表紙から読むと、海の駅から山の駅に帰れるようになっているんですよ」

『モモ』(著/ミヒャエル・エンデ、訳/大島かおり)
時間どろぼうに盗まれた時間を、人間に返してくれた女の子の物語。「時間」とは何かを問う、不朽の名作。「人は時間を節約しなきゃといいつつ、いつもせわしないけど、モモはそういうことにとらわれない。だから時間を取り返せたと思うんです。自分がどうあるべきかを改めて考えさせてくれる物語です」

『文体練習』(著/レーモン・クノー、訳/朝比奈弘治)
『地下鉄のザジ』などで知られるフランスの小説家が、日常の何げない出来事を、99通りの言い回しで表現するという実験的な一冊。「一つの文章をメモ、厳密に、あらたまった手紙、感嘆符、コメディーなどといったさまざまなテーマに合わせて文体を変えているのですが、それぞれ文字組みや色なども変えていて、本当にすごい! 翻訳者の人も大変だったんじゃないかな。はじめから全部読むというよりはパラパラとめくって目に留まったところを読むと、発想の転換のきっかけになっていいんじゃないかと思うんです」

写真 石野明子

    ◇
NENOi
東京都新宿区西早稲田2-4-26西早稲田マンション103
http://nenoi.jp/

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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