5分間の物語。

「普通の女の子」としての生活を……。元バレーボール日本代表・木村沙織さんの五感と5分間

長く感じたり、短く感じたり、「5分間」という時間の流れは人によってとらえ方が様々。では、その道の専門家が感じる5分間とは……。人間の感覚を表現する五感とともに、印象的な5分間をふりかえる。

4大会連続で五輪出場。かつて日本女子バレーボール界のエースとして活躍し、ポスターガールでもあった木村沙織さんは今、「普通の人」の生活を楽しんでいる。2012年のロンドン五輪で、28年ぶりとなるメダルを獲得し、5年後に現役を引退。以降は「主婦」として過ごす一方、これまでできなかったことに挑戦している。力を抜いて、自然体に。

「私にとってバレーボールは唯一続いた習い事でした」と彼女は言う。「英会話、習字、ピアノ、どれも続かなかったんですけど、バレーだけはずっと。最初は日に日に上達する感覚が楽しくて、気がついたら得意になっていた感じです」

「普通の女の子」としての生活を……。元バレーボール日本代表・木村沙織さんの五感と5分間

特別な才能は早くから開花し、高校2年で全日本入り。それから10年あまり、トップレベルの選手生活を送ったため、「普通」の女の子が経験するような「アルバイトとか、したことがなかった」。だから引退後は、知らぬ間に背負っていた重圧からも解放され、以前から興味を持っていたことに少しずつ取り組んでいる。移動式のカフェで自ら接客したり、大好きな犬のペット用のブランドを立ち上げたり、フルマラソンにチャレンジしたり。どれも「すごく楽しい」と、木村さんは素直に笑う。

「普通の女の子」としての生活を……。元バレーボール日本代表・木村沙織さんの五感と5分間

この日は自身のブランド『jiji』の新作の打ち合わせ先にお邪魔し、現役時代を振り返ってもらいながら、彼女の五感と最も印象的だった5分間について語ってもらった。

「普通の女の子」としての生活を……。元バレーボール日本代表・木村沙織さんの五感と5分間

【味覚】
現役時代はポテトチップスと炭酸飲料だけはとらないように言われていましたけど、私は別に好きじゃなかったので、不自由は感じませんでした。それにいつも練習や試合で疲れていたので、けっこう小食で。だから今になって、いろんなものが食べたいと思い始めています。

タピオカが大好きで、移動式のカフェも始めました。自宅では自分で料理も作りますけど、夫も好きなので、キッチンの取り合いになることも(笑)。ありがたいことですけどね。

得意じゃないのは、ホルモン。いつ飲み込めばいいかわからなくて、ずっと口にたまってリスみたいになっちゃう(笑)。以前、バレーボールの偉い人とチームの食事会があった時に、その方の隣でいっぱい焼いてもらったんですけど、めっちゃほっぺにたまっちゃって。恐怖でした(笑)。

【視覚】
試合中は相手のセッターの目とか、自分がブロックするスパイカーの目とか、監督がどんな指示を出しているのかとか、よく見ていました。人の癖を見るのが好きで、それをもとに予測を立てたり。自分は感覚でプレーするタイプでしたけど、相手の観察はよくしていました。

今、一番見ているのは、(飼い)犬かな。犬にも性格があるので、見ていて楽しいです。(ペット用のグッズを制作するときは)いつも読んでいる色んなジャンルの雑誌を参考にしたり。街を歩く時は看板に目が行きます。字体とか、ロゴとか、面白いものは写真に収めたりして。現役時代に1年ほど暮らしたイスタンブールは、とても美しい街でした。選手寮が海の目の前にあって、朝日と夕日がすごくきれいでしたね。

「普通の女の子」としての生活を……。元バレーボール日本代表・木村沙織さんの五感と5分間

【聴覚】
スタンドの声援は、はっきり聞こえていましたよ。励まされることもあれば、逆に緊張することもありましたけど。ただ日本代表の会場だと、スティックバルーンがあるので、大事な仲間の声や監督の指示が聞こえないこともありましたね。相手が日本人チームの時は、何を話しているんだろうって耳が大きくなっていました(笑)。

先日、縁があってカーリングの試合を初めて観戦したんですけど、バレーとは全然違って面白かった。よいショットが決まると、お客さんが鈴をチリンチリンって鳴らすんです。すごくかわいくて、次は持っていくべきだなと。

現役時代は試合前、湘南乃風とか、アップテンポな音楽を聴いて気持ちを高めていましたね。選手も慣れてくると、緊張しなくなるものですけど、緊張感はやっぱり大事。適度なテンションで試合に入れば、動きもいいし、イメージも湧いてきます。

でも普段はあまり激しい音楽は聴かなくて。家族でカフェを開くのが夢なので、それがかなったら、温かみのある曲をレコードでかけたいですね。音楽好きの先輩がいるので、今はジャズを教えてもらっています。

【嗅覚】
現役時代で一番印象に残っている匂いは、眞鍋(政義)監督の汗取りシートのメンソールの香り! あのスーッとした匂いを嗅ぐと、色んなことを思い出します。先日、なにかの収録でひさしぶりに眞鍋さんに会ったんですけど、やっぱりあの匂いだったので、すごく懐かしくて! 全日本の時は、あのスースーした匂いがすると、「あ、眞鍋さん、先に行っちゃった」とわかって、コートへ急いだりしていました(笑)。

「普通の女の子」としての生活を……。元バレーボール日本代表・木村沙織さんの五感と5分間

【触覚】
スパイクやサーブの時にボールをとらえる感覚は、どうしても日によって違いましたね。理想はいつも同じ感覚を持つことだと思いますが、違うものは仕方がない。理由を探ったことはなくて、良くない時はコントロールを重視したり。

靴は足にぴったりくっついているくらいがよかったので、ひもはきつく結んでいました。でも大事な試合の前なんかは、緊張からか強く縛りすぎて、足がしびれてしまうこともありましたけど(笑)。

「普通の女の子」としての生活を……。元バレーボール日本代表・木村沙織さんの五感と5分間

【最も印象的な5分間】
私、忘れっぽいので、これというものはないんですけど、アナリストとメンタルコーチとのミーティングで、こんな話がありました。バレーボールの1セットは大体20分くらいで終わるんですけど、実際にボールが動いているのは5分間くらいだと、分析担当の方が教えてくれて。あんなに動いているのに、たったの5分間なんだって思いましたけど(笑)。タイムアウトだったり、サーブの時間だったり、実際のプレー時間よりもそういう時間の方が長いそうです。

だから、選手はその5分間はもちろん、ボールが動いていない残りの時間に、どんな精神状態でいるのかが大事だと言われました。ボールが動いているときにミスをしたとしても、動いていない時間でどう気持ちを切り替えられるか。

私の場合は、いつも8点を区切りに試合をしていました。テクニカルタイムアウトのタイミングでもあり、まずは8点、16点と考えて。リードされている時も、そんな風に考えている方が楽でしたね。

もとより備えていた好奇心とセンスを発揮して、木村さんは現役後の生活を楽しんでいる。飾らない自然な人柄と笑顔で接客してくれるカフェができれば、この日のように笑いの絶えない空間となるだろう。

「普通の女の子」としての生活を……。元バレーボール日本代表・木村沙織さんの五感と5分間

(取材・文/井川洋一、写真/安藤誠)

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