鎌倉から、ものがたり。

辻堂、厳密とひらめきのカレーと家具。「siihouse」

鎌倉から西へ。JR東海道線の「辻堂」は、観光とサーフィンで有名な藤沢と茅ヶ崎の間にあって、ちょっと目立たない。だからこそ、ここには古風で品のいい住宅地が、戦前の別荘文化の匂いとともに残っている。

その辻堂駅の南側。歩いてすぐのところにある小ぶりの家が、今回訪ねる「siihouse(シイハウス)」だ。
ここは「カレーと家具。」をテーマに、荒木周一郎さん、遥さん夫妻が営むカレー屋さん兼、家具工房兼、自宅である。

ふたりが改装した築65年の木造家屋は、入り口のドア、チャイムから、吹き抜けの広間、窓際のテーブル席、そしてそこから眺める庭先にいたるまで、すみずみに「手仕事」の跡が行き渡っている。

カレー屋さんを開くのは水曜日から日曜日まで。並行して、オーダー家具の製作を、隣接する工房で手がける。店舗カードには、「Space Design & Spice Design」と、韻を踏んだ抜群なキャッチが記される。

ここで素朴な疑問。カレーと家具は、どこで結び付いているのだろう?
「うーん、厳密さと、ひらめきで通じ合っているんだと思います」
と、周一郎さん。

「家具製作って、0コンマ何ミリの精度で、材料を形にしていく世界。ですので、家具職人は理屈っぽい。カレー作りも、きっちりとしたスパイスの調合が必要で、そこに直感的なひらめきを載せることで飛躍します。そのバランスを探ることが、どちらも面白いんです」

周一郎さんは子どものころから、部屋をいじったりと、DIYのまねごとが好きだった。縁あって辻堂の家具工房で修業することになり、そこで製材から塗装まで、製作に必要な全プロセスの技術を身に付けた。

それとともに、学生時代に経験したのが、カレーをめぐる「ユリイカ!(発見)」。

「町の小さなカレー屋さんで食べたカレーがあまりにおいしくて、『どうやったら作れるのだろう?』と、好奇心がわきあがったんです。文献をよみあさり、いろいろトライする中で、スープストックをきちんととると、カレーが劇的においしくなる、ということを発見しました」

そこから遥さんとともに、十数年以上にわたる探求が、現在進行形で続いている。

周一郎さんの実家は山形県。遥さんは神奈川県の内陸部。ふたりとも辻堂に地縁があったわけではなかったが、「いつか、住みながら店と工房を開きたいね」という「ふわっとした願い」の先に今の家を見つけた。

「路地裏の、ひっそりした感じ。その路地を入っていくと、思いがけない空間がある、というストーリーを思い描いていて、この家はそれにぴったりだったんです」(遥さん)

座面がはがれた椅子、60年前のインテリア雑誌、LPのターンテーブルなど、店内に置かれた家具や小物は、年代ものが目につく。それら時間を経たひとつひとつに、ふたりの思い入れがある。

たとえば古いLPのターンテーブルは、裏手の家の住人だった「鉄雄おじいちゃん」の愛用品だったもの。
何のツテもない辻堂だったが、引っ越した後に不思議な出会いが続いた。

ひとつは、斜め向かいにある家の息子さんが、周一郎さんが山形で通った小学校の同級生で、四半世紀ぶりに再会を果たしたこと。

もうひとつは、「鉄雄おじいちゃん」の実家が、周一郎さんと同じ町内の至近距離にあったこと、さらに「鉄雄」の名付け親が荒木さんの高祖父だった、という事実。

「鉄雄おじいちゃんは先年、高齢でお亡くなりになったのですが、時空を超えて、自分の故郷と辻堂がつながったことにびっくりしました」

店はふたりで回しているので、ゆっくりとしたペース。メニューに「好きな本でも読んでくつろいでね」とあるように、お客さんのこともせかさない。庭の木にこしらえたバードハウスには、鳥たちが次々とやってくる。

もうひとつ、メニューにはユーモラスなカエルのつがいが、「人見知りで偏屈です」と、つぶやいている絵もある。
いや、おそれることは無用です。ふたりの手が作るもの、大切にするストーリーを味わい、楽しめる人には、おいしくやさしい時間が待っています。

(写真 猪俣博史)

siihouse
神奈川県茅ケ崎市浜竹3-2-25

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PROFILE

清野由美

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

猪俣博史(いのまた・ひろし)

写真家
1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

酒蔵も保育園も、地域を回すエンジン。「熊澤酒造」

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